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1-8.国王の真意と騎士の違和(Side S)

「スタン。悪いが、暫くの間アレの見張りを頼む」

「御意」

エルシアが退出した執務室。ヴィルヘルムの命にスタンは頭を垂れる。

顔を上げたスタンの視界に、機嫌よく笑うヴィルヘルムの顔が映った。

「陛下?」

エルシアの言動に怒り心頭になっていた彼からは想像できない。違和感のある主君の姿に、スタンはその真意を問うた。ヴィルヘルムが堪えきれないといった様子で失笑する。

「いや、すまん。……まぁ、そんなに気負う必要はない。アレのお守りも持って数日の辛抱、すぐに帰ってこれる」

「……それは、妃殿下が早々に音を上げるだろうとの判断ですか?」

スタンからすると、それは流石に早計に思えた。エルシアなら――特にここ一月の彼女の様子からすると――、森での生活にも順応してしまう可能性が高い。そう思えるほど、最近の彼女は逞しく、また、王城での生活に辟易しているのが伝わってきた。

スタンの懸念に、ヴィルヘルムがニヤリと口の端を上げる。

「案ずるな。そもそも、アレは庵に入ることすらできん」

確信している様子の主君に、スタンは黙して彼の言葉を待つ。ヴィルヘルムが得意げに言い放った。

「あの庵はな、誰も入ることができんのだ」

(入れない?)

核心を避ける物言いに、スタンは問いを口にする。

「……入れないとは? 既に廃墟ということでしょうか?」

「いや。建物そのものは無事だ。それこそ百年以上も経つというのに、痛んだ形跡もない」

「ではなぜ……?」

スタンの疑問に、ヴィルヘルムが首を横に振る。

「理由は俺にも分からん。分かっているのは、あの庵にはなんらかの魔力的な力が働いているということ。その力が、外部からの侵入を阻害している」

(阻害? ……言葉通り、庵が封じられているということか?)

不可思議な現象にスタンが困惑していると、ヴィルヘルムが淡々と続ける。

「ヴァーリックによれば、庵全体が錬金術で作られている可能性が高いらしい。その効果として、『保存』が掛かっているのではないかということだ」

「保存の効果……」

それで建物に入れなくなるとは、一体どういう技術なのか。錬金術に明るくないスタンは、ますます理解が及ばなくなる。

ヴィルヘルムが満足げに「だから安心しろ」と告げた。

「ヴァーリックでさえ、いや、この百年の間、力ある錬金術師の誰も入れなかった庵だ。魔法しか知らぬアレに、どうにかできる代物ではない」

「……つまり、初めから妃殿下を王城から出すつもりはない、と?」

「そういうことだ」

頷く主君に、スタンの心の内に「でも、それは」という思いが生まれる。

(それは、妃殿下を欺くということでは……?)

スタンは長らくエルシアを見てきた。

生まれゆえに感情を露わにしない彼女を「人形のようだ」と感じたこともある。しかし、ここ最近の彼女を見ると、それは作られたもの。彼女本来の姿はもっと感情豊かで、それをずっと抑えつけてきたのだと分かる。

だから、エルシアの訴えはスタンに響いた――

「自由にしろ」と、「やりたいことをやらせろ」と主張する彼女に、スタンは一種の羨望を抱いたのだ。自らの人生を切り開かんとする姿に、自分にはない何かを感じた。

(それを、潰してしまうのか……)

スタンの内に蟠りが生まれる。

あれだけ喜んでいた彼女の、その顔が失望に染まる瞬間を見たくない。

自然、スタンの口から言葉が零れた。

「……せめて、妃殿下に錬金術をお教えすることはできないのですか?」

城を出る望みが断たれんとしている今、せめて、彼女の一番の望みを叶えることはできぬのか。

スタンの問いに、ヴィルヘルムは首を横に振る。

「駄目だ。万が一にも、アレに力を持たせるわけにはいかん」

「しかし、妃殿下は純粋に錬金術を学ぶことを望まれているのでは……」

「だとしてもだ。錬金術が秘伝とされるのは、その力の強大さゆえ、武力となり得るからだ。魔法の台頭に押されようとその事実は変わらん」

為政者としての言葉に、スタンは沈黙する。張り詰めた空気に、ヴィルヘルムがフッと笑った。

「なんだ、スタン。お前、アレに絆されたか?」

「いえ、私は……」

「構わんぞ。欲しいならくれてやる。……いや、そうだな、これは命令だ。スタン、エルシアを落とせ」

耳を疑う主君の言葉に、スタンは凍り付く。その反応を笑って、ヴィルヘルムが告げる。

「姦通は罪だ。アレを幽閉するいい口実になるだろう?」

本気とも戯れともとれる言葉。スタンが主の意を酌めずにいると、ヴィルヘルムが「冗談だ」と苦笑する。

「頭の固い男だな。まぁいい、今の話は忘れろ。お前はアレの監視だけしていればいい」

「……御意」

主の命に頭を垂れたスタンは、床に敷かれた毛織物の模様を見つめる。胸に、誤魔化しようのない不快を抱えたまま。


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