最終準備
戦争まであと一日となった現在。
俺たちはいつでも出陣出来るようにと、ギルド本部にて待機中である。
ベレリオルの都市は魔王軍の攻撃に備えて、大規模防御結界を張っていた。
そこで俺はふと思った疑問をルリオに投げる。
「てかさ、なんで今回の戦争では他国からの援軍が望めないの?」
俺も薄々分かってはいるが、一応聞いてみることにした。
「それは、明日までに援軍が間に合わないとか、いつ攻めてくるか分からない状況で、迂闊に動くことだって出来ないだろ?」
うんうん、と頷きながら、俺はルリオの話しに聞き入る。
「仮に援軍を送ったとして、移動中に不意打ちされたら本末転倒だろう?」
確かにそうだなとか言いつつ、俺はまたルリオの話しに耳を傾ける。
「自国の防衛だってしたいんだから、援軍送ってる余裕なんて無いんじゃないかな?」
と。まぁ俺が考えていたこととほぼ同じだな。
しかも、援軍で移動中に不意打ちという可能性は非常に濃厚だ。
そういうことも考慮すると、援軍はかなりのリスクを伴うということだな。
ならば、俺も納得だ。
これで俺のふとした疑問も消え、スッキリした頃だった。
それは、戦争がもうまもなく始まることを意味する。
『全上位冒険者部隊に緊急命令! 直ちに門前に集合し、陣形を整えろ!』
放送がギルド内に響き渡った。
その声の主は紛れもなくギルドマスターその人で、とても焦っている様子だ。冷静さを保とうともしない。
何が起きているのかは、現地に行けば分かる。とのことで、俺らも門前へと急いだ。
その光景を見て、俺は唖然とする。
魔王軍が、兵の列を一人も乱せること無く、綺麗に整え、すぐそこまで迫ってきていたのだった。
列は見事なまでに揃っていて、こちらのバラバラな陣形とは比べ物にならない。
それは一心同体となって接近している。
まるで一匹の竜の如く、ただならぬ圧を発し、こちらを気圧そうとしている。
しかし、そんなことで怯む冒険者ではなかった。
待ってましたとばかりにはしゃいでいる様子だ。
「よっしゃ、久しぶりにひと暴れするとしますか!」
などと言いながら、準備運動をしている者もいる。
余裕そうだなと俺は思いつつも、戦闘準備をした。
しかし、俺たち上位冒険者部隊が準備万端になったところで、魔王軍の動きがピタリと止まった。
なんと、新しく来た情報によると、そこで野営を始めたのだそうだ。
こんな近くまで来て何をしているんだ!? と、俺は思ったが、不意打ちもありか? という考えも脳裏をよぎった。
しかし、それは馬鹿な考えである。
敵の数と戦闘力がまだ正確に判明されていないこの状況で突撃など、自殺行為でしかない。
そう分かっていた俺やギルドの上層部、そして国は、不意打ち作戦を断念する。
相手の様子を伺うしかなかった。
そして、門前にベレリオルの全軍が展開されることになる───
◇◆◇
魔王軍の頂点である、魔王リオルクシの元に、情報部隊がぞろぞろとやって来た。
皆、戦争が間近であることを理解し、気を引き締めている。
情報部隊からは、重要な速報とのことだ。
「なんと、裏魔王ラア・ミーレが、最大危険人物であるルリオの部隊に所属したとのことです!」
それは、リオルクシにとっては朗報であった。
ここでラア・ミーレを暴れさせれば、ルリオの無力化も夢ではない───そう考えていたからだ。
だからこそリオルクシは冷静に対応する。
「問題ない。それは好都合というもの。さてと、大魔法を……」
これで裏魔王であるラア・ミーレは、魔王リオルクシに操られる───
魔王リオルクシは、ここで勝利を確信した。
そして、リオルクシは不敵に笑う。
「ははっ、ふははははっ!!!」
これで世界は自分の物と思うと、笑いが止まらなくなったのだ。
「これで、あとはもう一人の俺を探しだし、殺すだけだな。ははっ! 世界征服、いや、世界滅亡が目の前だぞっ!!! ふははははっ!!!」
リオルクシは笑い続けた。
満足するまで、永遠に……
しかし、それは甘い考えであったとリオルクシはその後、すぐに知ることになる。
リオルクシはまだ、ルリオの、いや、その仲間の実力に気付けていないのだ。
その内のウォスという男が、もう一人の自分であることにも気付かず。
それは、幸せのようで、可哀想でもあった。
◇◆◇
その後も、魔王軍が動き出す様子はなかった。
まだ予告された戦争開始まで二時間はある。多分だが、その時間になったら動き出すのだろう。
しかし、もうそろそろ冒険者達も、他の部隊も我慢の限界だ。
皆、うずうずしている。
今すぐにでも自分達から攻めに行きたいという衝動をおさえきれずにいるのだ。
が、この状況でも冷静な者もいる。
それは俺も該当する。
というか、実際冷静な者の方が多い。
そもそもの話、戦争で冷静さを失っては負けなのである。それを分かっているからこそ、冷静でいられるのだ。
この状況で攻めたら、どうなるのか? そういうことも理解している。
これが罠という可能性もある以上、俺らは迂闊に動けない。
だから、今はじっとしているのが正解なのだ。
そんな中、俺とルリオはもう戦争が間近であるというのに、のんきに栄養補給をしていた。
いや、決してのんきにではない。真面目に、だ。
「うん、うまいねこれ」
俺たちが食していたそれは、食べ物ではなく、飲み物。簡単に言えば栄養ドリンクだ。というか栄養ドリンク、という物だ。
全エネルギーを補給することが可能らしく、甘い。誰もが食べることの出来る味だった。
しかも、少しぷるんとしたゼリーのような食感がまたいい。
食べやすく、美味しい。そしてエネルギー補給も完璧。さらに、疲労回復、怪我の回復効果もあるのだ。
これは素晴らしい物だと、誰もが思った。
それは、この世界に存在する、数少ない“異世界人”によるものだった。
異世界人は、それぞれが前世の記憶を持っており、その知識を利用して、このような便利なアイテムを生み出しているのだ。
現時点で確認されている異世界人は百三十八人。そのうち、二十人をベレリオルで保護……というか、住ませている。
異世界人の知識は凄まじいもので、さまざまな化学兵器や、便利な科学製品の製造方法を知っている者がいた。
それらは、まだ製作段階の物が大半だが、その中で開発に成功した物、その一つが栄養ドリンク、「ベレルリンク01」であった。
「ぷはー、最高だわ! もっと飲みたいが、数にも限りがあるからなぁ……」
と、ルリオまでもこんなことを言う始末。
それほどそのベレルリンク01という飲み物は、人気で大好評だった。
そうして、門前に準備されたベレリオル軍隊は、士気を高めていた。
が、それはそこまで。
これから、地獄が始まろうとしていた。
皆、油断している訳ではない。
それでも、こうしてわいわい騒いでいる場合ではなかったのだ。
魔王軍は、今も着々と準備を進めていた。
そして、その日はとうとうやって来た。
ついに魔王軍が進軍を再開する。
それは、戦争開始の合図であった。
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