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家庭科室で、恋をひとさじ(女子視点) ~「お弁当の作り方を教えて下さい」から始まった淡い恋心~

 夕日が差し込む放課後の家庭科室。

 その中にあって、家庭科部所属の一年生女子、渡利桜季わたりさきは背筋を伸ばして鍋の前に立っていた。

 調理台の上には小さな妹の遠足お弁当に入れる為の食材。

 桜季はそれらを震える手で調理していく。


「火、ちょっと弱めていいよ。赤ワイン、煮詰めすぎると風味飛ぶから」


 すぐ隣から落ち着いた声が聞こえた。

 家庭科部の先輩である光井蓮みついれんだ。

 二年生ながら料理の腕前は部内随一。

 男女問わず慕われるけれど、恋愛対象としては見られていない、バレンタインで『義理』チョコを多く貰うであろう——そんな先輩。


「は、はいっ……!」


 蓮のアドバイスに桜季は慌ててつまみに手を伸ばす。

 火加減を調整しながら緊張を緩和するように小さく深呼吸する。


「そんなに気張らなくていいって。家庭科のテストじゃないんだし」


「でも……失敗できません。妹、凄く楽しみにしてて……」


 そう言いながら、桜季はぎゅっと拳を握った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 数日前に母が骨折して入院中。

 間の悪いことに、明日は妹の遠足が控えている。

 妹からは『お弁当なんて適当でいいって。コンビニ弁当とかでさ』と言われたのだが、そう言うわけにもいかない。

 だからこそ、桜季は知り合って間もない先輩である蓮に頭を下げたのだ。


『お願いです。お弁当の作り方、教えていただけませんか?』


 藁にもすがる思いでそうお願いすると、蓮はいつものように優しい笑みを浮かべて二つ返事で引き受けてくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「気合入ってるな。……じゃあ肉の準備を始めよう」


「はいっ」


 既に常温に戻された赤身の肉を準備して、桜季はふととなりの先輩の横顔を見た。


(やっぱり、この人に頼ってよかった)


 蓮の言う通りに調味料を肉へと擦り込んでいく。

 失敗しないように、必要以上にちゃんと量って。 



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ピピピピピピピピ


 スマホから鳴り響いた電子音が、真空パックに詰めた肉の茹で時間が経過したことを知らせてくれる。


「えっと……それじゃあ、湯切りしますね」


「ああ。重いから気を付けて」


「はい」


 蓮の言葉に桜季は慎重に鍋を持ち上げる。

 だが、鍋の中にはお湯が並々と入っており、その細腕では支えきれない。


「きゃっ……!」


 バシャッ。


 熱湯が蓮の腕に掛かった。


「っつ……!」


「せ、先輩!? ご、ごめんなさいっ……!」


 慌てて鍋をシンクに戻し、桜季は蓮の腕を掴む。

 熱湯の掛かった場所が赤くなっている。


「だ、大丈夫ですか!? 保健室、行きましょう!」


「大げさだって。この程度なら水で冷やせば大丈夫」


 蓮はそう言って、涼しい顔で水道の前に立った。


「でも……っ、私のせいで……」


「気にするなって。このくらい料理をしていれば日常茶飯事だ」


「そんなわけありませんっ」


 けれど蓮の表情は変わらず優しく、むしろ少し笑ってさえいた。

 冷たい水に腕をさらしながら、蓮は軽く桜季に目を向ける。


「すぐに冷やせば軽く済むって」


「はい……」


 ほんの少し、胸の奥が熱くなる。

 それは後悔でも罪悪感でもなくて、もっと別の、名前のない感情。


「ですが……」


「ふざけたりしてたんなら俺も怒るさ。でも渡利は真剣にやっていたんだろ? だったら怒ることはない。この失敗は次に活かせ」


「はい……」


「それにな、確かに熱かったけど別に沸騰していたわけでもないし、この程度で俺は火傷はしない。だから必要以上に気にするな」


「は、はい。ありがとうございます」


「ああ、謝るよりもそっちの方が良い。さて、それじゃあ次の工程に進むか」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 最後の仕上げは自身の手で。

 丁寧にソースを塗り、アルミホイルに包み、冷蔵庫で落ち着かせる。

 副菜を彩りよく詰め、最後にローストビーフを中央に——。


「……できました」


「完璧だな」


 蓮の一言が、何よりも嬉しかった。

 ちらりと蓮の右腕を見ると、赤みはもうほとんど引いていた。


「ほんとに、大丈夫ですか……?」


「ほら、もう平気」


 袖をめくって見せる蓮の腕を確認して、桜季は小さく息をついた。


「……今日のこと、二人だけの秘密にしませんか」


「ん? なんで?」


「……なんとなく。その方が、明日からまた頑張れる気がします」


 蓮は少し目を見開いて、それから穏やかに微笑んだ。


「分かった。じゃあ、二人の秘密だな」


「はい」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(なんで、あんな事言ったんだろ……)


 今日の事は、自分と蓮だけの胸に留めておきたい。

 ふとそんなことを思ってしまった。

 小さな秘密が胸の中にそっと灯った気がした。

 その温もりは、料理の熱よりも優しく、ずっと長く残り続けていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝


「お姉ちゃん、なにこれ!? めっちゃ豪華!」


 妹がお弁当の蓋を開けた途端、目を輝かせながらこちらを見てくる。


「お肉、すっごい……! これ、お姉ちゃんが作ったの!?」


「……うん。部活の先輩に教えて貰いながら私が作ったんだよ」


「やったあ! ありがとう、お姉ちゃん!」


 満面の笑みで妹がお礼を言ってくれる。

 この笑顔を見ることができて本当に良かった。

 いや、この笑顔は自分一人の力では見ることができなかった。

 むしろ妹の笑顔を作ってくれたのは――


『ありがとうございました 妹もとても喜んでくれました』


 蓮にそうメッセージを送る。


 ヴヴヴ


 テーブルの上のスマホがすぐにメッセージの着信を告げてくる。

 スマホを開くと、蓮からの返信が届いていた。


『お弁当、最高だったな。自信持っていいよ。また手伝うから、いつでも言えよ』


 それを見つめながら、胸の奥がほんの少しだけ、あたたかくなった。

 ――恋じゃない。まだ、尊敬のまま。

 けれど、ほんの少しずつ、それは変わっていく気がしていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 教室の窓際の席で桜季は鞄の中から教科書を取り出しながら、ふと昨日のことを思い出していた。

 ローストビーフを自分の手で仕上げたときの達成感。

 蓮の笑顔。

 そして、二人だけの秘密。

 思い出すだけで胸の奥がほんのり温かくなる。


「……ふふっ」


 思わず漏れた笑みを、斜め前の席の友人に見られていた。


「ちょっとサッキー、にやけてたよ? もしかして昨日、いいことあった〜?」


「えっ!? そ、そんなこと……っ」


「あ、もしかしてせんぱいのことかんがえてた? 最近せんぱいとやけに仲良いからね~」


「ち、違うよっ。ただ、ちょっと……教えてもらってただけで……」


「ふ〜ん? でも顔赤いよ〜?」


 友人のからかいに桜季は慌てて顔を背けた。

 昨日のやけどよりも、自分の頬の熱のほうがずっと気になる。

 その秘密が、ますます大切に思えてくるのだった。

 お読みいただきありがとうございました。

 よろしければ感想やブックマーク、評価、いいねを下さると嬉しいです。

(もしかしたら続きを書くかもしれません)

 また、この物語の男子視点(蓮視点)での物語も投稿しておりますので、そちらもぜひ読んでいただけたらと思います。


 もしよろしければ、私の別作品の方もよろしくお願い致します。

『隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった』

 https://ncode.syosetu.com/n8626im/

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