迷鬼 3
「たぶんおゆきちゃんのことが心配で成仏できなくって、周りを漂っていたんだろうなぁ。それがおひなちゃんに寄せられて形を成したもんだから、これ幸いと助けを求めてきやがった」
まったく紛らわしいやら、図々しいやら──銀狐は肩をすくめる。
加賀屋で女中が聞いたカタカタという物音は誠二郎の仕業だろう、というのが黒埜と銀狐の見解である。
おそらく、誠二郎はゆきが狙われていることを加賀屋の者に伝えようとしたのだ。しかしこのときの誠二郎に姿を現すほどの力はなく、物音を立てて女中を怯えさせることしかできなかった。いや仮に姿を現したとして、すでに物忘れにかかっていた女中たちが力になったとも思えない。
さらに誠二郎の行動は、大首の警戒心をあおることにもなった。
「女ってのは勘の鋭い生き物だかんね。万が一にも記憶を取り戻されると厄介だ。可哀そうに女中たちは誠二郎のせいで襲われて、具合を悪くしたってわけ」
「でも、誠二郎様のおかげで私は救われました」
「……おいらも」
銀狐はぺろりと舌を出す。
「誠二郎の奴め。奥の間で取り逃がしたときは悔しかったけど、まさかおひなちゃんの中にいたとはね」
そう──
ひなが誠二郎の記憶を垣間見た瞬間。
誠二郎はひなの体に入り込んでいたのだ。
誰もそれに気がつかなかったのは、二人の霊魂がほとんど同化していたためだ。これも口寄せの素質だと黒埜は言っていた。意図して霊と同化する口寄せ屋と違い、素人が無意識に同化するのは危険なことだ。今回はたまたま無事だったが、もし同じことがあれば次は体を乗っ取られかねないと厳しく忠告されている。
でも──
偶然ではない、とひなは思う。
きっと、誠二郎だったから無事なのだ。
「誠二郎様は、あのあと……」
「ん? たぶん、成仏したんじゃないかな。大首もろとも黒埜がぶった切ったからねぇ。あの刀に切り伏せられたあやかしは、この世とのつながりを断ち切られるから」
「そうですか……」
湯のみを両手で握り、ひなはほぅと息をついた。
今度こそ迷わず逝けただろうか。
死してなお娘を──愛する美代の忘れ形見を──守ろうとした。その執念からようやく解き放たれ、安心したのだと。
そう思いたい。
「気にしたって詮無いことさ」
指先で簪の具合を確かめ、百花は静かな声で言った。
「肝心なのは生きているあたいたちだろ。この世に残されたほうがさ……いつまでも死者に未練を持っちゃいけないよ。それじゃあ死んだほうも浮かばれない。大体、今回の事件は身内の死につけ込まれたんだろ? そりゃ、身内が死んだら悲しいさ。けどいつまでも悲しいさびしいばっかりじゃ、悪いもンも寄ってくる。だから……あたいたちは、強くなんなきゃいけない。それが一番の供養なのさ」
「……そうですね」
本当に──そうだ。
「いいこと言うねぇ、百花姐さん」
「あ、あたいはいいことしか言わないよ」
照れたのか、そっぽを向いて五つめの団子に手を伸ばす。そんな百花を見て、ひなは思わず微笑んだ。
「宗右衛門様も、善三さんも……大丈夫ですよね」
「ああ。少しずつだけど、記憶の混乱も解けてきたみたいでさ。いきなり御内儀がいなくなって加賀屋も大変だろうけど。ま、可愛いおゆきちゃんもいるんだし、きっと大丈夫さ」
おいらにおひなちゃんがいるみたいにね、とすり寄る銀狐。
その首を犬っころのように引っつかみ、
「とにかく、おひなさんは大変なご活躍だったんですねぇ」
きぬもうれしそうにくしゃりと笑った。
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