2-2.国王の驚きと騎士の萌芽(Side S)
なぜ、他人のためにあれだけ必死になれるのか――
エルシアを寝室に運んだ後、スタンは「すぐに戻る」と書き置きを残して庵を出る。
結局、昨日は一晩中エルシアが起きていたため庵を離れられなかった。主君への報告のため、王城への道を急ぎつつエルシアの言葉を思い出す。
――私なら絶対に諦めない! 泣いて喚いてすがって、それでも生きたいもん!
スタンには理解し難い感覚。自身の生に、スタンはそれほどの価値を見出せない。
だが――
(……王城を出て念願の技術に触れているのに、作りたいのは解呪の手段、か)
それも、エルシア自身のためではなくスタンのため。
彼女はスタンに「すがれ」と言うが、彼女自身がスタン以上に足掻いている。スタンにとってはそれが不可思議で理解できない。だが、無視もできない何かを感じた。
(彼女が望む内は……)
今はまだその程度だが、呪詛を受けて初めて、スタンは解呪を意識していた。
「馬鹿なっ! 扉が開いただと!?」
国王の私室。スタンの報告に、 執務前だったヴィルヘルムは驚きの声を上げた。苛立たしげに部屋の中を歩き回り、「どういうことだ?」と呟く。
「庵に入れないのは確実だ。アレが出ていく前に、念のため確認もしている。なのになぜ……」
言って、ヴィルヘルムはスタンを見た。
「お前は入れたのか?」
主君の問いに、スタンは「いいえ」と首を横に振る。
「私単独では入れません。出る分には問題ありませんが、入る際には妃殿下に扉を開けてもらわねばなりませんでした」
「アレは? アレはどうやって開けていた?」
問われて、スタンは昨日の光景を思い出す。予想していたのは、扉が開かずに落ち込むエルシアの姿。だが実際は、何の障りもなく開いた扉にスタンのほうが慌てることとなった。あの時のエルシアの虚をつかれた顔。彼女は何も意識しておらず、何が起きたかも理解していなかった。
「……特別なことは何も」
「クソッ! なぜだっ!?」
金糸の髪をクシャリと掻き上げたヴィルヘルムが、ポツリと零す。
「……魔法か?」
自問ともとれる呟きに、スタンは沈黙する。魔法どころか錬金にも疎い身では、正しい答えを導きだすことはできない。
しばし考え込む様子を見せたヴィルヘルムは、やがて嘆息と共に口を開く。
「仕方あるまい。こうなった以上、暫くは様子を見る。スタン、アレを監視しろ。扉の開け方が分かれば報告してくれ」
「妃殿下に直接お尋ねにならないのですか?」
スタンの問いに、ヴィルヘルムは鼻先で笑う。
「アレに何かを請うつもりはない。だが、何らかの魔法を使ったのであれば、注意が必要だ。アレの言う通り、帝国に連絡する手段があるやもしれんからな」
「……御意」
スタンが頭を垂れると、「そう言えば」と主君が問う。
「アレはあそこで何をしている? 錬金術に手を出すと言っていたが……」
「はい。昨日はポーション作りに励んでおられ――」
「ポーション? ポーションとは初級ポーションのことか? あれほど大騒ぎして作っているのが初級ポーションなのか」
嘲笑とともに、ヴィルヘルムは「児戯だな」と吐き捨てる。スタンの心の内をザラリとした不快が撫でていった。
「……ポーションはあくまで基礎作りとのこと。今朝は聖水をお作りになりました」
「聖水? なぜそんなものを」
「私の呪詛を解かれようとして……」
ヴィルヘルムはハッとして、探る視線をスタンの首筋に向ける。
「解呪、できたのか?」
「いいえ。……今はまだ」
「……そうか」
主君の口から小さな嘆息が零れた。彼が呪詛に心痛めていることを、スタンは知っている。過去に様々手を尽くし、そのどれもが実を結ばずに諦めたことも。
ヴィルヘルムが気を取り直そうとするかのように、声の調子を上げる。
「いいだろう。あまり期待はできぬが、国の役に立つ可能性もある。アレには好きにやらせろ。ごく潰しよりはましだ」
主君の言葉に、スタンは静かに頭を下げた。