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1-3.離婚に向けてまずは自立=錬金術(そうはならんやろ)

エルシアがスタンの首筋の紋様を確かめている内に、彼は塔の階段を難なく下りきった。そのまま抱えていこうとするものだから、エルシアは慌てて下ろしてもらう。足の震えも収まり歩くことに支障はなかったが、前を行く彼の首筋が気になって仕方ない。

(でも、親しくもないのに、『それって呪詛? 解呪しないの?』とかいきなり聞けないよね)

気になりつつも、エルシアはチラチラと視線を送るしかなかった。

中庭を抜けて食堂に続く回廊を歩く。不意に、スタンが足を止めた。彼の視線の先、前方から護衛騎士に守られた三人の女性が歩いてくる。

(うわー……)

彼女らの中央、前後を守られた高貴な人物の姿に、エルシアは面倒な予感を覚える。スタンがチラリとこちらを振り返った。エルシアが頷いて返すと、彼は再び歩き出す。

(面倒だけど、これが最善、正解だからなぁ)

こちらに気付いた女性たちが足を止め、エルシアに道を譲る。当然だ。エルシアはこの国の王妃――国王の正妃なのだから。

エルシアとの距離が近づくと、女性らは一斉に頭を垂れた。洗練された所作、特に中央の女性の優美な礼に、エルシアはモヤモヤとしたものを感じる。

側妃クラウディア・ハバスト――

ウェーブした金糸が陽の光を受けて輝き、けぶるような睫毛が白磁の頬に影を落とす。床を見つめる翡翠の瞳には理知の光が宿っていた。

(……完璧じゃん。もう、完璧じゃん)

王国の名門公爵家出身である彼女は、その美貌と才で国中の人々に愛されている。そして、その「人々」の中には、エルシアの夫であるハバスト国王ヴィルヘルムも含まれていた。というか、筆頭だ。

それはまぁ、致し方ないことと割り切ることもできるが。

(どうして、貴女までそっちに居るかなぁ)

クラウディアの隣には、元より彼女付きである侍女の他に、エルシアが帝国からつれてきた侍女――リンダが控えている。

(確かに、そっちに付いたほうがお得だろうけどさぁ)

彼女は、嫁入りの際に父である皇帝に付けられた唯一の侍女だ。「優秀な人物」という触れ込みだったが、口数の少ない彼女とは終ぞ打ち解けることができないまま。気付けば彼女は側妃――王国サイドに取り込まれていた。正直、唯一の味方だと思っていたリンダに去られ、エルシアは落ち込んだ。今もまだ、ほんのちょっぴり恨めしく思っている。

三人と護衛騎士を横目に観察しつつ、彼女らの前を通過する。通り過ぎ、二、三歩進んだところで、背後からボソリと声が聞こえた。

「……お飾りのくせに」

(うげー……)

敵意たっぷりの呟きに、エルシアは振り向かない。残念ながら、こんなことは日常茶飯事。振り向いても素知らぬ顔をされるし、問い詰めても「知らぬ存ぜぬ」で通される。救いなのは、聞こえた声がクラウディアのものではなかったということだろう。

(リンダでもなかったし、もう一人の侍女だろうなぁ)

確か、ケリーという名だったか。彼女はエルシアがこの国に嫁いできた時から帝国の皇女を目の敵にする怖い者知らずで、当時はまだ公爵令嬢に過ぎなかったクラウディアによく窘められていた。

(それでも直らない、ずーっと放置されてるのは周りの環境もあるけど、結局、主人がちゃんと止めないからじゃないの?)

クラウディアは今どんな顔をしているのだろう。自身の忠臣に怒っているのか「よく言った」と笑っているのか。意地の悪い気持ちで振り返りたくなったが、エルシアは足を止めなかった。代わりに、「クラウディアにも裏の顔があるんじゃないの?」と邪推することで溜飲を下げる。

(大体、一番悪いのは王様なんだよね。正妃迎えて一年で側妃を置くとか)

それも理由が「エルシアとの間に子ができないから」だ。それを聞いた時は、既に萎縮ムードに入りかけていたエルシアも流石に目を剥いた。

(やることもやってないのに、どうやって子を孕めと?)

もう笑うしかない。

後から知ったが、どうやらヴィルヘルムとクラウディアは幼い頃から想い合う仲で、内々に婚約も決まっていたらしい。そこに、国の力を以て割って入ったエルシアは、確かに完全な邪魔者、悪役だ。

(だとしてもだよ? 国と国との契約なんだから、『国王が率先して』っていうのは如何なものかと思うわけ)

トップが注意しない――どころか、ヴィルヘルム自らがエルシアを空気扱いする――ため、城内の人間の態度も徐々に横柄になっていった。初めは反発していたエルシアも何をどうすれば事態が好転するのか分からぬ内に心が折れ、結果、何も言えない王妃が誕生したのである。

(いやー、辛い)

やはり、さっさと王城を出るべきだと決意し直し、エルシアは前を行くスタンの黒髪を見上げる。

(そう言えば、スタンからは嫌なこと言われたことないかも)

心の距離はものすごく遠いが、彼がエルシアを邪険にすることはなかった。内心はどうあれ、護衛騎士というプロに徹する彼の姿勢に「感心感心」と頷いている内に、エルシアたちは食堂の扉の前にたどり着く。

扉を開けたスタンが中を確認し、こちらを振り返った。

「……妃殿下。私は一度、陛下へ報告を上げに参ります」

「報告?」

「はい。妃殿下が朝食を中断なさった報告の続きをせねばなりませんので」

「あー……」

どうやら、エルシアが食堂を飛び出したことはそこそこ問題になっているらしい。誰かがヴィルヘルムに報告し、スタンが後を追ってきたということなのだろう。

(そっか。よく考えたら、かなりの奇行だったね)

エルシアは開いた扉から食堂を覗く。整えられた食卓には新たな食事が用意され、美味しそうな匂いが漂っていた。給仕たちは壁際に控え、無表情に前を向いている。エルシアを嗤う者も睨む者もいなかった。

(流石にやり過ぎたって焦ってる?)

腐っても一国の王妃。虐め過ぎて奇行に走られては、彼らが責を問われることになりかねない。これに懲りて今後は対応がマシになることを願いつつ、エルシアはスタンに頷いた。

「分かった。じゃあ、私は食事に戻るから、また後でね」

軽く礼をして去っていくスタンを見送ってから、エルシアは食堂に足を踏み入れる。食卓に向かうと、給仕がすぐさま動いて椅子を引いた。

最近では珍しいまともな対応に、エルシアはすっかり油断していた。椅子に座ろうとした瞬間、膝裏に激しい衝撃を受ける。

「いっ!」

バランスを崩したエルシアは食卓に手を着いた。弾みで皿からスープが零れ、カトラリーが床へ落下する。驚いて振り返ると、澄ました顔の給仕が「申し訳ありません」とおざなりの謝罪を口にした。

(はーっ!?)

これは流石に何か言ってやらねばとエルシアが口を開いた時、背後でカチャリと皿の音がした。慌てて振り返ると、控えていたはずの他の給仕たちが皿を片付けようとしているではないか。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! どういうこと? 一体、何をしているの?」

エルシアの詰問に、彼らは無表情のまま、黙々と皿を片付け続ける。

「待ちなさいって言っているでしょう!」

折角のまともな食事。やっとありつけると思った御馳走が目の前から消えていく。唖然としていると、床に落ちたナイフを拾い上げた給仕が口を開いた。

「王妃様のお口には合わないようなので、こちらは下げさせていただきます」

「は?」

言うだけ言った男は澄ました顔で踵を返し、そのまま食堂を出ていく。彼に続いて他の給仕たちが出ていくのを、エルシアは成す術もなく見送った。唖然としていると、最初に椅子を引いた男がエルシアに近づく。

給仕にしても近すぎる距離。エルシアが身構えると、男は口の端を上げて嗤った。

「まったく、我儘な王妃様ですね。王妃としての義務も果たさない人間が、浅ましくも食べ物に執着するとは」

言って、男は鼻先でハッと笑う。

「自身の立場をお分かりでないようだ。我々がいなければ貴女は何もできない。この城で生きていくことさえできないというのに」

「……」

「今後はお立場を弁え、我々の手を煩わせることのないよう、お願いいたしますよ」

嫌味全開で訳の分からないことを言う男に、エルシアは絶句した。思考が停止している内に、男はさっさと食堂を出ていく。最後に一人、ポツンと取り残されたエルシアは我に返って憤怒の雄叫びを上げる。勿論、心の内でだが――

(は? は? はーっ!? なんだソレ、なんだソレ! 我儘王妃? 義務を果たしていないっ!?)

馬鹿にするものいい加減にしろと言いたい。好きなものを好きな時に食べる。それさえできない身に甘んじているというのに。

(言うにことかいて『浅ましい』だとぉ……っ!?)

頭に血が上り過ぎてクラクラする。こんな怒りを抱いたのは生まれて初めて。前世で散々、「理不尽だ!」と嘆き悲しんだことはあるが、純粋な怒りとなると前世も含めて初めてだった。

煮えたぎる怒りを発散するべく、エルシアは食堂をグルグルと歩き回る。明らかな奇行だが、見る者などいないのだから問題ない。

(くっそー、本当にもうどうしてくれよう!?)

とりあえず、今回の件に関しては雇用主である夫に厳重な抗議をするが、それで彼らが態度を改めるとは思えない。そもそも抗議しようにも、エルシアがヴィルヘルムと連絡を取る手段は限られていた。徹底的に妻の存在を無視する夫と接触するには、正妃から国王へという形で正式な面会を申し込むしかない。

申請を書面にし、人を介して国王の元へ届け、その返事を待つ。しかも、面倒な手順を守ったところで、ヴィルヘルムがエルシアの要求に応えることはほとんどなかった。

(……よし、別れよう)

イライラを通り越し、悟りの境地に立ったエルシアは決断する。

(趣味に生きるとか甘かった。別居なんかじゃ生温い。離婚だ離婚。もう別れるしかない!)

最低夫の顔面に前世仕様の離婚届を叩きつける妄想を繰り広げつつ、エルシアは今後について思案する。

(離活。大事なのはまずは自立すること。実家に帰るのは無理だろうし……)

例え祖国で迎え入れられても、再び政治の駒としてどこぞに嫁がされるのはもう嫌だ。

(自立の方法か。……やってみたいのは錬金術、だけど)

魔力頼みでどうにかなるか、実践経験のない身では非常に心許ない。

であればやはり、一度は錬金に触れてみたい。妖精の森に入ることは難しくとも、城の工房であれば許されるはずだ。宮廷錬金術師たちには嫌な顔をされるだろうが、そんなもの、今更だ。

先の見通しを立てたエルシアは、鼻息荒く食堂を後にした。

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― 新着の感想 ―
この時点でこの国攻め込まれて滅ぼされる可能性あるな(どんだけ低くても皇女を冷遇してるってだけで理由として十分すぎる
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