奥の間の怪異 6
さすがは大店の母屋とあって、造りのしっかりとした立派な家だ。とはいえ、黒埜の屋敷ほど広いわけでもない。空き部屋になっている奥の間は──つまり例外だった。
畳敷きの小部屋である。
最初は茶室として使っていたものの日当たりが悪く、一日中薄暗いので使い勝手が悪い。でも物置にするのはもったいないからと、前妻が生きていた頃は小さな行燈を持ち込み、裁縫をするのに使っていた。
しかし前妻が死んでからは用途がない。宗右衛門は楽しそうに縫物に励む後ろ姿を覚えていたから、物置にするのはやっぱり憚られる。
そうこうしているうち、使われない部屋になっていたそうである。
「ここか……」
家中を回ったあと、最後にこの奥の間へ入った。
話に聞いていた通り、暗い。
廊下は西日がまぶしいほどだったのに、この部屋には一切光が差し込んでこない。家具は小さな箪笥がひとつ、行燈ひとつ。床の間に古ぼけた掛け軸があるきり。
寂しい部屋だ。
いや。
──この部屋は。
寂しいのではない。
ひなはそこへ足を踏み入れた瞬間から、異様な空気を感じていた。まるで背後にずしりとしたものが覆いかぶさってくるような。なんとも言えず重苦しい。
「気配がするな」
「だろ」
黒埜と銀狐も似たようなものを感じているらしい。
「なあ、夜一郎」
「…………待て」
黒埜は左手を上げ、ゆっくりと腕を回した。少しずつ立ち位置をずらし、丁寧に隅々まで左手を向ける。
黒埜が何をしているかはわからないが、この部屋が普通でないことだけはひなにもわかる。本音を言えば、今すぐここを飛び出してしまいたいほどだ。目を閉じて両腕を抱き合わせ、寒気を堪えるのが精いっぱいだった。
──この部屋は……。
怖い。
そう、怖いのだ。震えが止まらない。
そっと、背中をさすられた。
「おひなちゃん、大丈夫?」
「はい……」
──落ち着かなければ。
何をこんなに怯えているのだろう。暗い部屋を怖がるなんて、子供でもあるまいし。それに、ここには黒埜も銀狐もいる。
そう思って目を開けたが──そばにいると思った銀狐がいない。
首を巡らせると、
「どうしたの?」
少し離れた場所で、不思議そうな銀狐の顔。
「え?」
では。
さっき、背中をさすったのは。
──誰?
そのとき、再び背後から触れるものがあった。
今度はうなじだ。
氷のように冷たい──何かが。全身が総毛立った。
「ひな、どけ!」
黒埜が素早く振り返る。
だが、動けない。
両足が畳に貼りついてしまっている。体が鉛のように重かった。
重い、重い、重い──
気がつけば、銀狐に抱きあげられている。
ひながいた場所に黒埜が立ち、その左手を向けた先には──
ひなは目をしばたいた。
何もない。
「逃げられたか」
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