誰そ彼 3
しばらくの間、助手をこの家に置いて様子を見たい。
黒埜がそう申し出たとき、宗右衛門は明らかに当惑を示した。祓い屋の黒埜ではなく、銀狐でもなく、ひなが残って何になるのか。そもそも本当に怨霊などいるのか。まさかこやつら、自分たちを騙して何やら企む悪党ではなかろうか──そんなふうに考えたとて少しも不思議ではない。
とりなしてくれたのは、意外にも妻のお夕だ。
ゆきの具合は一向によくなりませぬ。医者には見捨てられました。どんな薬も効きやしません。藁にもすがる思いでこの方たちをお招きしたのは、他ならぬ自分たちではありませんか、と。
そのうえ、あの奥の間に置いてくれという。
これまでは仲間が隣室に控えていたが、今度こそ一人きりだ。見ればずいぶん年若い、美しい娘である。青ざめた顔をしているが、その若さに似合わぬ強い目をしている。
宗右衛門はその目にじっと見つめられ、気圧されたように「わかりました」とうなずいていた。
こうして、ひなだけが加賀屋に留まることになった。しかし具体的な方策はほぼ皆無と言ってよい。奥の間に誠二郎の気配はかけらもなかった。
──霊をたぶらかす……。
果たしてどのように。色事とはとんと無縁な田舎娘が。
しばらく部屋の中をうろつき、「誠二郎様……」と控えめに声をかけてみる。もちろん反応はない。昼間のうちに現れるものでもないような気がする。
『家に馴染め』
黒埜はそう言い置いていった。
余所者を嫌う棲霊は、家の者に気を許しやすい。
迷った末、ひなは台所へ向かった。
自分にできることといって思いつくのは──家事くらいのものだ。
女中に声をかけ、何か手伝うことはないかと尋ねると、「とんでもございません」と驚かれてしまった。
「お客様にそんなことをさせるわけには」
「あの、客というより、居候のようなもので……」
「いいえ。結構でございます」
遠慮しているというよりも明らかに煙たがっていた。それに、何やら不気味なものでも見るような目つきである。
ああ。そうか。
ひなは遅れて得心した。
自分はただの客人ではない。宗右衛門が奉公人にどう説明しているか知らないが、少なくとも、寝泊まりしている場所くらいは聞いているだろう。
あの奥の間に。
彼らにしてみれば、それは不気味な客に違いない。
「す、すみません……」
すごすごと去りかけて──
ふと思い出す。
「あ、あの」
「なんでしょう」
まだいたのか、という顔だ。
「何度もすみません。ひょっとして、誠二郎さんという方をご存じありませんか? こちらに出入りしているか、ええと……お店に関係している方かと思うのですが」
「……さあ」
すげない反応である。
「存じ上げませんが。私、ここへ来てまだ間もないもので」
「そうですか……」
期待していたわけではなかったが。
ひなのしょぼくれた様子に、女中は厳しい表情を心持ち緩める。
「ああ、番頭の善三ならわかると思いますよ。一番長く勤めている者ですから。……ああ、でも、どうかしら」
急に言い淀む。
「どうかしました?」
「…………はぁ」
歯切れが悪い。
ひなが目を丸くしていると、女中はためらうように辺りの様子を窺った。
それから、ひそめた声で言う。
「ちょっと、おかしなところがあって」
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