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迷鬼 5




 何の罪もなかった、あの人たちを。

 口にした途端、ずしりと腹の底が重くなった。失った三人の命。もう二度と戻ってこない。それが己の体内に重石を据えているのだ。答えを聞いたとて、この重石が軽くなるわけではない。それはひなも重々承知している。

 それでも。

 これを抱えたまま、生きていかねばならないのだ。

 死者に引きずられるのではなく──その重さを背負って。

 前に進む。

 そのために、答えが知りたい。



「どうして?」



 童子の大きな目を見つめると、ふいに固く結ばれていた唇が開いた。



「ちがう」



 かすかな呟き。



「………違う?」



 ひなは驚きながら聞き返す。

 童は悲しげな目をして、膝のうえに置いた小さな拳をぎゅぅっと握りしめた。



「どういうこと……?」


「ひな」



 青黒い闇の中、今にも泣き出さんとするように顔を歪める。



「おひな」


「仁太?」


「きをつけて──」



 そして唐突に、その姿がかき消える。

 ひなはあっと声を上げて手を伸ばした。もう遅い。そこには影も形もなく、ひんやりと冷たい畳があるだけだ。


 ──気をつけて?


 一体、童は何を伝えようとしていたのか。

 どくどくと動悸がして胸が騒いだ。

 そうだ、童はなぜ自分の前に現れたのだろう。童がひなに姿を見せたのは、夕の呼び声に応えようとして腕をつかまれたとき、それに今だけだ。それまでは声だけの存在だと思っていたくらいである。意図して姿を見せないようにしていたとしか思えない。

 それでは、なぜ──



「!」



 背後で物音がした。とっさに身を固くして耳を済ませる。

 ザリ、と石を踏む音。

 庭からだ。

 屋敷には奥の離れを囲む大きな庭のほかに、もうひとつ小さな庭がある。ひなの部屋はここに面していた。美しい白の玉石を敷き詰めてあり、昼間は陽光を照り返してまぶしいほど輝き、夜は月光を浴びて仄青く光る。

 その庭から、音がした。

 敷いてあるのは大粒の玉石だ。小さな動物、たとえば猫や鼠が乗った程度でああいう音は鳴らない。

 とすれば、そこにいるのは。



「……ひな!」



 いきなり小声で呼びかけられ、ひなはびくりと身を震わせた。

 童の声ではない。

 若い男の声。

 それもひどくなつかしい声だ。



「平、太……?」



 まさか──

 来てくれたのか。



「ひな、……いるのか?」



 間違いない。

 ひなは慌てて転びそうになりながら、庭側の襖を開け放った。

 間もなく夜明けだろう。思ったよりずっと明るい。夜明け前の色を吸い込んだような玉石が、青白い光をぼぅと放っている。

 そこに立ち尽くす──幼馴染。




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WEBTOONコミック版→https://www.cmoa.jp/title/270928/

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