奥の間の怪異 12
「憐れな顔で同情を誘おうなんざ、まったく救いようのない阿呆だよ。それでやさしいおひなちゃんは騙せても、おいらたちが引っかかるもんかい」
往生際が悪いぜと吐き捨てる。
それが聞こえたのかどうなのか、男は悲しげに目を伏せた。
「さっき……おゆきさんの名を呼んでいたんです」
「へぇ? そりゃもう決定的じゃないか。そいつがおゆきちゃんを苦しめる怨霊だ。取り殺す子供の名前を呼ぶたぁ、こう、捻りってもんがないね」
「でも、おゆきさんを呼んだのは……『母様』ではなかったのですか?」
そう指摘すると、銀狐は「……あん?」と首をかしげた。
「それって、おゆきちゃんが話したとかっていう?」
「はい。おゆきさんは『母様に呼ばれた』と言っていた。つまり、女の人に呼ばれたのではないでしょうか。この方はどう見ても殿方です。先ほどおゆきさんを呼んだ声も、女人と聞き違うものではありませんでした」
「ふぅむ?」
「ですから、その、おゆきさんを襲った霊とはまた別なのではと、そう思ったんです。どう、でしょうか……」
話しているうちにだんだんと自信がなくなり、最後はしどろもどろになる。
幽霊をかばうなど、どうかしている。
それでも言わずにおれなかった。
ひなは、見てしまったのだ。
布団を捲ったあのとき。
その中にうずくまっていた、青白い男がふいに頭をもたげてこちらを見上げたときに。
絶望のどん底からかすかな光を見上げるような──あの顔。
助けてください、と。そう言っているようだった。
果たして怨霊があのような顔をするだろうか。
「確かに……違うかもしれないな」
「夜一郎?」
銀狐がぎょっとした顔をする。
黒埜の表情は変わらない。
「違うからといって、祓わないわけにもいかない」
「え」
今度はひなが驚いた。
「そ、それは……なぜ」
「娘に憑いているかどうかに関わらず、こいつはそもそも家に棲みつく死霊だ。今は大人しくしているかもしれないが、いつどういう影響が出るかわからない。祓っておくにこしたことはないだろう」
「でも、おゆきさんは……」
「こいつが原因じゃなければ、別の霊が関わっているのかもしれない。結局は病だという可能性も捨てきれん。いずれにせよ」
すべてはこいつを祓ってから──
「そこをどけ」
口調はあくまで淡々としていた。奉公人が口出ししたのだから、怒鳴りつけられてもおかしくはない。
いや、そうされたほうがよかったのだ。
最後の頼みとすがられた。その相手を、見捨てるのには。
──ごめんなさい。
心の中で詫びながら、場所を空ける。
と、
「…………ゆ」
また声がした。
「…………き」
これ以上なく悲しげに。
ああと思って一瞬だけ躊躇した。その瞬間に袖を引かれた。
ブックマーク、☆で応援いただけると励みになります!
WEBTOONコミック版→https://www.cmoa.jp/title/270928/