奥の間の怪異 11
「クソッ、開け! 開けっての!」
「仕方ない、壊すぞ!」
廊下に叫び声が響いた。
続いてドシン、と鈍い音。
ドシン、ドシン、と何度か繰り返し──
最後はドォンと響き渡る。
「大丈夫か!?」
壊れた襖と一緒になだれ込んできた男二人を、ひなは吃驚したように見つめた。
「おひなちゃん!」
「待て」
泡喰って飛びつこうとする銀狐を黒埜が制する。
「……そいつか。ひな」
ひなはこくりとうなずいた。
その背後。青白い──闇の中でぼうと光るほどに青白い。
男が一人、座っていた。
丸まった背にうなだれた首。乱れた髪の間から、ぎょろりとした大きな目を覗かせ、怯えた表情で黒埜たちを窺っている。痩せぎすの体によれた着物をつけ、両手はだらんと床に垂らしていた。
幼子を取り殺そうという怨霊にしては、拍子抜けするほど弱々しい姿である。
「下がっていろ」
黒埜は言うなり、袖をまくって左手を突き出した。その手のひらを、ひなはこのとき初めて見た。
赤黒く──爛れている。
ひどい火傷の痕だ。
いや、未だ癒えてはいない。じくじくと膿んでいる。それだけでも痛々しいのに、掌の中央には刃物でズバリと切ったような裂け目があった。切られたうえに焼かれたのか、あるいはその逆か。いずれにしても酷い傷だ。
だが、真に異様なのはその傷ではない。
斜めに刻まれた黒い裂け目──
その奥に炎がちらついているのだ。
幻覚だろうか。ひなは何度もまばたきした。が、炎は消えない。暗い色の炎だ。粘るように、のたうつようにユラユラと、傷口の奥で燃えている。
何やら惨たらしく、何やら残忍な。
見ているだけで喉の奥をえぐられるような心地がする。
まるで地獄の──
煉獄の炎。
それなのに、そこから目が離せない。
「聞こえなかったのか」
冷淡な声に、ひなはビクリと肩を震わせた。
「黒埜……様」
「早くどけ」
「この方を、祓うのですか」
「そのために来たのだろう」
「あの、どうか……お待ちいただけないでしょうか」
黒埜は眉をひそめた。
「憑かれたか?」
「いいえ。私は正気です」
「じゃあ、どうした」
「黒埜様、この方は本当に怨霊なのでしょうか……?」
ひなは背後の男を見た。
男は、ひなの背に隠れるように身を縮めている。上目遣いに辺りを見回してはうつむき、両手で顔を押さえ、指の間からそろそろと見回す。そして何か言いあぐねるように口を動かす。
「おひなちゃん、騙されちゃダメだ」
銀狐が鋭く言い放った。
「おいらが出口を縛っちまったからね。こいつはもう袋の鼠なのさ」
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