首は躍る 13
庭で、ひなが狐を抱えて泣いていた。美しい毛並みをした一匹の狐。
これは銀狐だ。
ひなにはそれがわかった。
狐はぐったりとして目を開けない。半開きになった獣の口からは、ぽたりぽたりと血が滴っている。
「しっかりしてください!」
ふいに、ひなの濡れた頬を生ぬるい息が撫でた。
はっとして顔を上げる。
「!」
首が──
眼前に迫っていた。
憤怒の形相から一変し、とろりと目尻を下げた恍惚の表情を浮かべている。裂けた口から荒い息を吐き出し、それがひなの全身に吹きかかっていた。
とっさに立ち上がり、両腕を広げる。
銀狐の前に立ちふさがるひなを、首は小馬鹿にするように目を細めて笑った。
大蛇のごとき舌が伸び、ゆっくりとひなの手首に巻きつく。
「お……ひなちゃ……」
足元の銀狐がかすれ声を漏らした。
「逃げ……そいつ、は……伽を……狙う………」
ひなは腕を広げたまま動かない。
舌に巻かれるままになっている。
長い舌は腕から首へ──
首から胴へ──
胴から足へ──
ぬるりぬるりと伸びていく。
「おひなちゃん……!」
「大丈夫……です」
ひなは強ばった声で言った。
巻きついた舌は徐々に力を増し、華奢な体をキリキリ絞めつける。
ひなの顔が青白くなっていく。
「どこにいったかと、思っていました。でも……」
「おひな……ちゃん?」
「ずっと、ここにいたんですね」
首は笑う。
それを見ながら、ひなもまた微笑んだ。
穏やかに。
一言。
「──誠二郎様」
ゴォォッ!
突如、ひなの体から青い炎が噴き上がった。
いや。
燃えているのはひな自身ではない。
巻きついた舌だけが、焼け炭に触れた薄紙のように勢いよく燃え上がったのだ。
首は金切り声を上げて舌を解き、転がりながら跳び退った。
「すげぇ……」
銀狐は地面から頭をもたげて目を見開く。
「伽……じゃねぇ……。あやかし使い……だったのか……?」
ひなの体が青白く光っている。
そこからぬぅと人の形をしたものが抜け出した。
やせ細った男の霊──
誠二郎である。
誠二郎は両手を伸ばすと、暴れる大首に抱きついた。抱きついた箇所から再び青白い炎が噴き上がり、巨大な白い顔をじゅぅと焼く。首はますます暴れ狂って、誠二郎を振りほどこうと庭の中を転げ回った。
何度も地面に己を叩きつけ、振り払えぬと悟ると、今度は座敷へ跳び込もうとする。
そこに──
黒埜が待ち構えている。
「────失せろ」
一閃。
大首の脳天が割れ、さらに額、鼻、口、顎まで。
一本の線を切り結ぶ。
「──────」
音のない叫び。
それが家を、地面を大きく揺るがした。
強い風が吹き、庭の木の葉や草いきれを一斉に巻き上げる。
目を開けていることも、立っていることもできない。
それはずいぶん長いこと続いた。
やがて揺れが止まり──
風が収まると──
大首も誠二郎も、もうどこにもいなかった。
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