5-2.大打撃ぃ
王都に戻ったら、しばらく庵でのんびりしよう――
エルシアはそう決めていた。
ヴィルヘルムとの離婚に向け、じっくりと作戦を練るつもりだった。
(……だったのに)
なぜか、気づけば毎日がとんでもなく忙しい。原因――元凶は、もちろん一人しかいない。
――王妃の務めだ。
そう言って、ヴィルヘルムがかなりの数の仕事を投げてくる。勿論、錬金絡み。建材づくりや補助具の改良、氷室の調整など。どれもこれも、そこそこ大変だったり、緊急だったりする。が、エルシアならやれる。
それも、断ればいいだけの話なのだが――
(今のうちに、『国のため』、いっぱい働いておこう、って思っちゃうのよね)
使命感でも、正義感でもなく、ただ、罪悪感を減らすため。
離婚後、エルシアはこの国を出ようと決めた。行き先は分からない。でも、この国は出る。
そう決めた以上、どこかで後ろめたさを消したい。それでつい、依頼を受けてしまうのだ。
(……結局、自分が悪い)
エルシアは嘆息する。
とは言え、錬金は普通に楽しく、つい没頭してしまうのも事実。
そうして、たまに、スタンから無理やり外に連れ出されるのだ。
陽の光の下、エルシアは庵の菜園でスタンと一緒に土を耕していた。
(……やっばい。あったかい、眠い)
鍬の柄に寄りかかり、眠りたくなる。隣で、スタンが真面目に鍬を振るっていた。
傍目には牧歌的風景。エルシア的に完璧な牧歌的風景だった。
そこへ、無粋な声が邪魔をする――
「エルシア!」
よく響く声が届いた。
スタンは既に警戒体勢に入っている。
エルシアが振り向くと、赤い瞳を輝かせた男が、堂々とこちらへ近づいてきていた。
「……ストップ。陛下、そこで止まってください」
森から出たところで、ヴィルヘルムたち一行を制止する。
男は足を止めたが不満げだ。
エルシアは構わず、クレームを入れる。
「なんで、陛下が直接来るんですか? 以前、『ここにはもう来ない』って約束しましたよね?」
エルシアの主張はごく真っ当なもの。しかし、ヴィルヘルムはどこ吹く風。肩を竦めるだけで流した。だけでなく、勝手に用件を話し出す。
「五日後、ベイツ港に視察に行く。お前も来い」
「行きません」
エルシアの拒否。
ヴィルヘルムは眉を寄せた。
「王妃の務めだ。船の製造に力を貸してほしいと要請があった」
「それって、私じゃなくてもいいですよね?」
船の製造など、今に始まったものではない。お抱えの錬金術師もいるはず。技術提供が必要だとしたら、それこそ、宮廷錬金術師の仕事だろう。
「とにかく、私は遠出までして『王妃の務め』とやらを果たすつもりはありません」
どこまでが自分の務めか。決めるは私だ。譲る気はない。
エルシアが応じる気がないのを見て取り、ヴィルヘルムの表情が曇る。今までの、脅しや嘲りの表情とは違う、どこか気まずげな顔で告げた。
「……最近、頑張っているだろう」
「そうですね。そんな気は全くないんですけど、お陰様で」
「だからだ。……息抜きがてら、ベイツに連れて行ってやる」
「は……?」
(……ちょっと待って、言ってる意味がわからない)
エルシアは胸中で盛大に毒を吐く。若干、表情にも出ていたと思う。
ヴィルヘルムがムッとした顔で言う。
「私のせいで、お前が大変なのは分かっている。それを、多少は労ってやるという話だ」
「……それって、クラウディア様は何も言わないんですか?」
「クラウディが? 何を?」
訝しげにするヴィルヘルムに、エルシアは何度目か分からないドン引きを感じていた。
(え、鈍感なの? それとも、私が自意識過剰?)
エルシアは慎重に言葉を選ぶ。
「一応、名目上とはいえ、私たちは夫婦じゃないですか。私を休暇に同行させたら、クラウディア様はご不快に思われるんじゃないですか?」
それとも本気で歯牙にもかけていない。「侍女が一人増える」くらいの感覚なのだろうか。
(いや、でも、休暇に他の妻がついてくるのは邪魔だよね)
エルシアが微妙な顔をしていると、ヴィルヘルムが盛大に顔を顰めた。
どうやら、かなり苛ついているようだ。
彼が口を開く。
「名目上ではない」
「え?」
「……お前は俺の妃だ。名目上の妻ではない」
「っ!」
ゾワリと、何ともいえない不快がゾワリと背中を走った。全身の毛が逆立つ。
「きっ……!」
言ってはいけない言葉が飛び出そうになった。エルシアは慌てて呑み込む。
(無理! え? なに、それ、絶対無理!!)
心中で盛大に吐き出して、それから、彼の奇言の理由を探る。
(あれか? 私を逃がさないためのエサ的な? ここで甘い言葉の一つでも囁いて、的な? うわー、要らない、要らない、要らない!!)
身を捩りたくなる思いを必死に耐える。
沈黙するエルシアに、ヴィルヘルムがフッと小さく息を吐く。表情を弛めた。
「……大体、今回の視察にクラウディアは同行しない。お前が彼女を気に掛ける必要は――」
「わーーーー!」
(なんだソレ!? なんだソレ!?)
本当にもう、なんか色々と無理だった。
敵前逃亡。
エルシアはスタンの背中に逃げ込んだ。遠くに逃げたい気持ちを押し殺し、スタンの後ろから果敢に告げる。
「帰ってください! 休暇なんて必要ありません! だったら、仕事を減らして! 視察も絶対に同行しません!」
ヴィルヘルムは口をへの字に曲げた。まるで、飼い犬に裏切られたみたいな顔で、「分かった」と告げる。
「ならば現場の情報を俺が持ち帰る」
「要りません!」
「……また来る」
そう言って、ヴィルヘルムは踵を返した。
エルシアは、その背中をジッと睨む。
(来なくていい。来なくていい。来なくていい)
「また来る」という絶望的なワードが、エルシアの耳に残る。
(……ていうか、このままだと、私、ここで飼い殺されるんじゃ?)
忙しさにかまけていては離婚が遠のく。今更ながらの事実に気づき、エルシアは頭を抱える。
本当は、目の前の背中におでこをグリグリして解消したい。
その思いを抱えて、エルシアは畑の真ん中にしゃがみ込んだ。




