奥の間の怪異 5
加賀屋を訪ねたのはそれから程なくしてのこと。
迎えてくれたのは主人の宗右衛門、それに妻のお夕である。
宗右衛門は齢四十半ば過ぎ、がっちりした貫禄のある体格に、いかにも人のよさそうな柔らかい顔つきの男だ。その隣に控える夕はまだ三十路に届かないと見え、透けるほど白い肌に瓜実顔の、細い目をした女であった。
「……して、銀狐殿。その方々は」
主人が遠慮がちに尋ねると、銀狐はええと大きくうなずく。
「こちらにおわすは黒埜夜一郎殿。都一番の祓い屋ってェのはこの人のこと。隣は助手のひな。彼らにかかれば古今東西、祓えぬものはありませぬ。ぜひとも宗右衛門殿にご紹介いたしたく、こうして共に参った次第で」
「このようにお若い方が……」
疑わしげに呟いたのは夕だ。宗右衛門も表情にこそ出ていないが、変わらない気持ちだろう。彼らの前にいるのは二十そこそこの若輩で、修行僧のような身なりをしているわけでもなければ、それらしい道具を携えている風でもない。都一番の祓い屋──その文句を頭から信じろというのが無理な話である。
しかし主人は、銀狐に対してある程度の信頼を置いているらしい。改めてそちらに向き直り、
「ゆきの具合が……思わしくないのです」
重々しく告げる。
「昨夜からひどくうなされておる。熱もないのに汗をびっしょりかいて。それに、何かおかしなことを……」
「おかしなこと?」
銀狐がすばやく尋ねた。
宗右衛門は視線を下げ、苦悶の表情を浮かべる。
「『母様にころされる』……と」
「殺される? そう言っているのですか」
「ええ」
隣の夕はさらに苦しげな表情だった。
「……おゆきさんの様子を見せてもらえませんか」
黒埜がぽつりと言った。
宗右衛門は一瞬迷うそぶりを見せたが、すぐに暗い顔をしてうなずく。
「こちらへ」
夕に導かれ、案内されたのは中庭に面した明るい部屋。小さな赤い布団がひとつ敷かれている。
そこへ横たわった女の子を見て、一同は息を呑んだ。
まるで──人形。
顔色は青白さを通り越して灰色を帯び、元はふくふくと丸かったであろう顔はやつれてところどころに影を作り、落ちくぼんだ目を閉じたまま微動だにしない。
「前に……見たときよりも」
銀狐が悲しげな声で呟く。
ひなは胸苦しさに唇を噛んだ。
こんなに小さな子が──どうして。
黒埜だけが冷静な面持ちで枕元にひざまずき、少女の額に手を当て、小さな腕の脈を取った。
「体が冷たいな……」
「どうにかあっためようとしているんですけれど」
娘の頭を撫ぜながら夕が涙ぐむ。ゆきは夏とは思えないほど重ね着して、分厚い布団にくるまれていた。額にうっすら汗をかいているが、体には不思議と熱がない。
「どうだい、夜一郎」
「ありふれた病には見えないな。だが、憑かれている気配もない」
「……だよなぁ」
「どちらにせよ、もう長くはないだろう」
少女から手を離して淡々と呟く。それを聞いた夕が顔を覆った。
「どうにか治せないのですか」
ひなは思わず膝をついて訴えた。
この子は──ゆきはまだたったの五つなのだ。これではあまりに惨い。
「治す? 俺は医者じゃないんだぞ」
「しかし……!」
「差し当たり、この子に憑いているものは見当たらない。祓うものがなければ俺は無力だ」
押し殺すような低い声音だった。黒埜らしくない苛立たしげな物言いに、ひなは少し驚く。瀕死の子供を前にするのは、この男とて平気ではないらしい。
「家を調べします。よろしいですね」
黒埜が静かに告げると、夕は黙って頭を下げた。
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