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奥の間の怪異 9




 元より己の命は一度捨てたようなもの。あのとき黒埜に拾われなければ、父母をも巻き添えにして絶えていただろう。

 そんな自分に、あの子を救う手伝いができるのならば。

 ひなはそう覚悟を決めた。

 だが。

 それでも──

 怖い。

 一人でいるのを意識すると、恐ろしくてガタガタ震えてしまう。黒埜と銀狐が隣室に控えているはずだが、この部屋には一人きりだ。

 目を開けていると暗闇に押しつぶされそうになり、目をつぶるともう二度と開く勇気がなくなってしまいそうな。ひなはじぃっと天井の一点を見つめ、思い出にふけることで恐怖を紛らわせていた。

 それなのに──

 現実へ引っ張り戻されてしまった。

 おかしな音のせいだ。


 ──音?



 カタカタカタカタカタ



 この音は。

 喉元まで悲鳴がせり上がった。

 不気味な音だ。女中たちが耳にしたという音に違いない。

 立てつけの悪い障子を小刻みに揺らすような──

 しかし、起き上がって窓を見る勇気はない。



 カタカタカタカタカタッ



 次第に音が大きくなる。まるで父の話に聞いたコツコツさんのように。

 ひなは両手で口を覆い、恐怖で荒くなる呼吸を抑えようとした。なるべく音をたてるな、と黒埜に言い含められている。

 棲霊は物音に敏感なのだ。悲鳴などもっての外である。

 驚いてまた隠れてしまっては元の黙阿弥。ゆきの命を助けられない。

 怖い。怖い。

 けれど。


 ──早く、出てきて……!


 来るならば早く来い。

 いつ終わるとも知れない恐怖に、長い間耐え続ける自信はなかった。

 霊が現れる気配を感じれば、黒埜たちが駆けつけてくれる。彼らはそのために隣室で不寝番をしているはずだ。



 ガタッ、ガタタッ、ガタガタガタ!



 いよいよ大きな音が鳴る。

 畳が震えている。

 部屋が──家全体が揺れているのではないか。

 ひなはぎゅぅと目をつぶり、両手を合わせて耐え忍ぶ。揺さぶられ、口の中で歯がぶつかった。

 黒埜たちは来ない。

 まだか。

 まだなのか。



「お願いします……!」



 出てきてください──

 ささやくようにそう祈った。

 瞬間。

 ぴたりと、音がやんだ。振動も止まる。



「…………?」



 ひなは恐る恐る目を開けた。

 暗い。

 何も──変わっていない。

 また、逃げられてしまったのか。そう思いかけたとき、



「………ひ」



 ヒヤリとしたものが足首に触れた。そっと包むように。

 その感触は、人の手だった。

 悲鳴が再びせり上がる。

 誰かが、足に。

 足は。布団に。そう。布団の中に。

 誰か──

 誰かが布団の中にいる。




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