迷鬼 7
何を。
言って──いるのですか。
ひなは口を開けたまま、そう尋ねることさえできずに固まっていた。血の気が引く、とはまさにこういうことを言うのだろう。体中の熱が一気に抜け落ち、周りの景色や音が薄くなる。
「ひな」
唸るような呼び声──
「そいつから……離れろ。こっちへ来るんだ」
そろりと首を動かせば、別人のように目を吊り上げた幼馴染の顔がある。
「わ」
ひなは血色のひいた唇を震わせた。
「童と……」
「ん?」
「童だと……言ったではありませんか」
黒埜は不思議そうに首をかしげ、次いで、ああと気のない声を漏らした。
「そうか、そうだな……。俺を殺しに来たときは童の姿をしていた。おそらく、あれは死んだときの姿だったんだろう」
めまいがする。
ふらついてへたり込みそうになるのを、黒埜に腕を取られて踏みとどまった。思ったよりも強い力で握りしめられ、驚きながら目の焦点を合わせると、黒埜はすぐに腕を離した。
「平太が、死んだ……?」
「ああ」
「そんなはずありません。だって、私はずっと」
「与吉と六助に調べさせた。間違いない」
はっとする。
数日前、そろって出かけていった二人の顔が浮かんだ。とりわけ六助のやさしげな目が。
『きっとおひなさんの役に立ちますよ──』
「反対に聞くが」
黒埜はため息まじりに呟く。
「村であいつと会うとき、周りに人がいたのはいつが最後だ? あるいは、あいつの話を他の人間にしたのは?」
「それは……」
平太と一緒にいるとき。他に誰かいたことはあったろうか。思い出せない。そんなことは考えたこともなかった。言われてみると、確かにいつも二人きりだったような気がする。でも、そんなのは偶然だ。とりわけひなが祟りだと言われてからは、人の目を盗むようにしか会えなかったのだから。
それに、平太の話は──
「平太のことは、いつもおっかあに話していたわ……。そう、平太がまた野菜をくれたって……」
「母親はどんな顔を?」
母は。
いつも悲しげな顔をしていた。申し訳ないと、すまないと言いたげに。平太に迷惑がかかるといけないから、このことは他の村人にばれないようにと釘を刺されたこともあったのだ。
「まあ……当然の反応だろうな」
「そうです。だから」
「自分の娘がとっくの昔に死んだ子供の名前を挙げて、そいつに野菜をもらったと言うんだ。貧しさに耐えかねて盗みを働いたか、頭がおかしくなったと思うのが普通だろう。……それでもお前の家にとって貴重な食糧には変わりない。だからまぁ、せめてそういう言い方をするしかないだろうな」
ずきんと胸が痛む。とっさに言い返そうとするが、喉の奥にものでも詰まったように声が出なかった。
違う、と唇だけがむなしく動く。
「死んだとき、平太とやらはまだ六つだったそうだ。その様子だと覚えていないだろうが」
違う──
「子供二人が森に迷い込んだ。一人は帰り、もう一人は帰って来なかった」
森。
迷子。
それは──もしや。
「平太は死に、お前だけが生き残った」
童の声に救われた、あのときの。
迷子になったのは自分だけではなかったのか。思い出そうとすると、深い闇に呑み込まれるように意識が朦朧とした。どうしてだろう。急に鈍い頭痛が沸いてくる。
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