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やきいも

作者: 市松 広香

 Rはアパートで一人暮らしの大学生でした。

 Rは、踏切の音で目が覚めます。

 冬の寒い日でした。

 起きたのは午前3時過ぎのこと。

 冬で辺りは真っ暗闇ですが、これから寝て、また7時に起きて学校に向かうには、微妙な時間でした。

 どうしようか思案している内にRは、アパートの近くに自動販売機があったことを思い出します。

「温かいコーヒーでも飲んで目を覚そう。そうだ、時間があるから、ついでに課題のレポートも書いてしまおう」

 そう思い立ったRは、軽く身支度を整えて外へ出ました。

 Rが住んでいるのはアパートの2階。

 そこから階段を使って降り、自動販売機に向かう時のことでした。

 なにやら、甘い匂いがRの鼻をくすぐります。

 匂いは、冷たい風に運ばれてくるようでした。

 風の元を見やると、軽トラックが停まっています。

 “焼いも”と書かれた提灯をぶら下げた軽トラック。

 それが音を立てることもなく停まっていました。

 普段、屋台で焼き芋を買うことなどないRでしたが、その時ばかりは、甘い匂いにつられて屋台へ向かいます。

 今は3時過ぎ、真っ暗な中、ぼんやりと光る提灯を目印に軽トラックの前までやってきます。

 すると、闇の中から黒い人影が現れました。

 Rは辺りが暗いこともあり、その人影に腰を抜かしそうになりましたが、ややもあって、その人影が、この軽トラックの運転手──焼き芋の屋台の店員であることに思い当たります。

「あの……焼き芋、欲しいんですけど」

 それを聞いて、屋台の店員はトラックの方を指さします。

 Rがそちらを見やると

 “1本200円”

 の看板。

 指示の通りに店員に200円を差し出すと、返事もなくトラックの荷台の方へ向き、新聞紙で包んだ焼き芋を持って振り返りました。

 Rは、それを押し付けられるように受け取ると、アパートに戻る方へ歩き出しました。

 しかし、いくら歩いても、アパートに辿り着きません。

 真っ暗闇に取り残されたR。

 予想外の状況に呆然としていると、再び、何かの匂いがRの鼻を刺激します。

 先程の焼き芋の匂いとは違う、甘い中に酸味を感じるような匂い。

 それを嗅いでいるうちに、Rは意識が溶けてきて、誘われるように匂いがする方へ歩いていきます。

 深い深い闇の中へ、歩いていき──

 ぐい、とRの肩を引っ張るものがありました。

 その衝撃にRはハッと意識を取り戻します。

 瞬間、けたたましい踏切の音と共に、目の前を電車が走り抜けて行きました。


 Rが立っていたのは、家のほど近い場所にある、今日Rの目を覚ました踏切の前でした。


 冬だというのに、恐怖で汗が止まりません。


 しかしRは、こうなる前に自分の肩を引っ張ったものがいたことを思い出し、振り返ります。

 そこにいたのは

 同じアパートの1階に住む、同級生のTでした。

 Tはスマホのライトをつけて、Rの方を照らしていました。


「いやあ、ビックリした。本当に死んじまうんじゃないかって、ヒヤヒヤしたよ」


 Tが興奮ぎみに話したのは、信じがたい内容でした。


「お前が階段を降りていく音で目が覚めたんだよ。こんな時間に何するんだろうと思って、様子を見ててさ。そうしたらお前、道のど真ん中、何もないところで立ち止まって、それからしばらくして振り返ったと思ったら、今度は踏切に向かって、踏切の音がなってるのにどんどん踏切に近づいていくもんだから、コイツ死ぬつもりなんじゃないかって、焦って飛び出して、引き止めたんだよ」


 それを聞いてRは疑問に思います。Rは焼き芋の屋台に向かって歩き、そこで確かに買い物をしたはずでした。


 その証拠に、ほら、と、RはTに新聞紙で包まれたものを見せます。それを見て、Tは顔を引き攣らせました。


「お前、それ……」

 Rも中身を確認すると、新聞紙に包まれていたのは


 紫色に変色した、人間の手でした。


 衝撃のあまり、Rはその手を落としてしまいました。


 すると、地面に落ちた手はグネグネと指を動かし


 まるで虫のように、闇に向かって消えて行きました。


 その経験をしてからすぐに、Rは引っ越したそうですが


 その後の彼を知るものは、誰もいないそうです。

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