4-2.走る尋問室。黙秘します
王都を離れて暫く。舗装がなくなり、土埃舞う街道が続く。
(……無理して馬に乗らなくて良かったかも)
ゴトゴト揺れる馬車の中、エルシアは車窓からボンヤリ外を眺めていた。対面の席から向けられる突き刺さる視線には気づかない振りで。
用意された馬車はエルシア専用ではなく、顔見知りの女性二人が同乗する。エルシアは乗り込んだ際に「よろしくね」と声を掛けたきり、後はだんまりを決め込んだ。
この中で一番位が高いのは当然王妃――エルシアだ。だから当然、エルシアが口を開くまで誰も口を開かない。意図して口を閉ざすエルシアのせいで車内の沈黙が続いた。比例して向けられる視線はどんどんきつくなる。そしてとうとう――
「……一体、どんな汚い手を使って同行を許されたんです?」
(おおっとー?)
向かいの席、敵意剥き出しの女性――クラウディアの侍女ケリーが口を開く。若さ故か、「エルシア憎し」を抑えきれぬまま直截な問いで攻めてきた。
エルシアは緩慢な動きで窓から視線を剥がし、向かいの席へ向ける。キッと身構えたケリーをジロジロと観察すると、再び視線を窓の外へ戻した。
「ちょっと! 答えなさいよ!」
声を荒げた彼女に、視線を向けぬまま嘆息する。更に激昂した彼女が「信じられない!」、「馬鹿にして!」と暴言を吐く。許されざる行為だが、エルシアには戦う意志も気力もなく、無視を貫いた。
不意に、別の声がする。
「王妃陛下。発言をお許しいただけますか?」
「リンダ! 今は私がこの人と話してるのよっ!?」
もう一人の同乗者――リンダの発言を、ケリーが遮る。エルシアはリンダへ視線を向けた。何を考えているのか分からない碧の瞳がエルシアを見つめ返す。隣で騒ぐケリーを気にする様子はない。
(……この人もよく分からない人なんだよね)
エルシアより四つ年上。ハバストに嫁ぐ際に新たにつけられた侍女だ。魔術が多少使えるとのことだが、実際に彼女が魔術を使用する場面を見たことがない。嫁いで最初の数カ月は共に過ごしたが、エルシアの扱い――冷遇される状況に見切りをつけたのか、さっさとクラウディアの元へ下ってしまった。
「裏切られた」とは言わない。エルシアでは彼女を守れなかったのは事実。だが、あまりにもあっさり傍を離れた彼女に対する不信感はある。
エルシアはリンダのことも遠慮なく観察した。彼女に明確な敵意は見当たらず、「それなら」と口を開く。
「発言を許すわ」
彼女が何を言うのか興味があった。
エルシアの許可に、しかし、口を開いたのはリンダではなく――
「はぁ!? 私を無視するつもり? 先に話を始めたのは――」
「黙りなさい」
「っ!」
再び話に割り込むケリーを、エルシアが一喝する。大きな声ではないが、これまでにない硬い口調に、ケリーが怯んだ。エルシアは彼女に冷めた目を向ける。
「先程からの貴女の態度、目に余るわ」
「なっ!?」
「貴女の言動一つ一つがクラウディア様の評判に繋がること、もっと意識すべきじゃない?」
ケリーの頬が朱に染まる。
「貴女にそんなこと言われる筋合いはっ!」
「あるでしょ。日頃のクラウディア様の態度を思い出して。彼女は私に最大限の敬意を払ってくれる。貴女、その意味を考えたことある?」
「そ、れは……」
ケリーがグッと言葉を呑み込んだ。
エルシアはフッと笑って続ける。
「内心はどうあれ、体裁くらい繕いなさい。クラウディア様を思うなら」
「っ!」
真っ赤な顔でエルシアを睨むケリー。だが、流石に分を弁えたのだろう。悔しげに言葉を呑み込んだ。
エルシアはリンダに向き直る。
「それで? 貴女が言いたいことは?」
ケリーと同様、今回の同行に対する不満だろうか。
エルシアの予想は、しかし、あっさりと外れる。
「王妃陛下はいつから錬金術を扱えるように?」
「ん? 『いつ』っていうと……」
「フェルンでは、王妃陛下に錬金術の素養があるとは聞いておりませんでした」
「あー……」
リンダの疑問に、エルシアは「なるほど、なるほど」と頷く。
(前世を思い出したの最近だからなぁ。あっちで錬金術を見たことなかったし)
エルシアは口を開く。
「こちらに来てから勉強したのよ」
「勉強、ですか?」
「ええ。私には魔術の才がないでしょう? こちらに来て錬金術というものを知って、それなら私にもできるかもしれないと思ったの」
「前世云々」を誤魔化すための嘘八百の言葉に、リンダの不審の目が向けられる。
「……錬金術は秘伝の知識と伺っています。それをどうやって」
「それはまぁ、王宮図書館の本を読んだり、色々よ」
「具体的には?」
深く追求してくるリンダに、エルシアは話の方向を逸らす問いを口にする。
「どうしてそんな質問を? 貴女は私のことなどとうに興味がないんだと思っていたわ」
「それは……」
言い淀んだリンダが、隣に座るケリーにチラリと視線を向ける。助けを乞うているのだろうか。だが生憎、彼女はエルシアを睨むのに忙しく、気づく様子がない。
諦めたリンダが「恐れながら」と口を開く。
「先日、陛下が王妃陛下の錬金術について口にされて……」
「あら。お褒めの言葉でもいただけたのかしら?」
「あり得ない」と思いつつの問いに、しかし、リンダは「はい」と首肯した。
「えっ、褒めてたの!? 陛下が?」
エルシアの驚きに、リンダは再び「はい」と答える。
「正確には、『褒めた』ではなく、『お認めになった』というのが正しいですが」
冷静な返しに、ケリーが隣から「ちょっと」とリンダを肘でつつく。
「それ、クラウディア様と陛下の晩餐の席でのお話でしょう? 勝手に話すの止めなさいよ」
「ですが、私は、『王妃陛下がどこで錬金術を身につけたのか』を陛下に問われました」
言って、彼女の目が再びエルシアに向けられる。
「お答えいただけないでしょうか。王妃陛下」
(なるほど。私の錬金術が使えるって判断したから、背景を探ろうとしてるのね)
いつどこでどうやって身につけたか。判明すれば、他の人間に応用できる。もしくは、王妃であるエルシアが錬金術を身につけた動機――例えば、ハバストへの敵愾心――を知りたいのだろう。
いずれにしろ、エルシアの回答は一つ。
「答える気はないわ」
「……それは、何か疚しいことがあると?」
「いいえ」
否定して、エルシアは小首を傾げる。
「何を心配しているのか知らないけれど、私が錬金術を身につけたのは『自分にできること』を探した結果。ハバストの不利益になるつもりはないわ」
「ならば、お答えいただいても良いのでは?」
「嫌よ。貴女のお願いを聞いてあげるほど、私たち親しい仲じゃないでしょう?」
エルシアの答えに、リンダが僅かに顔をしかめる。それにフッと笑って、エルシアは告げた。
「まぁ、貴女が私の側にずっといれば、聞かずとも分かったでしょうね」
リンダの職場放棄をチクリと責めて、「これ以上は聞いても無駄」という意志を示す。その意志がちゃんと伝わったらしく、彼女はそれ以上の言葉を口にしなかった。
それを確かめて、エルシアは再び窓の外に意識を向ける。この苦行のような時間が早く過ぎ去ることを願って静かに目を閉じた。




