蓮と美羽編 第四章 真相
結婚を誓ったその日、美羽は胸を弾ませながら帰宅した。
子供は男の子だろうか、女の子だろうか。名前はどうしよう。
未来の生活を思い描きながら、希望に満ちた足取りで玄関を開けた。
すると――。
人間ペットである両親が、二階の飼い主である熊の部屋の扉を爪でカリカリと引っかき、寂しそうな声をあげていた。
胸騒ぎを覚えた美羽は急いで階段を駆け上がり、扉を開けた。
そこには、寿命を迎えた熊の亡骸が横たわっていた。
美羽は凍りついた。
人間が人間ペットを飼うことは許されていない。
このことが外に知れれば、両親は連れていかれてしまう。
「……誰にも知られてはいけない。」
美羽はすぐに扉を閉め、外から鍵をかけた。
そして心に決めた。
――自分が両親の世話をしなければならない、と。
翌日、美羽は学校を休んだ。
未来への希望に満ちた昨日から一転して、重い現実が彼女の肩にのしかかっていた。
美羽は両親に餌を与えた。
しかし両親は口にせず、二階の熊の部屋の前で寂しそうに吠えるばかりだった。
その姿は、まるで失った飼い主を求める子犬のように見えた。
「……もう、いい加減にして!さっさと食べなさい!」
美羽が声を荒げると、両親は怯えた目で彼女を見上げ、震えながら餌を口にした。
その光景を見て、美羽は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
「……頭がおかしくなりそう……」
小さく、誰にも聞こえないように呟いた。
二週間が経過していた。
スマホのLINEには蓮からの心配するメッセージばかりが並んでいた。
「体調はどう?」「無理しないで」「早く会いたい」――その言葉の一つひとつが胸に刺さる。
しかし、美羽は熊が死んだことを知られたくなかった。
だから返す言葉はいつも同じだった。
「大丈夫」「心配しないで」――簡単な返事しかできなかった。
その間にも、家の中は少しずつ変わっていった。
閉ざされた熊の部屋からは、次第に死臭が漂い始め、辺りに重く淀んだ空気が広がっていった。
美羽はその匂いを必死に隠そうと窓を閉め、カーテンを引き、外に漏れないようにした。
だが、心の中に広がる不安と絶望は隠しようがなかった。
四週間が経過していた。
家は両親の排泄物で汚れ、悪臭が充満していた。
美羽は心身ともに疲弊し、まともに眠ることすらできなくなっていた。
寝ようとしても、毎晩のように両親は二階の熊の部屋の前で爪を立て、扉を引っかく。
その音が不快でたまらず、美羽の神経を削り続けた。
「……もうやめて!」
布団から飛び起きた美羽は、両親のもとへ駆け寄り、思わず手を振り上げ――そして初めて両親をぶった。
「いい加減にして!!アイツは死んだの!!もういないのよ!!」
その勢いに、両親は怯えた目で美羽を見上げ、一階へ逃げていった。
美羽はその場にへたり込み、大粒の涙を流しながら天を仰いだ。
そして、震える声で笑い始めた。
「……あははは!神様ぁ!いるなら答えてよ!どうして私だけこんな目に遭うの!?ねぇ、楽しい?面白い?!」
その笑いは涙と混じり、悲鳴のように夜の家に響いた。
翌朝。
「……もう無理……」
悪臭漂うリビングで、美羽は両親に餌を与えた。
両親は怯える目で美羽を見ながら、警戒した様子で餌を食べ始める。
その姿を見た美羽は、その場にへたり込み、無言で涙を流した。
すると餌を食べていた両親は、自身の餌皿を美羽の前に差し出し、彼女の涙で濡れた頬をやさしく舐めだした。
美羽はもう限界だった。
両親と同じように服を脱ぎ、四つん這いになって一緒に腐りかけた餌を貪るのだった。
その日から、美羽のスマホに届く蓮のメッセージは既読がつかなくなった。




