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1-4.国王と騎士(Side S)

スタンにとって、王妃エルシアはただの護衛対象に過ぎない。

十六で騎士に叙されてより七年。養父である先代騎士団長の教えに従い、スタンは国王ヴィルヘルムの忠実な騎士であり続けた。四年前、ヴィルヘルムを庇って殺しの呪いを受けたのも忠誠心ゆえ。

同じように、スタンは「守れ」と命じられたエルシアを守り続ける。そこに好悪の感情はない。それが、スタンが今なお彼女の護衛騎士であり続ける理由だ。

仲間の騎士が王妃の護衛を辞退していく中、スタン一人で王妃を守りきるのは難しい。だが、幸いにも、エルシアは己の立場を理解している。自らを危険に曝すことはなく、非常に守りやすい存在だ。

(……いや、存在だった、だな)

王宮の廊下。国王の執務室へ続く通路で、スタンは手にした封書に視線を落とす。

王妃から国王への申請書。面会を望む手紙を運ぶのはもう何度目か。王妃は確実に変わった。その切欠が何だったのかと問われれば、スタンは「塔での落下未遂」と答えるだろう。しかし、彼女の内に何が芽生えたのか、その動機や目的は何か。スタンには皆目見当がつかなかった。

スタンは黙々と廊下を進み、執務室に着く。扉を守る近衛騎士の一人に目線で合図を送ると、騎士は部屋の内に向かってスタンの訪問を告げた。すぐに、聞きなれた声が応える。

「入れ」

主君の許しを得て、スタンは室内へ足を踏み入れた。窓際に置かれた机。定位置であるその場所で執務中のヴィルヘルムに対し、スタンは膝をついた。彼はすぐに「要らん」とスタンの起立を促す。

「要件はなんだ? またアレか?」

「はい」

短い会話で概要を済まし、スタンは封書をヴィルヘルムへ手渡す。顔を顰めた王は、渋々といった体で封書を開いた。取り出した書面を読み、すぐに机の上へ放り投げる。

「また、離縁の要求か。足りない頭では『不可能』という言葉を理解しないのか。まったく、しつこい女だ」

辟易した様子を隠すこともなく吐き捨てた王は、椅子の背に体重を預けた。癖のある白金の髪を掻き上げ、王族特有の赤眼で机上を睨む。スタンと一つしか変わらぬ若年の王は、その合理的な思考と政治手腕で国力を高め、国の安定に務めてきた。その才はスタンも認めるところだが、ただ一点、王妃エルシアに関しては感情が優先するきらいがある。

(それも、クラウディア様を想うがゆえか……)

呪いを受けた四年前まで、スタンはヴィルヘルムの近衛騎士だった。必然、ヴィルヘルムとクラウディアの二人を目にする機会も多く、二人の仲睦まじさをよく知る一人だ。我の強いヴィルヘルムの――ともすれば傲慢ともとれる言動を、クラウディアは柔らかな返しで受け止める。ヴィルヘルムがクラウディアの隣を心地よいと思うのは当然のこと。

更に言えば、エルシアを嫁した帝国のやり方もまずかった。

四年前、帝国より持ち込まれた皇女との婚姻話。他国からの強制――しかも横槍で自身の婚約を決められたヴィルヘルムは荒れに荒れた。即位前だった彼は王城の外で憂さ晴らしをすることも多く、そんな無防備な隙を突かれた結果、スタンは呪詛をその身に受けることとなった。

「……スタン。お前、アレから何か聞いているか?」

突然の問いに、スタンは一拍答えに詰まる。が、すぐに「いいえ」と首を横に振った。

「特には何も。以前ご報告した通り、妖精の森へ立入りを希望されているくらいです」

「ああ。そんなことも言っていたな」

暫し逡巡した王は、「そう言えば」と呟く。

「アレがおかしくなったのはあの日以来か。だが、妖精の森への立ち入りがなぜ離縁に繋がる。全くもって意味が分からん」

忌々しそうにするヴィルヘルムに、スタンは「それならば」と提案する。

「一度、妃殿下と直接お話をされてはいかがですか?」

「ハッ! まさか、そんな馬鹿な真似を私がすると思うか?」

言って、王は歪んだ笑みを浮かべる。

「ここまで徹底的に避けてきたのだ。今更、私がアレを気にかけている、妃として扱っているなどと思われては敵わん」

愉悦の笑みが嘲笑へ変わる。

「侍女を取り込みアレの手足を奪った上で飼い殺す。正妃に迎えた時点で帝国への義理は果たした。それくらい構わんだろう?」

主君の言葉に、スタンは頭を下げて答えた。ヴィルヘルムが机上の書類を指先で叩く。

「だが、アレがなぜ離縁を持ちだしたのかは確かめねばならん」

王の視線がスタンに向く。

「帝国は、帝国の血を引く人間をこの国の王に据えることを望んでいる。逃げ出せるものではないと、アレも理解しているはずだがな」

そこまで言って、王は自身の言葉に首を捻る。

「いや、まさか、そんなことも理解していないのか?」

視線で「どう思う?」と問われ、スタンは正直に首を横に振る。

「分かりません」

王の口から嘆息が漏れた。

「……そう言えば、アレは今何をしている? また、馬鹿な真似をしでかしていないだろうな」

「本日は錬金術師長の元へ向かわれました。新たに錬金術を学びたいとのこと」

「ハッ! 錬金のレシピは秘伝。ヴァーリックが認めるわけがない」

王宮錬金術師の長の名を出したヴィルヘルムは、エルシアの行動を嗤う。しかし、すぐに表情を引き締めた。

「馬鹿な女だが、死なれては困る。よく見張っておけ」

「御意」

ヴィルヘルムはスタンの答えに満足そうに頷き、「もういい、下がれ」と退出を命じる。命に従い、スタンは扉へ向かった。

「待て」

呼び止める声にスタンが振り向く。ヴィルヘルムが厳しい表情でスタンを見つめていた。

「……体調はどうだ?」

彼の視線が自身の首筋にあることを自覚して、スタンは答える。

「問題ありません」

嘘だった。服で隠れているが呪詛の紋様は既に心臓の位置まで達している。スタンは何度も心臓を締め付ける発作に襲われていた。不可避の死。間隔も次第に短くなっているため、そう遠くない先、スタンは死ぬ。

スタンの返事に、ヴィルヘルムは「そうか」と答え視線を外す。

「……すまん。お前にばかり迷惑をかける」

この国の王としての精一杯の言葉。スタンは頭を下げて部屋を後にした。



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