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イド  作者: 如月燐
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懐中時計

 アンダーシティーはいつでも雑多で騒がしい雰囲気に包まれている。セントラルタワー区画とは異なり、暮らすのは社会からあぶれた者たちばかりであるが、存外彼らに悲観した様子は少なく、それどころかエネルギーに満ち溢れている。もちろん暗く翳った場所も数多くあり、決して安全とは言えない区画ではあるが。そんな場所に『雑貨屋』はあった。

 「今日も人っ子一人来やしないよ。それどころか店長すら来やしない!」

 カウンターの奥に座る青年は一人、うがー!と茶色の髪を掻きむしりながら叫んでいた。店内に置いてあるのは、従業員である彼から見てもガラクタにしか見えない物の数々。彼がこの店に勤め始めてから、この店内にある商品が売れるところを見たことなど片手て数えられるほどしかない。だいたい、商品の置き方も、適当にほっぽり出してバランスが崩れないことだけを考えて積み上げた様子であり、もはや一部の商品には埃すら被っている。せめて埃くらい拭こうかと考えて腰を上げかけて、しかし青年は店長に何度も何度も言われたことを思い出して再びカウンターの奥の席にどっかりと座りなおした。

 「いいか、フォルト。てめえはクソほど力が強ぇくせに不器用だ。分かってっか?そこら辺のもんちょっとでも触ってみろ。ぜってー割る。壊す。だから触んじゃねえぞ。自分が破壊神だという自覚を持て。要らんことはすんな。壊したら弁償だかんな。」

 店長の言いつけがフォルトの頭の中でリフレインされる。しかしその言いつけを守った結果出来上がるのは、大きな体を狭い店内で少しでも邪魔にならないよう縮めながら座って、来店することのない客を待つ木偶の坊である。

 そんな埃をかぶった売れない商品を置く店がなぜやっていけているのかは甚だ疑問である。

 

 『雑貨屋 なんでも売ります

 店内でお取り扱いのないものについては要相談』

 

 山積みになっているチラシにはそう書かれている。

 「チラシでも配りに行こうかな。でも俺が居なくなるとお客さんが来たとき相手する人が居ないんだよなー。」

 「客なんざどうせ店にゃ来ねぇよ。」

 カランカランと店のドアを開けて入ってきたのは、銀髪にサングラスをかけた男だった。

 「あっ、イド!おかえり!でも店長のくせにそんなこと言うのはどうかと思う。しかも朝帰りってさ。ちょっとはお客さんが来るように努力したほうが良くない?」

 「うっせー。俺の店に文句言うんじゃねぇ。おら、今月の給料だ。」

 イドはぽいとフォルトに百ロン紙幣を数十枚放ると、窮屈そうに縛っていた髪を解き、肩につかないくらいの長さの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら奥の部屋に引っ込んだ。

 「もー、イドってば。てかここ最近はガラクタが売れないどころかなんの仕事も無いのに一体どっからこんなお金……。」

 「あ?昨日の夜適当にひっかけたおっさんと一杯だけ一緒に酒飲んでやって、札一枚しか払わねぇもんだからそのあと賭場行って増やしてきた。」

 「そういう自分を売るみたいな行為はやめなってずっと言ってるじゃん!元手ならほら、俺の先月分の給料とか余ってるから渡すってば。」

 引っ込んだはずの奥の部屋からひょいと顔を出した彼にフォルトは苦言を呈すと、彼はやはり顔を顰めてその倍の文句を言う。

 「要らねぇよ、んなもん。従業員から金なんて巻き上げられるかってんだ。なんでも売れるもんは売る、それが俺の店のポリシーなんだよ。ちょっと髪弄ってそれらしく見えるようにしときゃ一緒に酒飲むだけで金が降って湧くなんざ楽な仕事だろうよ。まあ、賭場のほうはまた三ヶ月出禁になっちまったけどな、クソが。」

 それは君の容姿があってこそなんだよイド、とはフォルトの胸の内にだけしまっておく。一言口に出せばその倍以上の文句が返ってくるからである。口では勝てないことは経験済みだ。因みに、もう賭博で稼ぐことに関して何か言うのはあきらめている。

 イドは今度こそ奥に引っ込み、しばらくするとコーヒーのいい香りが漂ってくる。イドがコーヒーの入ったマグカップを両手に三度(みたび)店の表に戻ってきたところで、店のドアのベルがカランと音を立てた。

 「あの、ここ、なんでも屋さんって聞いて……。」

 やってきた客は貧相な一人の子供だった。

 「おい、小僧。ここには金のない奴に売るもんなんざひとっつもねぇぞ。つーか何でも屋じゃねえ、雑貨屋だ。なんでも売る雑貨屋。」

 「ちょっと、イド、子供相手にそんな言い方しなくても。でも君、どうしたの?自慢じゃないけど、この店に君みたいな子供が好きそうなものなんて何も売ってないよ。」

 二人の言葉に、子供は追い出されると思ったのか、慌てて手に握りしめたものを突き出した。

 「これ、これをあげるからお願い!僕の母さんの形見を取り返したいんです!」

 差し出されたのは装飾も何も無い一つの鍵であった。

 

 

 店の奥の部屋で子供と向い合せになる形でフォルトとイドと三人、机を囲んで座っていた。

 「んで?話ぐらいは聞いてやる。てめえの母親の形見ってやつと、報酬として差し出してきたその鍵について。」

 「イド、だから子供相手だってば。そんな言い方良くないよ。ね、君のお母さんの形見、どうしちゃったの?お兄さんたちに教えてくれるかな。」

 俯いていた子供はようやく顔を上げた。そしてポツリポツリと話し出す。

 「母さんの形見は、時計です。小さな、ポケットに入るサイズの懐中時計なんです。蓋の裏にカイトって僕の父さんだっていう人の名前が彫ってあるから、見たらわかります。」

 「このアンダーシティーに時計なんつー高価な骨董品なんぞ売ってるわけねえだろ。少なくともこの店にゃ流れてきてねえよ。」

 足を組んで椅子にふんぞり返って座っていたイドは、興味を失ったように目の前のコーヒーをクルクルとかき混ぜる。その様子に慌ててフォルトが子供に話しかける。

 「あ、えっと、その懐中時計はどうしちゃったの?なくしちゃったのかな。」

 「ううん、怖そうなおじさん達が突然やってきて、全部持って行っちゃったんだ。残ったのはこの鍵だけで……。でも、その、この鍵も何の鍵なのか分かんない。母さんは僕にいつもこれを肌身離さず持つよう言ってた。それでこれだけは持って行かれなかったんだ。お金もなくて、代わりに渡せるものはこれしかなくて。」

 ふーん、と興味なさげにしながらイドは今度は鍵を手に取り弄りだした。子供の説明にフォルトは若干の落胆を見せる。何を開けるためのものかすら分からない鍵が報酬では、とてもではないがイドが依頼を受けるとは思えなかったからである。子供も再び俯いてしまった。

 「分かった。てめぇの母親の形見、仕入れてきてやるよ。」

 イドは弄っていた鍵を子供に放り返すと、立ち上がった。



 子供が帰った後、イドはフォルトに支度をするよう言うと、自分も黒のタンクトップのインナーの上に半袖のカッターシャツを羽織ってとっとと車に乗り込んだ。助手席に座るとすぐにシートを倒して、グローブボックスの上に足を置くと寝る体勢に入る。フォルトはあわてて自身の武器である六尺棒をひっつかむと、運転席に乗り込んだ。棒を持って店内を通る際にガシャンとした何かが壊れた音には目をつむって。

 「えと、これからどこに行くんでしょうか。」

 「あ?話聞いてなかったのかよ。『怖そうなおじさん達』のとこだよ。」

 「それがどこなのか分かんないから聞いてるんだってば。俺がイドと同じくらい賢いなんて思わないでよ。」

 「ケッ!威張って言うことかよ。アンダーシティーにゃ確かにあっちにもこっちにも『怖そうなおじさん達』が居やがるけどな。あの小僧が言ってたのは、飛焔組のとこだ。おら、タワー区画挟んで向こう側なんだから車飛ばしてけ。俺はちょっと寝るから着くまで話しかけんなよ。」

 それだけ言うとイドはすっかり黙ってしまった。ちらりと横を見れば本当に眠ってしまっているようである。フォルトはため息をついて車のエンジンをかけた。

 「それにしても飛焔組って、たしか最近はアンダーシティーだけじゃなくセントラルタワーの方にも食い込まんと勢力を拡大してるって噂のマフィアじゃん……。本気でそんなとこ乗り込むつもりかな。」

 車があまり揺れないよう比較的舗装されている道を選んで車を走らせているが、車内までガタガタと揺れは響き、道には真っ昼間から粗悪な酒で酔いだけを得る者が転がっていたり、何らかの用があってタワー区画から出てきた者がシティーの住人に絡まれていたりする。アンダーシティーの日常である。

 二時間も車を走らせれば、タワーを挟んだアンダーシティーの反対側に到着する。飛焔組は大きな建物に堂々と拠点を構えていた。アンダーシティーではタワー内のように犯罪者を取り締まる仕組みなど機能していない。

 「イド、着いたよ。」

 飛焔組の拠点にほど近い大通りから、少し路地に入ったところに車を停めて、フォルトは横で眠る上司に声をかける。イドはくわっとあくびを一つして起き出した。

 「さて、じゃあまずは偵察だな。」

 車を降りて伸びを一つするとイドは目的の建物へと歩き出す。フォルトも愛用の六尺棒を片手にイドの後を追った。

 「ねえ、イド。どうして今回は依頼を受けたの?悪いけど、俺はあんな何の鍵かもわからないような物が報酬じゃ、きっと君は受けないだろうって思ったんだ。」

 フォルトの言葉にイドはひょいと肩を竦める。

 「あの子供の持ってきた鍵、ありゃあ多分タワー製だぜ。キーヘッドの部分にICチップが埋め込まれてんだろうな。多分あの小僧の言う『怖いおじさん達』がまさに欲しがってたのがその鍵だろうよ。最近セントラルタワーに入りたくて仕方がないみたいだからなあ?それをこんな関係ねえ俺たちにかっぱらわれるなんざ、考えるだけで愉快じゃねえか。ま、その鍵が何の鍵かはおいおい調べて行けば良い。」

 それからあの小僧の素性もな、とぼそりと呟いたイドの言葉だけはフォルトに聞こえることなく

 「そんな、飛焔組に一杯くわせるのが愉快だって、ただそれだけの理由で引き受けたの?こんな危険を冒してまで、」

 「おっと、あんまりおしゃべりしてちゃあ奴らに気付かれちまうぞ。」

 二人はこそこそと壁の影に隠れて出入口の方を伺う。出入口に立っているガードは二人。そして周囲を巡回している組員が見える範囲に四人、二人組になって動いている。巡回員が過ぎていってから、イドはこそりとフォルトに話しかける。

 「俺にはこの金眼がある。それにフォルト、てめえが居んのにあんな奴ら危ないわけねえだろうが。」

 「う、それはもちろん、イドには怪我なんてさせないけどさあ……」

 「照れんな、キメェ。」

 「ひ、ひどいよイド!」

 物陰から出て建物の方へと歩いていくイドをフォルトはあわてて追いかけた。



 二人は建物の裏をぐるりと回ってどこか侵入できるところが無いか探していた。イドが窓ガラスを確認するようにコツコツと軽く叩く。

 「チッ、流石にどれも防弾ガラスだな。」

 窓から建物に侵入するというのは困難だろう、しかし他に何か良い方法は、と考え出したところでまた巡回している組員の足音が近付いてきた。

 「イド、どうする?何か良い案ある?」

 「しゃーねぇ、とりあえずあいつらを伸すぞ。」

 その言葉を受け、フォルトは組員が気付いて声を上げる前に素早く駆け寄った。手に持った六尺棒を一閃、瞬く間に二人組の巡回員を昏倒させてしまう。遅れてゆったりやってきたイドは、おもむろに昏倒した組員の服を剝ぎだした。そのまま二人目の服も手に入れると、片方をフォルトに差し出す。

 「とりあえずコレに着替えろ。」

 そう言うと自らも今しがた手に入れた服に着替えていく。そうして雑貨屋二人は飛焔組の組員になった。

 「いや、これだけで組員になりすますっていうのはちょっと厳しいんじゃ……」

 「んなもん、ぱっと見でバレなきゃいいんだよ。おら、正面突破だ。行くぞ。」

 「え、正面突破するの?」

 「正面玄関以外から入るのが難しそうなんだからしゃーねぇだろうが。いいから任せろって。勝手に暴れるんじゃねえぞ。」

 イドはそう言うと本当にそのまま正面玄関の方へ歩いて行ってしまう。入口に立つガードの二人はすぐに接近する者に気付き、片方が駆け寄ってきた。

 「お前、」

 見ない顔であることを不審がり、ガードが声をかけようとした瞬間、イドの金色の眼がパチリとガードの視線を捉えた。その瞳がキラリと輝いたのを見たのはターゲットとなったガード本人だけである。イドと視線を合わせてしまったガードはまるでイドが既知の仲であるかのように振舞いだした。

 「……お前、帰ってきてたのか!ほら、入れ。ちゃんとボスに報告してこいよ?」

 「あんまり見ない顔だが、なんだ、お前の知り合いか?」

 「ははっ、あんまここには来ねぇからな。報告なんて嫌なこと思い出させるんじゃねぇよ、コノヤロウ!」

 イドが親しげに話す様子に、もう一人のガードは首を傾げながらもイドを通す。フォルトもその後ろを通って堂々と建物内に侵入した。歩きながら、しみじみと呟く。

 「いやはや、正面から堂々と侵入できちゃったねえ。何回見てもその金眼の威力はすごいや。」

 「ったりめえだ。このイド様にとっちゃあこのぐらい朝飯前よ。さて、じゃあオキャクサマご要望の品を仕入れねえとな。」

 二人は目的の懐中時計がどこにあるのか探し始めた。廊下の向こうを時折飛焔組の者が通るが、同じ服を着ているおかげか、あまりにも二人が堂々と歩いているおかげか、はたまたそもそも騒ぎにもなっていないのに建物内を侵入者が歩いているなどとは露程も思わないせいなのか、フォルトたちは咎められることなく進んでいく。廊下の両脇には扉がならび、しかしすべてが閉ざされており分厚く重い作りのため中の様子をうかがい知ることはできない。下手に開けて、機密情報のやり取りをしている現場なんかに遭遇してしまうことは避けたい。目当てのものを手に入れたらとっとと逃げるつもりなのだ。要らないものを見てしまったばっかりに口封じされるなどということは最も忌避すべきことである。しかしこれまで見た範囲では何らかの倉庫のような部屋なども見当たらない。

 「うーん、これ、どうやって探すの?」

 「そこらにありかを知ってるやつが居たら良いんだけどな。そいつにとっとと金眼食らわせて案内させて目当てのモン手に入れたらとんずらするのが一番うまくいった場合のシナリオだ。」

 「その『ありかを知ってるやつ』をどうやって見つけるのかって話だよね。」

 二人して廊下で立ち往生してしまった。しかしずっと廊下に立っているのもそれはそれで怪しいため、なんとか打開策をひねり出そうとがんばる。

 「イドってさ、けっこう行き当たりばったりだよね。」

 「お前、それは今言う必要があったか?」

 ずっと悩んでいても仕方がない、一番奥まで進みええいままよととりあえず扉を開けてみるイド。向こうから現れたのは。

 「な、なんだお前たち!この時間はこの会議室に入ってはいけないと……誰だお前ら。」

 お決まりのように、アヤシイ黒服の男たちが見てはいけない取引の真っ最中であった。

 「もー!イドのバカーーー!!なんで勝手に開けるの!先に相談してよ!せめて先に言って心の準備をさせてよ!」

 「あん?ずっと悩んでたってしょうがねーだろうが!お前は他になんか解決策でもあったのかよ!」

 「ないけど!ないけどさー!この人数どうすんの!」

 拳銃を向けた男たちが部屋から雪崩出てくる。パン、パン!と乾いた破裂音が幾人かの手元から発されるが、直前にどの拳銃も六尺棒に叩かれ銃口はあらぬ方向を向いていた。壁にいくつか穴があく。同時に最前列に居た数人がフォルトの目に留まらぬ速さの身のこなしによって地に伏していた。

 「チッ!おい、棒を持ってねえ方、あの白い髪のやつを狙え!人質を取りゃあこっちのもんだ!」

 間髪を入れず、二人に向かって数人の男が倒れた仲間を飛び越え突進してきた。イドは軽く身を躱すとまず一人目の顎を下から思いっきり殴り上げ、脳を揺らした男を盾に別の男の方へ近付くと素早く後ろに回って首に腕をかけ絞め落とす。そしてなにごとかを呟き始める。

 「詠唱式・物質化、一時・我が祈りを聞き届けよプレヌミ・ミア・プレージョ。」

 イドの背後ではフォルトが一人の男の側頭部を左手で殴り、そのまま別の男ごと吹っ飛んでいくのを見もせず、右に持つ六尺棒で別の男の鳩尾を突き飛ばす。返す刀でイドに照準を合わせていた拳銃を弾き飛ばし、また別の男を背負い投げして他の男の足元に転がし接近を阻害する。

 「闇蝶に変換、相互に接続、のち縄縛。来たれ(ヴォキ)、ヘイグロト。」

 イドが唱え終えたとたんに、ぶわりと黒い蝶が飛び出し渦を巻きながら男たちを取り囲んだ。

 「う、うわ、なんだこれは!」

 「あぐ、いっ!」

 闇を切り取ったような黒い蝶に視界を奪われ混乱に陥る男たち。思わず蝶を顔や体から払いのけようとするが、今度はその蝶たちが互いに重なり合い、黒い縄状のものを形成、その場に居た男たちを瞬く間に縛り上げてしまった。そのままぎちぎちと黒い縄状のものが食い込み、男たちは苦悶の声を上げた。全員から戦意が消えたのを見て取ると、イドは手を払いながら立ち上がる。

 「完了(フィニータ)。」

 そう言うと、男たちを縛り上げていた黒い縄が霧散した。しかしもはや地面に座り込む男達に、再び二人に立ち向かおうとする者はいなかった。

 「俺には勝てないけど、イドなら簡単に捕まえられると思った? イドと俺が戦ったらイドが勝つよ。」

 あ、悪魔だ、化け物だ、と男たちから言葉が漏れる。

 「ふはっ、なんでお前がそんなキレてるんだよ。しかもこっちが侵入者だってのに態度がでけぇな。まあそんなことはどうでもいい。こうなっちゃ隠す意味もあんま無いよな。俺たちは懐中時計を仕入れに来たんだ。」

 「な、そ、そんなことって。舐められたのは俺じゃなくてイドだよ!いや、仕事はしなきゃだよね、うん。」

 ぶつぶつと不満そうにしているフォルトを後目に、イドは男たちの前にしゃがみこみニッコリとほほ笑む。

 「さて、どこにあるか教えてくれるよな。あぁ、知らないんだったら知ってそうな奴を教えてくれるのでもいい。」

 イドの笑顔に、ヒッと悲鳴を上げて男たちは慌てたように一人の方を見た。その男が少なくともこの集団では最も地位が高いのだろう。周囲の反応に苦々し気な表情を見せる。

 「さて、懐中時計と言われても、ここは生憎時計屋じゃあないのでね。強盗なら入る先を間違えている。」

 「ほお、あくまでしらばっくれるつもりか?他人の事を強盗なんて非難できる立場にゃねーだろうが。そもそも胸張って手に入れたなんて言えるようなモンここにはないくせになあ。」

 イドはその整ったかんばせから笑みを消すことなく男に目線を合わせるようしゃがみ込むと話を続ける。

 「ああ、そうかそうか。どの懐中時計か分からなかったよな。こちらも説明が足りなかった。前にお前たちが押し入ったアンダーシティーのガキのとこ、そっから奪っていった一切合財のなかに混じってるやつだよ。ほら、思い当たるだろ?」

 「お前もセントラルタワーにもぐりこみたいクチか。残念ながらあのガキから手に入れた物の中に、セントラルタワーへのカギは無かったよ。あきらめてとっととおうちに帰って寝んねしっ……!」

 ヒュン。

 小馬鹿にした態度でしゃべり続ける男の鼻先スレスレに六尺棒が振り下ろされた。ヒクりとしゃべるのを止め、男が笑顔のイドから目を離し恐る恐る見上げると、逆光で表情の見えないフォルトの姿が。

 「ねえ、あんまりさ、馬鹿にしないでくれるかな。イドはそういうのに寛容だから許してくれてるけど、俺はイドが馬鹿にされるのとか我慢できないたちなんだよね。次そういう態度をとったら……そうだな、この六尺棒でも耳が削ぎ落せるんだってことを見せてあげようか。それとも鼻がいい?」

 相方の様相にやれやれと言った様子でイドは男に向き直る。男も観念したように項垂れた。

 「懐中時計だけでいいんだよ。どこにあるんだ?」

 「はあ、ちくしょう。なんでそんなに欲しいのか知らねえが好きにしろ。廊下を奥に進んだ突き当りを右に曲がったとこにある木の扉が倉庫だ。そこにあるだろうよ。」

 男の言葉を聞き、雑貨屋の二人は立ち上がると奥に向けて歩き出す。そして途中で思い出したように振り返った。

 「そうだ、懐中時計はお前ら手に入れるのに一銭も払ってねーんだよな?俺たちはお前らから仕入れるのにいくら払えばいい?」

 「勝手に持っていけ!」

 まいどありー、と言いながら今度こそ二人は立ち去った。



 「さて、ここが件の扉だと思われるわけだが。」

 「ねえ、さっきの男の言葉、信じていいのかな。」

 「お前、拷問まがいのことまでやっといて何言ってやがる。ま、最悪違っても良いさ。ちょいと面倒だが扉全部開けて確認すりゃ良い話だ。」

 「拷問するつもりは無かったんだよ!ぺらぺら回る口が頭に来てかるーく脅しただけじゃん?」

 わたわたと手を振り言い訳がましくしゃべるフォルトのことなど気にする様子もなくイドは扉に手をかけた。

 「あ、ちょっと!心の準備!さっきの二の舞!」

 ガチャリ。

 扉の向こうは確かに倉庫、というよりは物置のような様相を呈している。だが部屋の中央の方にはしゃがみ込むガラの悪い男達が数人屯していた。

 「ああん?なんだテメーら。」

 当然、男たちは声を上げる。

 「ほら、デジャブーー!」

 「下っ端のチンピラ共だろ。とっととやっちまえフォルト。」

 うわーん、人遣いが荒いよーー!などと泣きながらフォルトは部屋の中に突入する。男たちはナイフや拳銃を構えながら迎え撃った。

 「外鎧化(キラソ)

 イドが唱えると、フォルトの身体を鎧が覆う。フォルトは向かってきた一人の男のナイフを鎧に覆われた腕で叩き落すと一瞬で男たちの中心へ。男たちは互いを誤射する恐れがあるため拳銃が使えなくなった。しかしナイフと六尺棒ではリーチが違う。男たちの武器はフォルトに届かぬまま、全員が瞬く間に地に伏すこととなった。

 「完了(フィニータ)

 イドの言葉とともにフォルトの纏っていた鎧が消える。イドはそのまま静かになった部屋の中に悠々と入った。そしてぐるりと周囲に積まれた物を見渡し嘆息する。

 「ったく、どこにあるんだ?もうちょっと整理しろよな。」

 「イドにだけは言われたくないと思うよ。自分の店の中を思い出しなよ。」

 ごそごそと積まれた箱の中や奥に隠れた棚を探していた二人は、やがて一つの箱に行きついた。開けてみると、そこには雑多なものに埋もれて金色のチェーンのついた蓋つきの懐中時計が。イドはそっと蓋を開いて確認する。蓋の内側には『カイト』の名前が小さく刻まれていた。

 「これだな。」

 その言葉にフォルトが後ろから肩ごしにのぞき込む。

 「あ、ほんとだ。見つかってよかった。ねえ、他のはどうする?この箱に入ってるの、きっとあの子の家から持ち出された物なんじゃないかな。」

 「いらねえ。依頼されてないことをやる必要はない。」

 「そういうとこ、イドは冷たいよね。」

 「うるせえ。ほら、帰るぞ。」

 イドは懐中時計をポケットに入れて立ち上がった。フォルトは納得していないながらもイドの決定に従う。

 「さて、仕入れは完了。あとはお客様のところに納品するだけだ。」

 飛焔組を突如襲った嵐のような二人はようやく立ち去ったのだった。

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