新たな魔王誕生
ルリオは剣を振り上げた。このまま攻撃すれば勝てると確信し、シラスに生身で突っ込んだのだ。
もちろんシラスも生身。防御結界が破れ、攻撃が当たればダメージを負う。
シラスはそれを良く分かっているからこそ、ルリオを近づけないために、爆裂波を放った。
「うおわぁっ!?」
それをまともに食らったルリオは、思いっきり吹き飛ばされ、壁を突き抜けて外へと飛ばされる。
そんなルリオを追うべく、シラスはルリオの突き抜けた壁を通り、外に出る。
ルリオが飛ばされたのはさらに奥。門の壁をも突き破っていた。
これでは生身の人間など、死んだも同然。
シラスはゆっくりと歩み、ルリオに近づいていった。
◇◆◇
「は?」
ルリオが突然飛ばされた。そして壁を突き破り、外へと出された。あんなの食らえば、人間なら死ぬはずだ。
俺はルリオの無事を確認するため、空いた穴を覗き込んだ。
雲一つもない心地よい快晴のはずだが、今は全く心地よくない。ルリオがさらに奥の門の壁まで突き破って、そこに倒れていたのだ。大量の血を吹き出している。
これは一瞬、負けたように見えた。
しかし、ルリオの口元にはかすかに笑みが浮かんでいたのだ。
覗いていた俺の髪の毛を室内に吹き込んできた風がなびかせる。俺はルリオの様子を見て固唾を飲む。
これは、負けてはいないという認識でいいのだろうか?
もうこれはルリオに全てを託すしかない。
俺は一度自分のことを殺した奴に、頼ってしまっている。これは多分あってはいけないことなのに、本能がそれを許してしまっている。人間の体になったからか、危険を感知すると人間の本能が働いてしまう。
あー、もうなんかむしゃくしゃする。魔王が勇者に頼るってダサくないか?
でも今はそんなことを言っている暇ではないのだ。
◇◆◇
勝算はある。
ルリオはもう勝利を確信していた。
吹き飛ばされて壁を突き破ってかなりのダメージが入ったが、大丈夫だ。勝負には支障はない。
身体強化でなんとか生きることが出来ている。
ルリオは飛ばされて今、地面に大の字に転がっている。
海のように広く、青く、透き通った綺麗な空を深く深く呼吸をしながら眺めた。心地よい。とても心地よい。気分がよい。
「すー、はー」
シラスが迫ってくる足音がする。ザッザッと、草を踏みつける音がする。
もう少しゆっくりしていたかったが、仕方ない。
ルリオはよいしょっと、体を起き上がらせた。
「おお、まだ生きていたか。安心したぞ」
右手にはまだルリオの長剣を握っている。
「おいおい、人間舐めんなよ?悪魔さん?」
ルリオはなぜかにやにやしている。勝てる自信からだろう。
「ふ、ははっ! 面白い! そうか、魔王はこれ程、いや、これ以上なのか!!!」
これを聞いていたウォス(おれ)はハッとしていた。
この時、ウォス(おれ)は思った。
こいつ、ヤバイ……そりゃあ俺も負けるわけだ───
と。簡単に言うと戦闘狂ということだ。そう、強すぎるが故に、様々な敵と荒れ狂うまで戦い、経験を積んできた。
こいつには魔力量がどれ程多くても敵わない。経験こそが最強なのだ。
ルリオは経験の格が違いすぎる。そう、ルリオは正真正銘の化け物だ。
「すまないね、すぐに終らせるよ」
ルリオは余裕な態度を崩さず、悠然と剣を構えた。体はボロボロなのに、構えには一つのブレもない。綺麗だ。とても綺麗だ。誰もが思うであろう。
そして、急に戦いは始まる。
光と闇が激突する。
ぶつかっては弾け、ぶつかっては弾け、ぶつかる時に衝撃波が走り、空間が歪む。
「おおっ!?ルリオ、これがお前の本気か! 凄い! 凄いぞ!」
「これで終わりじゃないぜ?」
シラスは相変わらず興奮している。こいつも戦闘狂といったところか。
それに合わせてルリオもかなり興奮している。
さらに光と闇の激しさは増す。両者とも、どんどん力が漲っているようだ。
「こんなの、何百年ぶり……いや、何千年ぶりだ!?」
シラスの目が光っている。彼の目には今、ルリオしか映っていない。他の物は眼中にないといった感じだ。
それはルリオも同じ、いや、正確に言えば似ている。
違いは、ルリオは周りをしっかりと確認しているということだ。シラスに吹き飛ばされれば、着地点を探り、またシラスを定め、周りにシラスからの何かしらの罠が無いかを警戒して……
といった感じで、ルリオは慎重で、しかもシラスを正確に分析していた。癖、弱点、得意技など……これは、ルリオの経験の豊かさを物語っていた。
「そろそろ終わりにするか」
「だな、ルリオ!」
シラスが勢いに任せてルリオに飛び付く。ルリオはそれをすかさず回避し、よろめいたシラスに後ろから斬りかかった。
「ぐはぁっ!?」
シラスは背中を切られてハッとする。冷静さを取り戻したのだ。
そして、シラスに逃げる時間をあたえず、ルリオはさらにシラスに攻撃する。
「なっ……!?」
「終わりだ! シラス!」
ルリオが振ったそれは、シラスの体を二つに両断した。
「あぁッ!!! うああぁぁぁぁ!!!」
シラスの体は二つに分かれ、地面に倒れた。
「ふぅー、なんとか勝てたな」
ルリオは剣を納めた。シラスはその場に倒れ、体が煙と化し始めた。
シラスは最後までルリオを睨んだ。
ただ、挑みに来ただけの冒険者に負けた屈辱。それはシラスにとって重いものだった。
これまでなんども挑みに来た冒険者はいたが、こうもあっさり負けたことはない。そもそも、負けたことがない。
そんなシラスのプライドが、怒りが爆発した。
「うああぁぁぁぁ!!!」
魔王覚醒__
ルリオたちは新たな魔王が誕生した瞬間を目撃することになる。
◇◆◇
ルリオがシラスを倒した。
「うああぁぁぁぁ!!!」
シラスがあっさりとやられた。
それは一瞬の出来事だった。眼にも追えぬような早さで時は過ぎて行く。
「ふぅー、なんとか勝てたな」
ルリオが脱力してその場に倒れこんだ。
大の字になって大空を眺めている。
俺も安堵のため息をつき、ルリオの側に座り込む。
「お疲れ様」
そう言って俺はルリオに回復魔法をかけた。
「あぁ、疲れた」
俺らは何気ない会話を交わし、再び立ち上がった。シラスが煙になってゆく。
が、俺たちはすぐに絶望へと落とされることになる。
「うああぁぁぁぁ!!! 嘘だッ!!! 嘘だぁッ!!!」
シラスが突然天に向かって叫んだ。
「俺はぁッ!!! こんなとこでっ!!! 終われないッ!!!」
これは!? 魔王覚醒!?
シラスが魔王に進化するだと!?
おかしいぞ! 魔王への進化なんて、そんな簡単に行える訳がない!
今、魔王たちの常識が覆される……
あれ?まてよ、そういえばシラスって、おかしい! なにかおかしい! 色々おかしい! 歴史が変わってるぞ?
俺が魔王だった時はたしか、シラスは魔王に覚醒なんかしなかったハズ。これぐらいの時期に死んだハズだ! 勇者かなんかに殺されて……
なぜ?なぜだ?なぜ歴史が変わった?
おかしい、情報整理が追い付かない。どうなってる?俺は悪い夢でも見てるのか?
やばい。この状況に着いていけない。
まて、落ち着け。まずは先のことを考えろ。このままだと、ここにいる俺らは確実に死ぬ。殺される。
逃げるんだ。逃亡を考えろ。
シラスが完璧に進化した。
ルリオとレリアは驚愕して固まってしまっている。
シラスが満面の笑みを浮かべ、俺たちに魔法を放つ準備をしている。
こうなったら俺が……ッ!?
シラスが突然放った闇の閃光は、人間の目では視えない光のような速さで走り、俺が防御結界を張るよりも先に、左耳を切り飛ばされた。
俺の視界に俺の耳が映る。
とてつもない量の血が吹き出している。
俺は痛いとも言わずにめちゃくちゃに叫び、すぐに耳を魔法で元に戻した。
そんなことをしている間に、シラスがまた同じ魔法を放つ。
今度はなんとか俺の防御結界が間に合った。
すると、この状況にやっと追い付けたのか、ルリオが動く。
地を蹴ってシラスに迫り、その剣を華麗に横振りした。
しかし、それは空振り。
シラスの動きが速すぎて、ルリオの攻撃では追い付けなくなっていた。
「くっそ!!!」
それでもルリオはさらにシラスに迫り、スピードを上げていく。それに対してシラスは逃げながら追いかけてくるルリオに向かって魔力弾を投げている。ルリオはそれを避けながら、どんどんシラスに詰め寄る。
俺もシラスの動きを止めようと、魔力弾を投げている。シラスの防御結界はとっくのとうに破壊しているので、俺の攻撃も通用するハズ。
「素晴らしいッ!!! これが魔王の力か!!! 漲るぞ!!! 力が!!!」
シラスは戦いながら、自分の力に興奮している。
まずい。
かなりまずいな。
勝てる確率はゼロと言ってもいいだろう。だが、それを認める俺ではない。ゼロを一でもいいから、変えて見せるのだ。
「ルリオッ!!! 止まれ!!!」
俺の直感が勝手に口を動かした。
止まらないとまずい。そう言われた気がした。
ルリオは俺が言った通りに、その場で急停止し、戸惑いながら俺に振り向いた。
俺も何がなんだか分からない。
そんな状況で笑っていたのはシラスだ。
「気づいたか?ウォスと言ったか?お前もなかなかやるのう」
なんとシラスが言うには、ルリオの立っている場所から数センチ先に地雷、爆撃魔法が仕掛けられていたらしいのだ。
俺の直感のおかげでルリオが助かったという訳だ。
「助かったよ、ウォス」
ルリオが俺を見て戦闘中にも関わらず、そうお礼を述べた。
「俺もちょっと警戒が足りなかったようだね」
ルリオはそんな余裕そうな言葉を付け足した。
それを見てシラスはさらに奮闘する。
両者抜かりない。
さらに勢いを増して光と闇が激突する。
シラスが空へ浮遊すると、ルリオはシラスの城の屋根の上に登り、その地を蹴って飛び上がってシラスに迫る。
あんなに速いスピードのシラスが離れれば詰め寄り、離れれば詰め寄りと、常人には出来ない至難の技だ。ルリオはやはり人間の化け物と言っていいだろう。
さて、どちらが勝つのか__
その決着はこの後、すぐにつく。
それより、俺は二人が戦っている間に、頭をフル回転させて歴史が変わった理由を探った。
まさか俺が度忘れしていたという線は考えられず、ウォス(おれ)の動き方が悪かったという可能性が濃厚だ。
しかし、浮かび上がった可能性はそれだけではなかった。裏で誰かが暗躍しているという可能性だ。
俺がウォスとして復活したのと同時に、誰かが動いた。
まさかとは思うが、ウォスか?俺の復活は魂がウォスの身体に入ったということで、ウォスの魂はまた別の場所に飛ばされた……とか。
ウォスの魂は今は別の人間、あるいは、魔王レオルクシ(俺)ということもありえる。いや、あり得てはいけないな。
でも、可能性は極めて高い。
ウォスが俺の身体に魂を移転させたとすると、魔王の権限やらなんかでシラスを魔王にすることも……?
いや、信じたくない。
とりあえず、この可能性は頭の隅っこに置いておくとしよう。
シラスとルリオの戦いはさらに激しさを増した。もうシラスの城は、二人の戦いが激しすぎて、粉々に砕けちり、原型など掴めなくなっており、地が荒れ果てていた。
俺らがここに来て三時間程経っただろうか?そろそろ帰りたい気持ちだ。
「はははっ! 魔王とは、凄いなぁ!!! まさかこんなにも強いなんて!!! レオルクシはどれ程なんだ!!! ゾクゾクするぜ!!!」
ルリオはもう色々と狂っている。
シラスも同様。
この戦い、俺には決着が見えた。
シラスはもう息が切れていて、武器もボロボロ、服装もかなり破けている。満身創痍な状態だった。
魔王に進化したばかりで、もう限界が来たのか。あるいは副反応が出たのか、どちらにしろもうシラスは敗けだ。
笑っている余裕すらもない様子。
「ふっ……ははっ……奥の手も通じぬとは、ルリオ………お前は……なに……者ッ……」
まじかよ。
ルリオ、何度も言うがお前はどこまで化け物なんだ。
というか、こんなのそりゃあ前世の俺でも勝てないわけだ。天と地の差とかいうレベルを超えて、宇宙と地底の差があるな。
こいつは人間じゃない。
俺がもう一生ルリオとは敵対したくないと思った瞬間であった。
魔王に戻ったら、こいつとは絶対に戦いたくない。
その対策も考えておくとしよう。
それから、すぐに決着は着いた。シラスの攻撃はもうルリオには何も通じず、ルリオの最後の一撃で灰になった───
依頼達成。
その後、すぐに俺らは有名人になった。特にルリオだ。当たり前だな。
報酬は、なんと計算も出来ない金額の金!!!
ということで、この件は一件落着である。
歴史が変わり………そうになっが、もう一安心である。でも、油断してはならない。
裏に誰かがいるという可能性はまだ捨ててはいけない。
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