魔王、スタートでつまづく
俺、元最強の魔王リオルクシは勇者パーティーに討伐されたと思ったらそのパーティーメンバーの魔法使いウォスに転生してしまった。
しかも、かなり過去だ。俺が死ぬ前。
というわけで、俺は魔王を倒す旅へ出ることに……
そして今、俺は待ち合わせと言われていた冒険者ギルドへと向かっていた。
瓶に水を積めた物とリュミリーが作ってくれたお弁当を腰にかけたバッグに積め、家の玄関に立て掛けられてあった魔法の杖を持ち、俺は家を出た。
「ほんとに、気をつけてね」
リュミリーが心配そうに俺のことを見ている。
俺も慣れない笑顔を浮かべて「行ってくる」と言い、家から離れていった。
◆
冒険者ギルドドア前に突っ立っている俺。
さて、ギルドに着いたのはいいけど、ルリオとレリアと他の冒険者達とどう接すればいいか分からないな。
とりあえずノリの良いやつって感じで入るか。
俺は口のなかにたまっていた唾液を全て飲み込み、ドアノブに手を掛けた。
ぎぃぃと、ここも古くさくい音をならしながらドアが開く。
ギルドの中には、全身が筋肉でできている者や全身を鎧で包んでいる者、私服で剣などの武器を構える者など様々なやつがいた。見る感じ皆、体がでかくて顔がいかつい。
そいつらはギルド内に並べられている丸太の机にそれぞれ集まっていた。
見てみると、天井には何個かのランタンが設置されている。そして受付には受付人が男と女で二人いて、奥には酒など料理が準備されている。
俺は何となく「ちーす」と言ってみたが、声が小さくなってしまっている。
な、何をビビっているんだ?俺、元魔王だろ?おいおい。
周りを見回すと俺に気づいたのか、他の冒険者らは俺をじろじろと見てくる。
その視線を感じてか、俺はまるで背筋が凍っているかのような感覚になり、体を縮こませた。
俺が焦りながらルリオたちを探していると、俺に目で合図をしてくるほっそりした体の小さな少年と、そのとなりに大きな杖を持った美少女がいた。二人は並べられている丸太の机の一つに座っている。
そこには三人分の椅子があるみたいだ。
少年は、青いシャツに黒い赤のドラゴンマークが刺繍されているショルダーバックを掛け、竜柄のもこもこ素材の長いズボンを着ていて、靴は黒いドードルの毛皮で作られたやつだ。ドードルの毛皮でできているのだから、高そうだ。
冒険者なのにどんだけおしゃれしてるんだと、内心呆れつつ、俺は腰に注目する。
剣はここからではブレードしか見えないが、しっかりと腰に掛けているみたいだ。
少女はピンクパーカーで全身を覆っている。杖は木の幹をぐるぐる巻きにした物で、俺と同じくらいの高さだな。
あいつらか、とすぐに分かった。
見覚えのある顔だと思ったけど、こいつらまだ子供じゃないか。
俺はこんなやつに殺されたのかと、改めて自分に呆れてしまった。
「よぉ、なんか元気ないな?」
俺はルリオに言われて苦笑した。
「そんなことないけど?」
「だって、いつもならお前ら元気にしてるかぁみたいなこと言って入ってくるのに、ちーすって何よ?」
俺はレリアに言われてぎょっとした。
おいおい、まずいなこれ、早速やらかしちまったのか。
俺はまたわざとらしく苦笑いを二人に向けた。
すると、他の冒険者らが俺に話しかけてきた。
「おいおい、大丈夫かよウォスぅー」
全身を鎧で包んでいる男が、俺の横まで歩いてきて肩に腕をおいた。
そいつはかろうじて顔が少し見えるくらいで、体は覗くことすら出来ない。
うーん、やばいぞやばいぞどうする?とりあえず話さなければ。
「だ、大丈夫だよ」
「ん、ならいいんだけどよ」
ふぅ、俺は内心でため息を吐いた。
この男から離れなければ。
「で、ウォス行けるか?休んだ方がいいんじゃないか?」
ルリオが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
こいつを見ていたら、あの時のことを思い出してしまいそうで恐ろしい気分になる。
なら、今日は休もうかなと諦めていると
「ウォス、まぁ行けるなら行こうか」
と勝手にルリオに決めつけられた。はぁ?と言い返したかったが飲み込んだ。
ここでそんなこと言えない。
おとなしくしなければ。
それと、後で使える言い訳を付け足しとかないと。
「まぁ、ちょっと調子悪いけど大丈夫かな」
と、俺はわざとらしく言った。
それを聞いてルリオもレリアも少し安心したのか、優しく笑ってくれた。
別に、ちっとも嬉しくなんてないからな。と思いながらも俺は、一度自分のことを殺した相手に笑みを向けていた。
二人はガタッと椅子から立ち上がり、周りにニコッと笑顔を向けて受付の方へと歩いて行った。俺も急いで二人についていき、依頼一覧という縁の前に立った。
それぞれSランク、Aランク、B、C、D、E、Fに分かれている。
俺はそれを見て人間の世界でもランク分けとかあったのかぁと、興味を持った。
本当はだいぶ前から知っていたけど、殺されて転生した疲れが出て、そのときはどわすれしていた。
「さて、どれにしようかな」
こいつらが何ランクか知らないが、俺は転生したばかりで、ウォスの魔法が分からない。だいたいの魔法の放ちかたは分かるが、この身体で出来るかまだ分からない。
俺は少し心配と緊張でまた落ち着きがなくなっていた。
ルリオが縁に付けられた依頼書をぴらぴらとめくりながら眺めている。
俺は何も考えず、体をそわそわさせながら立っていた。
それに気づいたのか、レリアが俺に近づいて「やっぱり今日は休んだら?」と言ってくれたが俺は「大丈夫、行ける」と言って落ち着いているふりをした。
しばらくするとルリオが
「これどう? Aランクのオーガクの討伐ってやつ。鬼と豚の合体した魔獣だ。元はどっちも魔族で、鬼と豚族に分かれてあったが、原因不明の何かが起きて合体しちゃったとかぁ…」
ルリオがその依頼書をぴらびらと振りながら言った。何も分かっていないみたいだけど、とりあえず情報を話してくれた。
てか、Aランクかよ。こいつら子供んときから最強ってか。
「よし、行こう!」
レリアは当然といった感じで、俺は仕方なく賛成した。
ということで、まだ慣れてもいないこの身体で、魔獣討伐へ行くことに。
俺らは依頼書を受付まで持っていき、男の受付人に渡した。
そして、武器を持ってギルドを出た。
「ほんとに大丈夫かよー?」
鎧の男が俺がギルドを出る頃に叫んできたが、これは聞こえてなかったふりして無視だ。
俺は最後にギルドのドアをしっかり閉め、今まで息をしていなかったかのように思いっきり息を吐いて脱力した。
目的地はルーフナナポ森林という、ここら辺では一番でかいと言われる森だ。昔から変な名前だなぁと馬鹿にしていた森だ。
ギルドから国門まで歩き、俺の家二つ分くらいの大きさの門をくぐり抜ける。
額に手を当てて見上げれるほどで、てっぺんを見ようとするも、陽の光が眩しすぎて見えない。
俺は目を細めて門を見上げていた。国の外へ出ると、俺の視界に入ってきたのは、果てが見えない地平線が広がる緑豊かな草原だ。
「わ……」
おっと、ここで驚いて興奮なんてしてはいけない。それで怪しまれたらどうする。このウォスは何度もここを見ているだろうに。
それは心配しすぎか。
「さてと、今日も死ぬかもしれないし、かなりの激戦になるかもねー」
ルリオがそんな恐ろしいことを軽々と、伸びをしながら言った。確かに、冒険者たちは死と隣り合わせで生きているからそんなことを言うのは当然か!
俺は今まで死ぬことなんて無いと思っていたから分からんな。
「そうだねー」
やはり、レリアも当たり前のように軽々しく言っている。ならば俺も言った方がいいのか?
そう思って俺も「だな」と軽い口調で言った。
これでいいかな?と、俺は確かめるように二人の顔を覗いた。
大丈夫そうだな。何も怪しまれていない。
「なんだっけ、オーガクだっけな?弱点は額に生えた角らしいから、覚えといてね。て、別にいいか、二人はオーガクの動きを止めてくれ。角は俺が攻撃する。そして、止めを指す!」
ルリオは顔を決めて俺らに説明した。レリアはすぐに「うぃ」と反応したので俺も慌てて「おす」と言った。
「で、報酬はなんとっ! 五百ルフト! ひぃぃーっ! さっさと終わらせて受けとりてぇ!」
さっきまでのかっこよさはどこへ行ったのか、ルリオは話を金の話題に変えた。
俺はそんなルリオに呆れてため息を吐く。
が、レリアはなんと「いやっふー! その半分レリアのぶんー!」とか言い出したのだ!
なになに、こいつら、このパーティーやばない?金目当てなん?げすいなぁ……
俺は本当に大丈夫なんだろうかと、改めて心配に思った。
じゃなくて、こういうときウォスなら何て言うんだ?俺もなんか言わないと、変に思われる。
なんとか俺も「いえーい」みたいなことを言おうとすると、レリアが立ち止まって
「なんか今日、ウォスの口数少なくない?やっぱり元気ないんじゃ?」
心配するように先に言われてしまった。ルリオも「だな、本当に大丈夫なのか?」と問うてくる。
まずい、まずいな。これは一旦調子悪いという設定で行こうか。
「うん、ちょっと調子悪いかも」
俺は二人に苦笑いをしながらわざとらしく小声で言った。すると二人は「やっぱりー」と言って俺の肩に手を置いた。
「帰れ。休め」
とだけ言われた。
ということで帰ることに。
家に入ると、(ウォスの)彼女のリュミリーが不安そうな顔をして俺のことを待っていた。
そして、走って来て俺に抱きつく。
最初はわっと驚いたが、すぐにそれを受け入れる。
その体はとても優しい温もりを感じられた。温かい……ずっとこの中にいたい…そう思った。
「なんか朝から元気ないなから、心配してたのよ」
そうか、分かった……多分。このウォスという人物は、陽気な青年で、いつも元気。ギルドのやつらと仲が良く、彼女のリュミリーとも仲が良い……ていう設定でいいんだな。
ま、これから頑張るか。
俺はリュミリーの中でそう誓った。
「ごめん、ごめんね」
俺はリュミリーに抱き返した。演技だけど。
そしてこの子は優しい女の子だ。
人間なんて、滅ぼしてしまおうとか思っていたけど、今が諦め時なのかもしれないなと俺は思った。
「今日はゆっくり休んでね?私が見てあげるから」
俺はうん、うんと頷いてリュミリーをさらに強く抱きしめた。
「ちょっ、痛い痛い、もういいでしょ?」
リュミリーは俺のことを離して、家の奥へと歩いて行く。俺もついていき、自分の部屋でゆっくりしててねと、ベッドに寝かされた。
リュミリーは一旦部屋を出たが、なにかを持ってきてすぐに戻ってきた。
「ほら、疲労回復薬だよ。回復魔法は外傷にしか効かないから、薬飲むしかないね」
と言われてコップに入れられた水に渡された薬を入れる。
疲労……?と思ったが、難しいことは考えない。
「ありがとう」
俺はベッドに寝たまま、それを全て飲み干した。
「これで大丈夫かな」
リュミリーは少し安心した顔で、俺のことを見つめた。
俺の体は今、とても温かい。こんなの生まれて初めてだ。温もりを感じるなんて、初めてだ。
暑さや熱さしか知らなかった俺は、こんな温もりを感じるのは生まれて初めてだ。いや、二度目だろうか?
いつも冷たかった、俺の身体は。
あぁー、人間っていいな。
そう思えた瞬間であった。
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