3-3.あの鐘を錬成するのは私
「……」
「……」
再び庵を訪れたヴィルヘルム。スタンを挟んで建物の内と外でエルシアと対峙する男は、一向に口を開かない。顰め面でエルシアを見下ろし、ジロジロと観察を続ける。
その無遠慮な視線に、エルシアはイラッとした。
(はいはい、こちとら十四連勤。風呂キャン、睡眠キャンの末の死に体ですよ)
人前に出て良い姿でないことは重々承知。だが、非難されるべきはこのタイミングで訪れた男のほうだ。
痺れを切らしたエルシアが口を開く。
「あの、私も暇じゃないんで、出来れば今すぐ寝たいんで、話があるならさっさと仰っていただけませんか?」
疲労と睡魔により、理性で濾過されなかった本音が口から零れ落ちる。
ヴィルヘルムが不快げに眉間の皺を寄せた。それから漸く、徐ろに口を開く。
「……エルシア、貴様、鐘は造れるか?」
「『かね』? いえ、通貨偽造は無理です」
『アルケミストライフ』にお金のレシピはなかった。多分、仕様上無理。
答えたエルシアに、ヴィルヘルムが「違う」と不機嫌に返す。
「そんな愚かな話をしているのではない。私が言っているのは大聖堂の鐘だ」
彼の言葉に、エルシアの脳裏にあの日の鐘の音が蘇る。
(……そう言えば、ここ最近、あの音、聞いてない?)
首を傾げるエルシアに、ヴィルヘルムが「先の嵐で」と続けた。
「鐘楼の鐘が落ちて大破した。ギルドの職人たちに修復を命じたのだが……」
「直せませんでした?」
「……アレは聖遺物。『現代の技術では修復も再現も不可能だ』と判断された」
忌々しげに吐き出された言葉に、エルシアは「へぇ」と答える。鈍い反応に、ヴィルヘルムが視線を鋭くした。
「随分と他人事だな? 大聖堂の鐘はこの国の象徴だ。喪失による民の動揺は大きい。それを、貴様は何とも思わんのか?」
「うーん。衣食住が足りないっていうならまだしも、鐘ですよね?」
だったらもっと復興が進んでからでも良いではないか。
「それでもどうしても必要なら、別に以前と同じものでなくても。職人さんたちに新しい鐘を作ってもらえばいいんじゃないですか?」
「馬鹿を言うな。あの鐘は王都の顔、国の威信に関わるものだ。聖遺物、少なくとも古代の叡智に並ぶものでなくては」
ヴィルヘルムが吐き捨てるように言う。
「だからこそ、貴様に問うている。貴様なら、あの鐘を再現することができるか?」
「えー……?」
結局、民のためではなく、国の見栄、ヴィルヘルムの都合ではないか。
エルシアはゲンナリした。
「国の見栄など不要」とまでは言わないが、とにかく今は心と体力に余裕がない。気を抜くと瞼が落ちて直ぐにスリープモードに入りそうになる。
エルシアは頭を振るって、「お断り」の言葉を探した。ヴィルヘルムとの間、庇ってくれるスタンの背中をぼんやり見つめる。ふと、脳裏に閃くものがあった。
「そうだった!」
突然上げた声に、スタンが振り向く。ヴィルヘルムが「なんだ?」と訝しげに尋ねた。エルシアはニンマリと口角を上げて答える。
「鐘、作ってもいいですよ? でも、その代わりに私の要求も聞いてもらいます!」
レンガ造りで取り付けられなかった交換条件。今ならそれを求められる。
思わずニヤけるエルシアに、ヴィルヘルムが嫌そうに告げる。
「その要求とやらを言ってみろ。内容如何によっては考えんこともない」
好機に、エルシアは勢いよく言葉を発する。
「離縁してください!」
「チッ。またそれか。認めるはずがないだろう」
切って捨てるヴィルヘルムの言葉に、エルシアはムッと不機嫌を晒す。
「私、レンガ二万枚きっちり納品しましたよね? 無償で。で、更に大聖堂の鐘まで造れと言うんですか? 見返りもなしに?」
「要求次第だと言っただろう。離縁は認めん。そもそも、貴様はこの国の王妃。民のために――」
「錬金が王妃の仕事だって言うなら、陛下やクラウディア様がなさればいいのでは?」
「……」
「習得されてないんですか? なのに、私にはヤレと? 王妃だから?」
煽る言葉にヴィルヘルムの怒気が強まる。
けれど、エルシアも引く気はなかった。スタンという盾の後ろで堂々と胸を張る。
「職務として過分な要求をしていると自覚されてください。個人としては、そもそも陛下のお願いをききたくないです」
「貴様っ!」
「でもっ!」
エルシアの声がヴィルヘルムの怒声を遮る。
「陛下が『どうしても』と仰るのなら譲歩しなくもないです。離縁が駄目なら他の条件でお受けしましょう」
「……言ってみろ」
苦々しげなヴィルヘルムの言葉に、エルシアは用意していた答えを口にする。
「スタンを個人的に雇いたいので、騎士団を辞めさせてください!」
「なんだと!?」
スタンの肩がピクリと揺れる。ヴィルヘルムの鋭い眼差しが彼を射抜いた。
「貴様ら、やはりそういうことか! 私を欺き、不貞を働くとは!」
「違います。話を飛躍させないで下さい、陛下」
鬼の形相を浮かべる男に、エルシアは淡々と返す。
「護衛として彼が必要なんです。陛下に仕えたままでは、私を最優先にはできないでしょう?」
「ならばスタン以外を選べ! 騎士は他にいくらでもいる」
「いませんよ。この国で私を守ってくれたのは彼だけです」
エルシアが言い切ると、ヴィルヘルムはグッと言葉を呑み込む。
己の妃が置かれていた状況を「知らなかった」とは言わせない。
エルシアは、「だいたい」と続けた。
「私はどこかのどなたかと違って一夫一婦主義なんです。例え書類上でも夫がいる身で他の人と交際するつもりはありません」
嫌味をぶつけ、毅然と書類上の夫を睨む。
ヴィルヘルムは言葉の真偽を確かめるように、エルシアの顔をじっと見つめた。
「今の言葉に嘘はないだろうな? 天と祖国に誓って私を裏切らないと言えるか?」
「陛下が何を以て裏切りとするかは分かりませんが、少なくとも不貞行為はしません」
熟考の末、ヴィルヘルムが口を開く。
「……三日だ」
「?」
「三日の内に鐘を造れ。それが出来れば、スタンを貴様にくれてやる」
「三日……」
エルシアは与えられた期限を吟味する。
(鐘のレシピは分かる。錬金は出来る。けど……)
問題は錬金釜の大きさだ。今の錬金釜では小さすぎて大聖堂の鐘は造れない。
(ゲームだと釜を大きくするアップグレードが必要なんだよね)
ゲーム内通貨でのアップグレード。この世界ではお金を貯めて買い替えることになるのだろう。
(うーん、お金がない。三日で買い替えは厳しいな)
エルシアは宙を睨んでからヴィルヘルムに視線を向けた。
「陛下。期限を切られるなら、こちらからも条件を二つ」
「言え」
「先ずは大破したという鐘を見せてください。可能であれば錬金の素材にしたいです」
「いいだろう」
「それから、錬金用の釜を。王宮地下にある錬金釜を使わせてください」
ヴィルヘルムは厳しい表情で答える。
「釜の使用許可は出せん。あれはヴァーリックの管理下にある」
「そこを王命でなんとか」
「無理だな。そもそも、ヴァーリックには一度鐘の錬金を頼んで断られている」
「あー……」
断ったのは造りたくないからなのか、造れないからなのか。
理由は不明だが、断った以上、錬金釜の貸出を認めることはないだろう。
エルシアの脳裏に、地下工房でヴァーリックに追い払われた日の記憶が蘇る。
「……仕方ありませんね。それじゃあ、錬金釜については他を当たるとして鐘のほうを確認させてください」
「いいだろう」
ヴィルヘルムの許可に、エルシアはニコリと笑った。
「では早速、大聖堂の鐘を見に行ってきます!」
「な、待て! 見に行くとはどういうことだ? 勝手に王城を出ることは許さん!」
「え? でも、見に行かないとどういう状態か分かりませんよね? 外出許可をください」
「駄目だ! 鐘は王宮へ運ばせる。それまで待て」
ヴィルヘルムの言葉に、エルシアは首を横に振る。
「三日しかないんですよ? 待ってなんていられません。それに、運び込んだ後で『材料にできない』と分かったらどうするんです? 時間の無駄です」
「っ!」
言葉に詰まったヴィルヘルムだが、直ぐに「ならば」と告げる。
「私の視察に同行という形で連れていく」
「視察、ですか?」
「そうだ。近い内、復興状況を確かめるため街へ降りる予定だったが、今から向かうことにする」
不機嫌そうに告げた男は、口を開きかけたエルシアを制する。
「これ以上の譲歩はしない。こちらの予定を崩すんだ、言われた通りに動け」
そう言って身を翻した彼だが、直ぐに足を止めた。チラリとエルシアを振り返り、全身に視線を走らせる。
「少しはまともな格好をしろ。支度が済んだら、さっさと城門まで来い」
言い捨てて、ヴィルヘルムは護衛の騎士を連れて去っていく。
エルシアは回転の鈍い頭でボーッと見送るが、ハッとして頭のモヤを振り払った。
「え? あんな失礼なこと言われて一緒に行かなきゃいけないの? なんで?」
訳が分からないと思いつつ、隣に立つスタンを見上げる。目の合った彼は小さく首を横に振った。それを見て、エルシアはもう一度森のほう、ヴィルヘルムたちが立ち去った場所を眺める。やがて、諦めの溜息をついた。
「……取り敢えずシャワー。シャワーだけ浴びよう」
熱いシャワーで眠気を払えば、少しは思考が回るようになるはずだ。
エルシアはノロノロと浴室へ向かう。背後で、スタンが扉を閉じる音が聞こえた。




