奥の間の怪異 7
黒埜が悔しげに舌打ちする。
「でも、おいらの言った通りだったろ」
「ああ」
「この部屋にいるんだよ」
「だが、もう簡単には尻尾を見せてくれないぞ」
「隠れちまったからなぁ」
「隠れ……?」
ひなは状況が今一つ呑み込めない。
「さ、さっきのは、もしや……幽霊ですか?」
「たぶんねぇ」
それを聞いて身震いする。
うなじに触ると、まだ冷たさが残っているような気がする。まさか、霊に触れられたというのか。
「霊とは、その、隠れたりするものなのですか……?」
恐る恐る尋ねる。
よくわからない。隠れるのは、恐れるからだ。しかしこの世のものではない霊が、一体何を恐れるというのか。
そうさなぁ、と銀狐は首をひねりながら言った。
「土地や建物に取り憑く棲霊って奴は、余所者を嫌うんだ。ほら、知らないお客さんが家に来ると奥に引っ込んじまう子供がいるだろ? あれは人見知りのせいばかりじゃなくって、余所の気が混じるのを避けているんだ。特に小さな子は器が安定していないからね、気が混じると魂に負担がかかっちまう。肉体のない霊は子供なんかよりもっと不安定だ。だから余所者が入ってくると、すぐに気配を殺してとんずらするわけ。おいらたちはそれを魂隠れとか……簡単に隠れとかって呼んでるのさ」
なるほど。
つい先ほどまで感じていた嫌な気配が嘘のように消えている。
それは霊が自分たちを避けて隠れてしまったからなのか──
それならば。
「どうして、私の背中をさすったりしたんでしょう?」
「……何?」
黒埜が怪訝な顔でこちらを見た。
「いえ、あの……恐ろしくて。目を閉じていたんです。そうしたら、誰かが背中をさすってくれて。銀狐さんだと思ったんですけど」
「そりゃ、おひなちゃんの背だったらいくらでもさすってやりたいけど。それはおいらじゃない」
「そうなんです。目を開けたら、いると思ったところに銀狐さんがいなかったので、おかしいなと……。そうしたら」
再び冷たいものがうなじを触れ、その瞬間に黒埜が叫んだ。それから急に体が重くなって──
しかし、霊が余所者を避けるのならば、これはおかしい。
「棲霊に背中をさすられる、なんてねぇ」
銀狐が苦笑いする。
「ええ……変ですよね」
「変じゃないよ、おひなちゃん。さすがだよ」
「……………え?」
──さすが?
首をかしげていると、
「大したものだ」
黒埜までそんなことを言う。
「え、えっと……」
「いやぁ、夜一郎が見つけてきた伽はさすがに違うなぁ。おいらが惚れるわけだよね。棲霊を一発でたらしこむなんて、そうそうできることじゃない」
──たらしこむ……?
そんなことをした覚えは微塵もない。しかし、前にも似たようなことを言われたような。
あれはいつだったろう。
あれは──確か。
故郷から都へ旅立ったあの日、黒埜がそう言ったのではなかったか。
『お前はあやかしを惹きつけすぎる。そこにそうしているだけで、徒に奴らをたぶらかす──』
惹きつける。
たぶらかす。
そして今度はたらしこむ。
あまりよい言葉だとは思えない。そのうえ相手は人ですらないのだ。
だが、そのときひなは気がついた。
銀狐は自分にも役割があると言ったではないか。
ひなはどうやら、あやかしの伽──あやかしを惹きつける者である。とすれば。
ぞっとした。
まさか。
自分の役割とは──
「ひな」
しんと冷たい声が部屋に響く。
こわごわ目を向けると、神妙な顔つきの黒埜と目が合った。
「……頼みがある」
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