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1-2.三年越しの「よろしくお願いします」

言い訳をさせてもらえるなら――

彼との初対面の時、エルシアは彼の紹介を受けていない。というより、気付けば彼が護衛につくようになり、気付けば彼以外の護衛がいなくなっていた。

(いつも二人っきりだしさ、誰も彼の名前呼ばないから、分かりようがないじゃない?)

寡黙な彼がエルシアに話し掛けてくることはなく、その頃既にすっかり萎縮しきっていたエルシアは、自身の護衛に名前を聞く勇気がなかった。自分が王宮の――もっと言えば国中の嫌われ者だという思い込みがあったからだ。

(よく考えたら国中ってことはないよね。どっかに味方してくれる人はいるんだろうけど)

それを、祖国を離れた世間知らずの十五歳に気付けというのは酷な話。

エルシアは思いっきり自己弁護をした上で、再び男に名を尋ねた。

「本当にごめんなさい。貴方の名前、ど忘れしてしまったというか、多分、聞いたことなかったというか……」

最後は小声で付け足したエルシアに、男は嘆息して立ち上がる。

(おお……!)

鍛えられて引き締まった身体と流れるような所作。エルシアが見惚れていると、男が手を差し伸べた。

「……ひとまず、お立ち下さい」

男の言葉に、エルシアは「こんな声だったのか」と思いつつ、その手を取る。強い力で身体を引き起こされ、男と相対する形となった。一歩、距離を取った男が胸に手を当て頭を下げる。

「スタン・ダイスラー、妃殿下の護衛を仰せつかっております」

「あ、はい。……えっと、改めて、先ほどはありがとうございました。それと、これからもよろしくお願いします」

無意識に頭を下げた後で、エルシアは男――スタンが怪訝な顔をしていることに気付く。表情はさほど変わらないのに、軽く片眉を上げただけで感情が伝わるとは。器用なスタンに感心しつつ、エルシアは彼の不審の理由を考えた。

(頭下げたのはまずかったかな。言葉遣いも、敬語は止めたほうがいい?)

結論、笑って誤魔化す。

「そうだ。スタン、ちょうど良かった。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

そう言って、エルシアは先ほど落ちかけた石柵の向こうを指差す。

「あそこに庵があるでしょう。あれって、誰が管理しているか分かる?」

彼の視線がエルシアの指先を追う。緑に囲まれたピンクを目にした彼は、至極真面目に返答した。

「……妖精の森は王家の私有地、全ての権利が陛下にあります」

「つまり、庵も陛下の管理下ってことね。スタンはあそこに行ったことがある?」

首を横に振る護衛に、エルシアは質問を重ねた。

「じゃあ、私が行くのは問題ないかな? 一応、城内の括りだよね」

表舞台に立てないエルシアは城の敷地内から出たことがない。軟禁に近い扱いを受けているわけだが、城内――王城をぐるっと囲む城壁内――であれば行動の自由が許されていた。

エルシアの問いに、スタンは暫し逡巡してから再び首を横に振った。

「分かりません。陛下に確認してみないことには」

「そっか。じゃあ、陛下にお願いしてみようかな。……今すぐ行けないのは残念だけど」

嘆息したエルシアの顔を、スタンがジッと見つめる。

「ん? どうかした?」

「いえ……」

答えたスタンは塔の下を見下ろした後、再びエルシアを向いた。

「……飛び降りるつもりはなかったと?」

「え?」

「先ほどの落下未遂は事故、飛び降りるおつもりではなかった?」

無表情で問われ、一瞬、何を言われたのか分からなかったエルシアだが、すぐに理解して慌てる。

「いやいや、違う違う! 全然そんなつもりはなかったよ。ただの事故、うっかりです!」

間抜けな自己申告に、スタンの無表情は崩れない。

(う、疑われてる!?)

焦ったエルシアは自分の足――ドレスに隠れているが――を指差す。

「ほら、足だってまだ震えてるし! 飛び降りる勇気なんてないよ。全然ない!」

彼の視線が下がるが、当然のこと、足の震えなんて見えるはずがない。

(どうする!? 見せる? 捲っちゃう?)

葛藤するエルシアを他所に、スタンが淡々と「分かりました」と頷く。良かったと思う暇もなく、彼は「では」と続けた。

「食堂へお戻りください。お食事の最中だったのでしょう?」

「あー……」

スタンは食堂での一幕を見ていない。基本、彼はエルシアの周囲に人がいる時はその場を任せ、側を離れる。そうでもしなければ、交代要員のいない彼が一人でエルシアの護衛することは不可能だった。

(それでもまだ、かなり無理してくれてるよなぁ)

今まではエルシアが引き籠り気味でルーチン生活を送っていたため、それでも何とかなっていたのだが。

(庵に引き籠るようになったら、私の護衛ってどうなるんだろう)

先のことは分からないものの、スタンに更なる負担をかける可能性はあった。

エルシアは内心で頭を下げ、先導しだした彼の後を追おうとする。しかし、足が思ったように動かない。

「あれ……?」

膝が笑うという初めての経験に、エルシアは半笑いでスタンを見た。一緒に笑ってもらおうとしたのだが、彼は眉を顰めて嘆息する。

「失礼します」

「って、え、嘘っ!?」

一瞬で距離を詰めた彼は、それはもう自然な動作でエルシアを横抱きに持ち上げた。

(こ、これはまさに古の……っ!)

お姫様抱っこ。自身の重さもさることながら、嵩張るドレスごと苦もなく持ち上げた彼に、エルシアは驚嘆する。

(マジか、マジか……!)

錯乱しつつも、彼の負担を減らすためにその首に両腕を巻き付けた。そこで、初めて気付く。

「え?」

彼の――騎士服の詰襟から覗く首筋。そこに走る黒の紋様を、エルシアは知っていた。

(嘘でしょ……)

『アルケミストライフ』のイベントで登場する呪い。人を殺す呪詛の証がはっきりと刻まれている。

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