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1話

目を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。ふわふわとした薄い布団に包まれている感覚も、どこか異世界に来たような感じがした。


「…うーん、どうなってるんだろう。」


私は寝ぼけながらつぶやき、体を起こしてみる。周りには見慣れぬ家具が並んでおり、窓の外には広がる緑の景色。どうやら、私はどこかの家の一室で目を覚ましたようだ。


最初に感じたのは、あたたかい空気。次に感じたのは、体が何か軽い。まるで重力の感覚が違うような、そんな気がした。


「どうしてここにいるんだろう…」


とりあえず、自分の体を確認する。手足は、何も変わった様子はない。特に異常もなく、普通に動く。でも、何か違う気がする。


私はしばらくボーっとしていたが、やがて思い出した。


「…あれ?転生したんだっけ?」


そう、何も覚えていないわけではない。日本で、普通の生活を送っていたはずだ。それが、ある日突然、この世界に転生してしまったらしい。


「まぁ、どうせなら、気ままに生きていこうかな。」


私はゆっくりと布団を抜け出し、窓の外を眺めながら決意を固めた。どうやら、ここはファンタジーの世界らしい。魔法や冒険が存在するというのなら、ちょっとした楽しみも待っているかもしれない。


特に目的もなく、ただのんびりと、毎日を楽しんで過ごせるなら、それが一番幸せかもしれない。


「さぁ、今日は何をしようかな。」


窓の外には、木々が揺れ、鳥のさえずりが響いている。気持ちの良い風が部屋に流れ込んできて、なんだか心が落ち着く。


そうだ、まずは朝ごはんでも作って、ゆっくりと一日の始まりを楽しんでみよう。


私は軽くストレッチをして、体をほぐすと、部屋の隅に置かれた簡素な服に目を向けた。それらはとてもシンプルで、まるで村の人たちが着るような、自然素材の衣服だった。普段着としてはちょうど良さそうだ。


服を着替えて、部屋を出ると、どこからか美味しそうな香りが漂ってきた。お腹が鳴る前に、香りの方向へと足を向ける。


小さな木製の階段を下りると、広めのキッチンが現れた。木のテーブルの上には、焼き立てのパンと、湯気の立つスープの鍋が置かれていた。おばあさんが、すっかり日常の一部のように料理をしている。


「あら、起きたのね。朝ごはんできたわよ。」


おばあさんの優しい声に、私はほっと息をついた。顔も見たことがないけれど、なんだか懐かしい気持ちになった。ここでしばらく世話になるのかもしれない。


「ありがとうございます…美味しそうですね。」


おばあさんはにっこりと笑って、スープの中からいくつかの野菜を取り分けてくれた。新鮮な野菜に、香り高いハーブが加わったそのスープは、まるでおばあさんの手から出てきた魔法のように、心まで温かくしてくれる。


「食べたら、ちょっと外に散歩でも行ってみたらどう?」


「はい、散歩なら行きます!」


私はパンを手に取り、ひとくちほおばる。軽いけれどふわっとした食感と、ほんのり甘い風味に、思わず笑みがこぼれる。これが、異世界のパンというものなのか…と思うと、また少しワクワクしてきた。


おばあさんが少しの間、何かを思いついたように顔を上げた。


「そうだ、あなた、魔法ってできる?」


「魔法ですか?」


突然の問いに少し驚きながらも、私は頭をかしげた。今までこの世界で魔法を使うことはなかったし、特にその能力について考えたこともなかった。


「いや、できるなら、ちょっと教えてもらいたいなって。」


おばあさんの目がきらりと輝く。


「ちょっとだけでも魔法が使えれば、生活がずいぶん楽になるんだけどね。」


私は少し考えてから、肩をすくめた。


「わかりませんけど、試してみる価値はありますね。」


外の風が心地よく、朝の光が少しずつ強くなってきた。その日は、何も特別なことはなかったけれど、それでもどこか不思議と心が穏やかで、これからどうなるのか楽しみで仕方がなかった。


おばあさんが手を振ると、私はキッチンの片隅にあった小さな机に向かって座った。目の前には、少し色あせた魔法の本が開かれていた。どうやら、魔法の勉強をしていたらしい。


「まずは、魔力の感じ方から始めましょう。」おばあさんが言った。


「魔力?」私は首をかしげる。


「そう、魔法は魔力を使って発動するもの。簡単に言うと、自分の中に流れているエネルギーみたいなものを感じて、それを使うんです。」


私は手のひらをじっと見つめながら、言われた通りに集中してみる。最初は、何も感じなかった。ただただ、手のひらが温かいような、少し冷たいような気がして。


「ちょっとだけ、深呼吸してみて。」おばあさんが優しく言うと、私は言われた通りに深く息を吸い込んだ。


その瞬間、なんだか体の中で微細な振動が伝わってきた。それが魔力なのかどうかはわからないけれど、何か不思議な感覚が広がってきた。


「その感じを、少しずつ強くしてみて。」おばあさんの声が響く。


私はその微かな力を少しずつ意識的に強めようとした。最初は難しかったけれど、次第に手のひらから温かさが広がり、ほんのりと輝く光が感じられるようになった。


「できた!」私は驚きながら声を上げた。


「おお、いいわね。」おばあさんが嬉しそうに笑う。「その調子よ。今度は、その魔力を使って、小さな物を動かしてみましょう。」


私は目の前に置かれた小さな花瓶を見つめた。集中し、手のひらを向ける。ゆっくりと、自分の内側からその力を送り込んでいく。初めは力がうまく伝わらず、花瓶は動かない。


でも、諦めずにもう一度挑戦すると、ほんの少しだけ花瓶が揺れた。


「う、動いた!」


「よくできたわ。」おばあさんがにこっと微笑む。「その調子で、少しずつ魔法を覚えていけばいいわ。」


私はふうっと息を吐きながら、嬉しさを感じていた。魔法を使えるなんて、こんなに簡単にできるものだったなんて思っていなかった。でも、これで自分の生活がもっと便利になりそうだし、何より楽しくなりそうだ。


「じゃあ、もう少し練習してみます!」


おばあさんは穏やかに頷き、私はその後も少し魔力を使ってみることにした。何も急ぐ必要はないし、焦らずに少しずつやっていけば、きっと上達するだろう。


その日の午後、私はおばあさんと一緒に外へ出かけた。晴れた空に、優しい風が吹いていて、すっかりリラックスした気分だった。


「さぁ、次は散歩でもして、少し体を動かしましょう。」おばあさんが言う。


「はい、気持ちいいですね。」


私たちはゆっくりと歩きながら、村の外れまで行くことにした。途中で見かけた小道や、色とりどりの花が咲き乱れる草原を眺めていると、なんだか時間がゆっくりと流れているような気がした。


のんびりと、気ままに生きること。それが、今の私にはとても大切で、嬉しいことだった。


その日の午後、歩きながら話をしていると、おばあさんがぽつりと語り始めた。


「この村はね、昔から静かな場所よ。冒険者たちや商人が通る大きな街と違って、ここはあまり人が多くないけれど、それでも良いところだと思ってる。」


私はふと周りを見回す。確かに、周囲には広がる緑と小道、そして時折、家々の煙突から白い煙が上がっている様子が見える。賑やかな都会とは違って、穏やかな空気が漂っていた。


「私はずっとこの村で過ごしてきたけれど、時々、外の世界を見てみたくなることもあるのよ。」おばあさんは少し寂しそうに笑った。「でも、結局はここが一番落ち着くの。」


私はその言葉に頷きながら、心の中で思った。確かに、都会の喧騒や忙しさは魅力的かもしれないけれど、こうして穏やかな日々が続くことが、何よりも大切なのだろうと思った。


「外の世界かぁ…」私はつぶやく。


おばあさんは私に微笑みかけ、「もちろん、君だって、もし外の世界に興味があれば行ってみてもいいのよ。でもね、あまり焦らずに、まずはここでのんびりと過ごすのも悪くないと思うわ。」


「うん、そうですね。」私は答えた。確かに、急ぐ必要はない。まずは、今目の前にある日常を楽しんで、それからどうするかを決めればいい。


そのまま散歩を続けながら、私は少し考えた。魔法の練習をしながら、村のことをもっと知るために、色々な人に会ってみたいとも思った。何より、のんびりとした日々を過ごしながら、少しずつ世界を広げていくのが楽しみだった。


「今日は少し遠くまで行ってみようか?」おばあさんが突然提案した。


「遠く?」私は驚いて尋ねる。


「うん、この辺りにはちょっとした小川があってね、涼しい風が吹いていてとても気持ちいいのよ。」


「行ってみたいです!」私はすぐに答えた。


おばあさんはにっこりと笑い、道を案内してくれた。歩くペースはゆっくりで、途中、村の人たちと挨拶を交わしながら進んでいく。どこか懐かしいような、温かい気持ちになった。


小川に着くと、そこは本当に静かな場所だった。水が岩に当たってさらさらと音を立てて流れ、周りの木々の葉が風に揺れて、時折日差しがその隙間から差し込んでいた。


「ここ、気持ちいいですね。」私は目を閉じて、風の音に耳を澄ませながら深呼吸した。


「でしょ?」おばあさんが優しく笑う。「自然って、こうしてじっくりと味わうと、どんな宝物よりも大切に思えるものよ。」


私もその言葉に深く頷いた。そうだ、今この瞬間が一番大事なんだと、心から感じた。


その日は、のんびりと時間が過ぎていった。おばあさんと一緒にお茶を飲み、村の人たちと簡単な会話を交わしながら、私は心地よい疲れを感じていた。


どこか遠くに行きたい気持ちもあるけれど、それは急ぐことではない。この静かな日常こそ、今の私にとって一番大切なものだと気づいたから。


「明日も、またこんな風に過ごせたらいいな。」


私はそう思いながら、もう一度深呼吸をした。未来に何が待っているかはわからないけれど、今を楽しむことができれば、それで十分だと思った。



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