表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/64

奥の間の怪異 4




 加賀屋、とは都でも多少名を知られた呉服問屋である。主の宗右衛門は二代目で、坊ちゃん育ちのわりには生まじめで腰が低く、丁寧な商いをするらしい。創業者である先代はすでに亡く、家族は妻と幼い娘がいるばかり。

 どうも、この娘の様子がおかしい。


 娘の名は、ゆき。

 五つになったばかりの、宗右衛門にとっては目に入れても痛くない愛娘だ。前妻との間にもうけた子で、今の妻とは血縁がない。だがゆきは継母によくなつき、実の母子のように仲がよかった。

 異変が起こったのはひと月と少し前。

 ゆきの姿が見えなくなり、大慌てで探し回ると、使っていない奥の間にぽつんといるのを女中が見つけた。こんなところで何をしているのか尋ねると、青白い顔をして「母様に呼ばれた」と言う。宗右衛門の妻である夕は、ゆきをそんなところに呼んだ覚えがない。

 ゆきが見つかった奥の間は、亡くなった前妻が縫物をするのに使っていた部屋である。その場所に、夕が好んで呼ぶはずもない。まあ子供の言うことだからと女中たちがたしなめ、そのときは笑って済ませてしまった。


 ところが。

 同じことが二度、三度続いた。


 手鞠遊びをしていたはずが、ちょっと目を離した隙にいなくなり、探すとやっぱり奥の間にちょこんと座っている。どうしたのと聞くと「母様に呼ばれた」と答える。「私は呼んでいないよ」と夕が諭しても、ぷいと顔をそらしてしまう。あれほど仲がよかったのに、近頃は夕に対して妙によそよそしい。暗い部屋に座った幼子の顔はますます青白く、三度目には唇の色が紫に変わっていた。

 ゆきはそれから具合が悪くなり、布団から起き上がれなくなってしまった。熱はないものの頭がぼんやりするらしく、体に触れるとひんやり冷たい。


 同じ頃、何人かの女中が不気味な物音を聞いている。カタカタカタカタ、と障子が小刻みに震えるような音だ。なんだろうと思って出所を探ると、あの奥の間に行きあたる。大抵はそこで気味が悪くなって引き返すのだが、悪戯かと思い中を覗いた者もいた。しかし部屋に変わった様子はなく、障子も震えていなかったという。音もいつの間にか消えていた。

 その後、謎の音を聞いた女中が次々に体調を崩した。

 症状はゆきと同じく、頭がぼんやりして立っていられなくなる。食欲が失せる。ゆきのようにまったく起き上がれないほどではないが、養生してもなかなか治らない。結局、そうした女中はみな辞めていった。仕事にならない──というよりも、怖かったのである。


 あの奥の間は、怖い。


 そんな噂が奉公人たちの間に広まった。無論、宗右衛門の耳にも入る。

 奥の間に、何かが憑いているのではないか。

 まさか──亡くなった先の御内儀が。

 宗右衛門はその類のことを信じていない。まして、前妻が化けて出るなどもっての外である。だがその一方で、一連の出来事に現実離れしたものを感じるのも確かだった。

 ゆきの具合は一向によくならない。医者は原因がさっぱりわからないと言う。日増しに衰弱していく愛娘を思うと、宗右衛門は居ても立ってもいられなかった。

 どんなものでもいい。

 何か、少しでも可能性があるならば──

 そう考えた末。

 宗右衛門は祓い屋に救われた知り合いの話を思い出した。

 その知り合いこそ、銀狐がかつて世話した男であった。



「……で?」


「うん」


「祓えなかったのか」


「うーん、それがね」



 なかったんだよ、と銀狐は困ったように言った。



「なかった?」


「そう。家の隅々まで見て回ったけど……祓うべきものは見つからなかった」


「じゃあ、何もないんじゃないか。娘と女中は病、物音は空耳だ」


「そうでもないんだ。おいら、気配みたいなものを感じたよ。物音がしたっていう例の奥の間でね。でも、そンとき組んだ奴は何もないって言い張るしさ」


「………ふむ」



 黒埜は考え込むように煙管をくわえる。



「それでも奥の間は祓ってみたけどね。対象が定まってないからやっぱり空振りさ。おゆきちゃんの具合もよくならないし、このままだとおいらの面目丸潰れ」


「お前の面目はどうでもいいが」


「言うと思った」


「気配はあるが見つからぬ……というのは気になるな」



 そこで黒埜は横を向いた。

 恐ろしげな話にじっと耳を済ませていたひなは、急に見つめられてどきりとする。

 気がつけば、銀狐もまたこちらを見ていた。



「仮に隠れたのだとしたら」


「そ。おひなちゃんの出番ってわけ」


「お前がこいつを連れてこいと言ったのはそういうことか」



 何の──話をしているのだろう。

 背筋がぞくりとして、ひなは湯のみを固く握りしめた。

 こちらを見る二人の視線が──怖い。

 そうだ。忘れていた。なぜ忘れていたのか。

 獲物をひたと捕らえるかのような黒い眼。黒埜という人は、怖いのだ。そして銀狐という男も得体が知れない。

 この人たちは、自分に──

 何をさせようというのだろう?



「……あの、私……」


「事情は呑み込めた」



 言い出す前に、二人の視線がついと逸れた。



「お前に手を貸すのは少々癪だが」


「照れちゃって」


「……まずはその家を見てみないことにはな」


「そうこなくっちゃ!」



 残りの団子を一息に平らげると銀狐は立ちあがり、



「今度こそお化けが出るといいなぁ」



 そう言って、にやりと笑った。




ブックマーク、☆で応援いただけると励みになります!

WEBTOONコミック版→https://www.cmoa.jp/title/270928/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ