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首は躍る 2




「原因は火事だ」


「火事……」


「そう。つまりお前が見たのは」



 燃え盛る炎を思い出す。

 やはりあれは幻などではなく、過去に起こった出来事だったのだ。



「詳しいことはまだわからんが、燃えたのは離れだけだったらしい。誠二郎はその中で死んだ」



 そうして──

 たった四年の間に、宗右衛門は三人も家族を失ったのだ。



「堪えたんだろう」



 落ち込みようは激しかった。

 ある出入り業者によれば、その頃の主人は悪鬼に囚われたかのように悲壮な顔をしていたという。そのうち首でもくくるんじゃないか。そう噂する者もいたらしい。

 つらかったろう、とひなは思う。

 宗右衛門は親の死を思い、日に何度も線香を上げるほどの男なのだ。

 弟まで失って──平気でいられたはずがない。



「それが急に、だ」


「……急に?」


「明るくなったんだよ。おかしいだろ」



 それは確かにおかしい。



「おそらく、その辺りで物忘れが始まったんだろうな」


「なぜ……」


「十中八九、あやかしの仕業だ」



 酷い。

 ひなは膝のうえの拳を握りしめた。

 肉親を失うのはつらい。身を裂かれるほどつらいことだ。だが、忘れたいわけではないだろう。つらいのは、それほど大事に想っていたからだ。その記憶を、思い出を奪うなど。許されることではない。

 しかし。



「……誠二郎様自身が、記憶を消した?」



 すべてが霊の仕業だとすれば、そういうことになる。



「なぜ、そんなことを?」


「わからん」



 黒埜は肩をすくめた。



「染物屋は六助たちに調べさせているが、何せ主人を失った事件だからな。どうにも口が固い。……こっちに誠二郎を覚えている奴はいないのか?」


「いえ──」



 言いかけて、ふとある名前が頭に浮かんだ。



「善三さん」


「……善三? 誰だ?」


「加賀屋の番頭さんです。店では一番長く働いている方で、やはり物忘れにかかっているようなのですが……。平気なときと、そうじゃないときがあると、女中さんが言っていました」


「なるほど。可能性はあるか」


「はい。私、今すぐ聞いてまいります!」


「いや、いい」



 勢い込んで立ち上がろうとしたが、いともあっさり断られる。



「お前はあやかし専門だからな。聞き込みに向いているとも思えん」


「専門……ですか」


「ああ。人には人の伽がいる」


「……?」



 人の伽、とは。

 困惑するひなを余所目に、黒埜はふぅと息を吐いた。



「仕方がない」



 いかにも気の進まない──そんな顔で。



「百花を使う」




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