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1-5.術師長、錬金術がしたいです。だが断る

城の地下へ続く階段。エルシアはカツンカツンと靴音を鳴らし、石造りの段差を慎重に降りていく。乏しい灯りの中、嵩張るドレスの裾を捌くのは一苦労だった。

(なんで錬金工房を地下に造るかなぁ。雰囲気はあるけど、行き来が大変じゃない?)

材料の搬入はどうしているのだろうかと余計な心配をしつつ、エルシアは最後の段を下りきった。地下のかび臭い廊下。最奥の扉に続く通路の途中に、同じような扉が三つ並ぶ。

さて、錬金術師長の工房はどれだろうかと思案するも、エルシアはすぐに結論を出す。

(お偉いさんの部屋は一番奥と相場が決まっている!)

独断と偏見で廊下を突き進む。壁際に置かれた本棚には錬金関連の本らしきものが並び、エルシアの興味をひいた。

(帰りに貸してもらおうかなぁ)

呑気に眺めつつ、最奥の扉へ到達する。両開きの木製扉は見るからに重厚で、エルシアが指の背でノックするも微かに鈍い音がするのみ。仕方なく、エルシアは拳を握った。

「すみませーん、錬金術師長いらっしゃいますかー!」

呼びかけと共に、ドアを拳でドンドン叩く。だが、扉の内から反応はない。更に仕方なく、エルシアは扉を開けてみることにした。

(錬金に熱中してて、聞こえないかもだしね)

そう言い訳し、扉についた鉄製のドアノブを力の限り引っ張る。

(あ、開かない!)

引いて駄目なら押してみる。今度は右肩を扉に押し付けて全体重をかけてみた。

(ビクともしない!)

一人押したり引いたりを試してみるが、扉が動く気配は全くなかった。

「えー、どうしよう……」

途方に暮れるエルシアの背後から、突如、怒声が響く。

「貴様! そこで何をしている!?」

「わっ!」

慌てて振り返ると、黒いローブ姿の老人が鬼気迫る勢いで近づいてくる。怒りの形相、眼光鋭い緑の目が睨めつける。顎を覆う白い髭の間から歯を剥き出しにする男の顔には見覚えがあった。

「ヴァーリック錬金術師長。ごめんなさい、ご不在とは知らず――」

「何をしていたかと聞いている! 貴様、どこの所属だ? 地下工房の清掃は不要だという通達を知らんのか!?」

(えー……?)

男の剣幕に、エルシアはドン引きする。どうやら、目の前の男は自国の王妃の顔を覚えていないらしい。

確かに、直接顔を合わせた数は片手で数える程度だが、それにしても――

(清掃係と間違う? この恰好で?)

自身の服を見下ろした。確かに色は地味で装飾もないが、一応はドレス。侍女や下働きの服装とは違う。エルシアが貴人であることは予想がつきそうなものだが。

「出ていけ! 二度とこの場に足を踏み入れるな!」

怒り心頭。取り付く島もなさそうな男に、本当に仕方なく、エルシアは権力を以て対抗することにする。

「口のきき方に気を付けなさい、ヴァーリック」

「なに?」

「私は清掃係ではないわ。エルシア・ハバスト、お忘れのようだけれど、この国の王妃よ」

言ってて虚しくなる自己紹介に、男が訝しげな表情になる。それからシゲシゲとエルシアの顔を観察した後、フンと鼻を鳴らした。

「妃殿下だろうとなんだろうと関係ない。ここは私が先代陛下より賜った工房だ。さっさと出ていけ」

エルシアの正体に気付いた上でそう言い放つヴァーリックの傲慢さに、エルシアは内心でため息をつく。

(この人にとっては、私なんてただの小娘。敬意の対象ではないってことかぁ)

目の前の男は、公爵家に生まれながら先代国王に錬金術の腕を買われ術師長まで上り詰めた。現国王のヴィルヘルムでさえ、彼の意向を無視することはできない。それが、この国の魔法分野の発達の遅れにも繋がっているのだが、今のエルシアにとって重要なことは別にある。

「……失礼しました、ヴァーリック術師長」

エルシアは頭を下げる。

「こちらに伺ったのは、術師長に頼みがあるからです」

「私に頼み? ……言ってみるがいい」

片眉を上げて答えた男は、どうやら話を聞く気にはなってくれたようだ。ホッとして、エルシアは微笑んだ。

「ありがとうございます。実は私、錬金術に大変興味がありまして、ぜひ私に錬金術を教えていただきたいのです」

「教える? 錬金の依頼ではなく、教授だと?」

ヴァーリックの顔に明らかな失望が浮かんだ。ため息をついて、動物を追い払うかのようにシッシッと手を振る。

「帰れ。錬金は神秘の術。お前のような人間が興味本位で手を出していいものではない」

「ですが――」

「帰れと言っている。聞かぬなら、嫌でも帰りたくなるようにしてやろう」

脅しの言葉と共に、男は腰に下げたガラス瓶に手を伸ばす。

「了解、帰ります!」

見るからに怪しい液体の入った瓶に、エルシアは瞬時に戦略的撤退を決めた。

「どうやら、時機が悪かったようですね。また出直してまいります」

言いつつ、ソロリソロリとヴァーリックから距離をとる。大きく迂回して退路を確保すると、笑顔で「それでは」と告げた。

来た道を戻る途中で、エルシアはヴァーリックを振り返る。

「そうだ。錬金術師長、ここにある本、数冊お借りしても?」

通路の本棚を指して尋ねると、男が再び腰の瓶に触れた。エルシアは黙って反転する。そのまま何も言わずに地下工房を後にした。

地上に戻って漸く一息つく。

(ハァ。困ったなぁ。どうしよ)

ヴァーリックに断られた以上、王宮内で錬金術師に師事するのは難しそうだ。ひとまずは自力で学ぶかと、エルシアは気持ちを切り替える。まずは情報収集に、その足で王宮内の図書館へ向かった。


図書館で小一時間を過ごした後、エルシアは五冊の本を手に入れた。どれも錬金に関する本だが、歴史や理論が中心でレシピに関するものは一つもない。司書の力を借りればまた違う結果になったかもしれないが、「お断り」された以上、これが限界だった。

(やっぱり、地下工房の本棚あさりたい)

恐らく、あそこにならレシピ集もあるだろう。

残念に思いつつ、それでもこの世界の錬金術の成り立ちが知れるのは悪くない。エルシアは抱えた本に胸を弾ませ、自室への廊下を急いだ。

もうすぐ部屋の前。最後の角を曲がった廊下で、エルシアの足がピタリと止まる。それから、本を床に置いて駆け出した。

「スタン!」

廊下の隅、壁に背を預けて疼くまる護衛騎士の姿に、嫌な予感が駆け巡る。彼の首筋にある呪詛の紋様。あれは『アルケミストライフ』でお城の騎士が持ち込む依頼と同じ。放っておくと死に至る呪いを祓うため、錬金アイテムの調合を頼まれるのだが――

「スタン、スタン、大丈夫っ!?」

駆け寄って、彼の意識を確かめる。隣にしゃがんで、伏せられた彼の顔を覗き込んだ。エルシアの呼びかけに瞼が開き、碧い瞳がうっすら覗く。彼の右手は胸元の服をきつく掴んでいた。その手を見つめ、エルシアは彼の耳元で囁く。

「大丈夫? 動けるなら騎士団の医務室に行こう。動けないなら、誰か呼んでくるから」

「……要りません」

首を横に振るスタンに、エルシアは戸惑う。スタンがハァと大きく息をついてから、右手を服から離した。発作が治まりつつあるのだろう、だらんと手足を投げ出す彼の姿に、それでも不安は消えない。

「本当に誰か呼んでこなくていい?」

エルシアの問いに、スタンは億劫そうに「要りません」と繰り返した。

「呼んだところで、どうにもなりませんから」

彼のその言い様に、エルシアは引っ掛かりを覚えた。確かに、呪詛の解呪は容易ではない。けれど「どうにもならない」とはどういうことか。

(錬金術に対する私の知識が間違ってる?)

エルシアの「解呪は可能である」という判断は、前世のゲーム知識によるもの。この世界では、通用しない可能性があった。

(……そう、だよね。できるなら、王宮錬金術師とか教会が解呪してるはず)

不可避の死――

突如、目の前に突き付けられた事態の重さに、エルシアは口を噤む。自らの力の及ばない領域で自らの生が左右される。その怖さを、エルシアは嫌というほど知っていた。

何も言えず、エルシアはスタンに寄り添う。上体を倒した彼の背に触れた。そのまま、黙って背を撫でる。

自分がされて嬉しかったから。

本当はギュッと抱きしめたいけれど、それを許される関係ではない。

無言の時が過ぎる中、不意にスタンが口を開いた。

「図書館へ行かれたのですか?」

彼の視線は、離れた床に置きっぱなしの本に向けられている。エルシアが頷くと、スタンの口から小さな吐息が零れた。

「錬金工房に行くとは聞いていましたが、図書館へ行かれるとは聞いていませんでした」

「あー、それは。……はい、ごめんなさい」

勝手な予定変更を詫びると、彼は「いえ」と小さく首を横に振る。

「不便をおかけしているのは確かです。先にお教えいただければ問題ありません」

言って、彼は「ただ」と続ける。

「……できるなら、私が側にいない間は大人しくしていただけると助かります」

柔らかな声の響きに、エルシアはスタンの顔を窺う。苦笑、というほどではないものの、いつもより弛んでいる彼の表情に、エルシアは少しだけ勇気を得た。

「……あのね、ずっと私の護衛してるけど、身体はきつくない? お休みはもらわないの?」

きっと今までも、エルシアの知らないところで発作に耐えていたのだろう。今後、症状が悪化する可能性を考えると、スタンには護衛を外れてもらうほうがいい。

(少し、寂しい気はするけれど……)

そう思って告げた言葉に、スタンは真顔でエルシアを見返した。

「私の他に妃殿下に付ける護衛がおりません」

「え?」

言葉の意味を理解して、エルシアは声を上げる。

「わ、私、そこまで嫌われてるの? あ、いや、嫌われてるのは分かってるけど、でも!」

呪詛で苦しむ仲間一人に押しつけるほど嫌われているとは。百歩譲ってエルシア自身はいいが、とばっちりを受けるスタンは堪ったものではない。

居たたまれない思いでスタンを見つめると、彼が苦笑した。今度ははっきり「そう」と分かる笑みを浮かべた彼に、エルシアは衝撃を受ける。

(う! 無表情イケメンの苦笑い、強し!)

エルシアの動揺を知ることなく、スタンはすぐに笑みを消す。無表情に戻った彼が、暫く悩んだ末、口にした。

「陛下との離縁はどうあっても叶いません」

突然の助言――忠告だろうか――に、エルシアはスタンを凝視する。彼のほうから何かを話題にすることなど滅多にない。エルシアの視線から逃れるように、スタンは顔を背けて淡々と告げた。

「求めても無駄に終わります。王国と帝国の繋がりを、そう簡単に切り離すことはできませんから」

「……うん、そうだね」

エルシアは頷き自省する。

「分かってたはずなんだけど、突っ走っちゃった」

怒り任せの行動で、閉じた門をこじ開けるのは難しい。だけど――

「……ちょっと考えてみるね」

スタンの横顔。その首筋に見える紋様に、エルシアは新たな決意を抱いた。

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