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3-1.※個人の活動です(いまさら王妃の責務とかお断り)

 嵐が来た。

 比喩でもなんでもない、本当の嵐。ハリケーン、台風、そんな感じの自然現象が王都を襲った。

「……うっわぁ、すごい風」

 庵の中。窓から見る景色は、何かの映画、もしくはテレビの台風中継のようだった。土砂降りの雨、暴風が森の木々を狂ったように踊らせる。大木が横薙ぎにされ、若木が薙ぎ倒された。

 だが、エルシアにとって、それら全てが別世界の出来事。窓の外の脅威に対し、庵の中は至って静かなものだった。建物が揺れることもなく、雨音や風鳴りは僅かに届くのみ。守られた空間で、エルシアはスタンと二人でいつもの時間を過ごしていた。

「……錬金、するかぁ」

 言って、エルシアは窓辺を離れた。スタンが部屋の隅で剣の手入れをしている。その姿を一瞥し、エルシアは錬金釜の前に立った。

「なに作ろう?」

 色々挑戦してみたいが、如何せん、材料のストックが乏しい。採集にも出れず、手元にあるのはギザギザ草くらいのもので――

(あ。アレ作っとこうかな)

 思い立ち、エルシアは台所へ向かった。調味料ラックから容器を二本抜き取り、ポケットに押し込む。

「後は、布、布。……布?」

 生憎、生地の持ち合わせがない。悩んで、エルシアは二階の自室へ向かう。部屋の隅に放りっぱなしのバックパックから、適当に突っ込んだ衣類をかき回した。

(あ。コレ、イケるかも)

 引っ張り出したのは折り畳まれたハンカチの束。三枚あった内の一枚を抜き出し、階下へ向かう。

 エルシアが階段を降りたタイミングで、スタンが顔を上げた。手入れを終えた剣を鞘に納め、立ち上がる。

「なにかお手伝いすることがありますか?」

「ううん、大丈夫。コレを取りに行ってただけだから」

 スタンの視線が、エルシアの持つハンカチに吸い寄せられた。白のハンカチには金糸で刺繍が施されている。

「……錬金の材料になさるのですか?」

「うん」

「差し出がましいことを申し上げますが、そちらは王妃陛下が陛下のために刺されたものでは?」

 黒の瞳が「錬金の材料にして良いのか?」と問う。

 エルシアは驚いた。確かに、スタンの言う通り。刺繍は、かつてのエルシアがヴィルヘルムへ贈るつもりで刺したもの。部屋に引き篭もる間、「せめても」と思って刺した柄は、ヴィルヘルムを現す「剣と鷹」だ。

 だが、それをスタンが知っているとは。

「良く見てるねぇ」

「護衛ですから」

 端的に返す彼の眼差しは、まだハンカチに向けられている。届くことのなかった贈り物。それを、痛ましく思っているのだろうか。

 「うーん、でも、まぁ、渡す予定もないし」

 今や無用の長物。錬金の素材として供養することに、エルシアは何の躊躇もなかった。

「……でも、ありがと。スタンが気にかけてくれたのは嬉しい」

 エルシアはヘヘッと笑って錬金釜へ向かう。釜の前に立ち、ポケットに放り込んでいた調味料の容器――黒と赤の粉末入りの瓶を取り出した。

「はい。じゃあ、まずは胡椒ー、それから、カプサイシーン、最後に布」

 釜に粉を振り入れ、上からハンカチを落とす。それから、いつも通りに魔力を流し始めた。

(えーっと、武器系の錬金は『W』にかき混ぜてれば、大体なんとかなる……)

 あまり細かいことは気にせず、レードルで泡を潰してゆく。

「あ。思ったより軽い」

 今までと比較して、段違いに作業がしやすい。レードルが抵抗なくスイスイ動いた。

(最初に初級ポーション作った時くらいの抵抗かな。……いや、それより簡単?)

 試しにレードルを片手で持つも、問題なく動く。

「おー……」

 エルシアが今挑んでいるのは中難易度の錬金だ。それが低難易度以下に感じられるということは、錬金の腕はかなり上達している。最高品質の聖水を作り上げた時点で成長は明らかだが、こうして作業に直結すると実感も一入だった。

 感慨にふけっていると、やがて、錬金釜の中が発光を始めた。まばゆい光が溢れ、そして、釜の中に小さな布袋が残される。エルシアは、恐る恐るレードルで掬ったソレを指先で摘んだ。

 片手に載る純白の袋。端に僅かな金糸がのぞき、口には刺繍入りのリボンが巻かれている。サシュに擬態したそれは『アルケミストライフ』では立派な武器だ。エルシアは「取り敢えず」と、顔を近づけて匂いを嗅いでみた。

(……うん。無臭)

 材料にした胡椒や唐辛子の気配は全く感じられない。

 背後からスタンが近寄ってきた。

「なにを作られたのですか?」

「これはね、スタンが私の身の安全を心配してくれてたから……」

 言って、エルシアは小袋をスタンの眼の前に掲げた。

「『胡椒爆弾ー』」

「……物騒な響きですね?」

「大丈夫、殺傷能力は皆無! 多分、涙とクシャミが止まらなくなるくらいじゃないかな?」

 ゲームにおいては、戦闘から確実に逃げ出すためのアイテムだ。使用方法は投擲。人間相手でも目眩まし、足止めにはなるだろう。

「護身用に持っておこうと思って」

「なるほど。剣を振るう身からしても、視界を奪われるのは十分な脅威かと思います」

「どれくらいの威力か、一度試しておこうかな」

 言って、エルシアは窓の外を見る。目に映るのは相変わらずの暴風雨。視線を室内に戻した。グルリと周囲を見回して、部屋の広さを確認する。

 エルシアの考えを察知したスタンが声を上げた。

「王妃陛下、室内はお止めください」

「……ちょっとだけ。床に投げるから」

「お止めください」

「じゃあ、お風呂場で――」

「窓を開けられません。換気ができません」

「……」

「……」

 結局、エルシアの胡椒爆弾実験はお預けとなった。


******


 嵐が来た。自然現象ではなく、エルシアの心情的な嵐だ。

 ただし、エルシアはこの嵐をある程度覚悟していた。本物の嵐が過ぎ去った翌日から始まったヴィルヘルムの呼び出し。日に何度となくやってくる「王宮に来い」という伝令を、エルシアは悉く無視していた。

 だが、まさか、国王自ら庵へ乗り込んで来るとは――

 庵の前。人の近づく気配に気づいたスタンの注意に、エルシアは畑仕事の手を止める。嵐で壊れた畝を作り直していたのだが、鍬を起き、いつでも庵に逃げ込める体勢になった。

 果たして、木々の間から現れた一行の中にヴィルヘルムの姿を見つけ、エルシアは声を張り上げる。

「お久しぶりです、陛下! ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。ちなみに、今、森が大変なことになってますので、お帰りの際は足元にお気をつけください」

 安全を保った距離。言うだけ言って、エルシアは急いで庵の中へ逃げ込んだ。扉は開きっぱなしだが、いつでも閉じられるように手をかけたまま。その戸の前に――エルシアを庇うように、スタンが直立する。

「……随分と、巫山戯た歓迎だな」

 護衛騎士を引き連れたヴィルヘルムが庵に近づく。修理途中の畑を一瞥し、「ふん」と鼻を鳴らした。扉の前に立つスタンに鋭い視線を向けてから、背後に隠れるエルシアを見下ろす。

「なぜ、私の呼び出しに応じない」

「約束しましたよね? お互いに不干渉。私はここにいる限り、そちらの邪魔をしませんって。だから、そちらも関わってこないでください」

 ヴィルヘルムの眉間にグッと皺が寄る。エルシアが「ああ、それとも」と明るい声で告げた。

「やっと、離縁に応じてくださる気になりました? それならいつでも応じますので、教会なりなんなりを通して手続きを進めてください」

「……何度も言わせるな、離縁はしない」

 ヴィルヘルムは、苦々しげな表情で吐き捨てる。

「馬鹿の一つ覚えのように離縁、離縁と。貴様にはこの国の王妃としての自覚がないのか?」

「あったんですけど、夫の態度に『勘違いだったな』って思わされまして」

「っ! 貴様っ!」

 怒声を上げた男に、エルシアは内心で舌を出す。だが、スタンが鋭い視線で「煽るな」と伝えてくるので、口を閉じた。

 怒りに顔を赤く染めたヴィルヘルムが口を開き、何かを言いかけて呑み込んだ。両の拳をこれでもかと握り――青筋が浮かんでいる――、抑えた声で「話がある」と告げた。

 珍しく、ヴィルヘルムが感情を抑えようとしている。傲岸不遜な男の予期せぬ態度に、エルシアは思わずスタンを見た。彼が小さく頷き返したので、エルシアはヴィルヘルムに視線を戻す。

「……この場所でなら、話を聞きます」

 彼の握った拳から僅かに力が抜ける。

「いいだろう。……ここからはこの国の王と王妃としての話だ。心して聞け」

 ヴィルヘルムは、スタンに一度牽制のような視線を向けてから話し始めた。

「先の嵐で街がひどくやられた。死者こそ出ていないものの、家を失った者も多い」

 エルシアは黙って頷く。

「幸い、王城の被害は軽微。街の復旧に注力することができる。が、如何せん、人手が全く足りていない」

「それは、大工とかそういう人手ですか?」

「ああ。職人ギルドに声を掛けさせ、動ける者は全て働かせている。それでも、復旧に一月(ひとつき)は掛かるだろう」

一月(ひとつき)も……」

 その間ずっと避難生活を強いられる人がいる。家のない辛さは容易に想像することができた。

 ヴィルヘルムが「それだけではない」と言葉を続ける。

「そもそも、再建に必要となる資材が不足している。こちらも、生産ギルド主導で工房を全稼働させているが、供給が間に合わん」

(『建築資材』、それって……)

 エルシアの脳裏に過るものがあった。『アルケミストライフ』で、同じく「建築資材」を求められるイベント。

「貴様、レンガは錬成できるか?」

 ヴィルヘルムの問いかけに、エルシアは「やはり」と思う。ゲーム中、何度か発生する「街拡張の依頼」。そこで最初に求められるのがレンガだ。「最初」とある通り、レンガの錬金自体はそれほど難しくない。難易度としては中難易度。材料も赤土と水だけと収集しやすく、今のエルシアなら問題なく錬金できるだろう。だが、問題が一つ。

「レンガが二万枚、必要だ」

 そう、建築資材アイテムの納品数は他とは桁が違う。本来なら、通常クエストの合間にコツコツと材料を集め錬金し、作り溜めたものを納品するのだが――

「二週間で用意しろ」

「無理だよ!」

 反射的に、エルシアは「否」を口にする。どう考えても、期間が短すぎる。

「二週間じゃ材料だって集まらない――」

 言いかけた言葉を、ヴィルヘルムが「問題ない」と遮る。

「原料はこちらで用意する。赤土があればいいのだろう?」

「材料はそうだけど、でも……」

「ヴァーリックに聞いた。原料さえあれば、貴様でも錬金可能だと。『死の呪いを解呪できるほどの腕ならば』とな」

「だったら、ヴァーリック術師長にやらせればいいじゃないですか!」

 エルシアの主張に、ヴィルヘルムが苦々しげに吐き捨てる。

「無駄だ。ヴァーリックの興味は錬金術の探求にある。レンガなど、錬金術なしに作製できるものに手は出さん」

「なっ! それでなんで、宮廷錬金術師が名乗れるんですか!」

 王のため、国のために尽くしてこその宮廷錬金術師。しかも、彼はその筆頭だ。沈黙するヴィルヘルムに、エルシアはハッとする。

「まさか、他の宮廷錬金術師の人たちもですか!? 『レンガなんて作らない』って?」

「いや、そちらは既に動いている。だが……」

 言い淀んだ後、ヴィルヘルムは嘆息と共に吐き出した。

「魔力不足だ。ヴァーリックほどの高魔力保持者が他にいない。生成できる量に限りがある」

 ヴィルヘルムの荒んだ瞳がエルシアを向く。

「貴様に少しでも王妃としての誇りがあるなら、手を貸せ。民のためだ」

 エルシアはグッと唇を噛んだ。どう考えても無茶な要求。都合のいい時だけ求められる王妃としての誇りなんて、丸めてポイと錬金の素材にしても惜しくない。

 だけど――

「……分かりました」

「っ!」

 ヴィルヘルムが息を呑む。驚きの表情を浮かべる男に、エルシアは嫌そうに顔を歪めた。

「勘違いしないでください。陛下のためではありません。……街の人のためだって言うから」

 前世を思い出した時、塔の上から見下ろした風景の中で生きる人々。閉じていた視野をグンと広げてくれたあの感動を、エルシアは忘れていない。

(……ハンドクリームも買ってもらったし。これから、トマト沢山買ってもらわないといけないし)

 エルシアは「よし」と胸の内で決意する。ヴィルヘルムの赤の瞳を真っ直ぐに見上げた。

「二週間で二万。確約はできませんが、全力は尽くします。材料の赤土については、ここまでの運搬をお願いします」

「……いいだろう」

 ヴィルヘルムが硬い表情で頷く。

「城の者に運ばせる。錬金したレンガはその者たちに渡せ」

「承知いたしました」

 事務的な返事をし、エルシアは辞去を告げる。

「それでは、直ぐに準備に取り掛かりますので、これで失礼いたします」

「っ! 待て……!」

 閉じかけた扉を、ヴィルヘルムの言葉が制する。エルシアはヴィルヘルムを見上げ、続く言葉を待った。しかし、彼はなかなか続きを口にしない。ただジッと、エルシアの何かを探る視線を向けてくる。

「……あの、陛下?」

「貴様は……」

 言いかけて、また言葉を呑み込んで。

 結局、ヴィルヘルムはそれ以上の言葉を口にすることなく、庵を去った。エルシアが首を傾げる。

 スタンの冷徹な眼差しが、森に消えゆく背を見送った。 


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