表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/64

誰そ彼 5




 ──どういうことだろう。


 ゆきの具合が悪くなった。

 番頭が物忘れにかかった。

 辞めた女中は、その両方。

 これらは結びつくのか、それともまったく関係のないことか。いずれにせよ。


 ──この家は、おかしい。


 それがひなの率直な感想であった。

 初めにゆきの痛々しい姿を見たせいか、あの子を救うことばかり考えていた。けれど先の話を聞いたあとでは、どうもそれだけでは済まないという気がしてくる。

 この家全体が──不吉な影に覆われているような。

 鬱々と考えながら奥座敷へ戻ると、開いた襖の奥に宗右衛門の後ろ姿が見えた。てっきり店に出ているものと思っていたから、少し驚く。

 線香の匂いがした。奥には仏壇が見える。



「ん?」



 気配を感じたらしく、宗右衛門がこちらを振り返った。ああと声を漏らして、



「どうかしましたか」


「あ、いえ。勝手に出歩いてしまって……すみません」


「そんなことで謝る必要はありませんよ。籠ってばかりでは気が滅入るでしょう」



 穏やかな声だった。

 最初はひなの逗留を渋っていたが、それは主としての反応だったのだろう。そもそも物腰の柔らかい、人のよさそうな男である。



「あの、少しだけ……お話を伺ってもいいですか?」


「ええ。どうぞ」



 促され、腰を下ろす。

 仏間は隣の間と続きになっているようだが、今は襖でぴたりと仕切られていて広くはない。自然と膝を突き合わせる恰好になった。

 二人きりで接するのは初めてである。ひなはしみじみと宗右衛門の顔を見た。


 ──間違いない。


 炎の向こうで叫んでいたのは、やはり宗右衛門だ。

 それにあの日、宗右衛門とは初対面だった。それほどじっくり顔を見たわけではない。にも関わらず、幻で見た顔は驚くほど鮮明だった。あれがひなの記憶ではなく、他人のものだとすれば納得がいく。

 と、宗右衛門は気恥ずかしそうに咳払いをした。



「話とは、なんですかな」


「え、ええ。突拍子もないことなのですが……。おゆきさんは具合を悪くする前、忘れっぽくなることはありませんでしたか?」


「忘れっぽく?」



 ぽかんとした顔になる。



「それはどういう……」


「どんなことでも構いません」


「ゆきは、その、まだ五つですから」


「ええ」


「ちょっとした思い違いをすることは、なくはないですよ。何分小さいのでね。しかし、特別忘れっぽい……ということは」


「記憶の一部がすっぽり抜けてしまうようなことは?」


「すっぽり? いや、私の知る限りありませんな」


「そうですか」



 因果関係はない、と考えるべきか。



「どうしてまたそんなことを?」


「いえ、少し気になることがあったので……」


「そうだ。忘れっぽいと言えば、私だよ。このところ物忘れがひどくてね」


「──え」



 まさか。



「お恥ずかしい話だが、お得意様にそう指摘されたんですよ。覚えていないのはおかしいってね。いやはや、この年で物忘れとは困ったものです」


「……何を忘れてしまったのでしょう?」


「それがわからんのですよ。あれは何を聞かれたんだったかな……ううむ。とにかく記憶になくてね。それこそ抜けてしまったのかなぁ」



 ──御主人も。

 物忘れにかかっている。

 背筋がぞくりと冷えた。



『私も忘れっぽくなったり、具合が悪くなったりするんでしょうか』



 そう言って怯えていた女中の気持ちが今はわかる。

 一人や二人の話ではないのだ。




ブックマーク、☆で応援いただけると励みになります!

WEBTOONコミック版→https://www.cmoa.jp/title/270928/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ