奥の間の怪異 2
まともとは、どの程度を言うのか。田舎育ちにはさっぱりわからない。戸惑うひなを振り返りもせず、黒埜はさっさと行ってしまう。
きぬを探して台所へ向かおうとすると、ちょうど向こうからやってきた。
「あれ、おひなさん、こんなところに」
そう言って目をぱちぱちとさせる。どうやらあちらでもひなを探していたようだ。
「どうかしましたか……?」
「いえね、先ほどお客さんがいらっしゃったんですよ」
「……私に?」
「ええ。でも、おひなさんの姿が見えなかったもんですから。すぐ玄関に引き返したんですけど、そしたらそのお客さんもいなくなってしまって」
何だったんでしょう、と眉をひそめる。
「どんな人だったのですか」
「ええ。こう言っちゃ悪いけど、粗末な身なりのね。若者でしたよ。ちょうどおひなさんと同い年くらいかしら。同郷の者だと言っていましたよ」
──平太……?
ひなは驚いて目を見張った。同郷でひなを訪ねてくる若者など、平太以外にはありえない。
──私を追いかけてきたの?
どうしてここがわかったのか。この広い都で、屋敷を探し当てるのは難しかろう。
それに。
──私を訪ねて、どうしたかったのかしら……。
まさか連れ戻そうというわけでもあるまい。あの村にひなの居場所はもうない。
直接尋ねるより他はないが、肝心の本人が消えてしまった。
「お知り合いだったんですか?」
「ええ、たぶん……故郷の幼馴染だと」
「まあ。それじゃ、遠いところからおいでになったのねぇ」
待っていてくれればお茶の一杯もお出ししたのに、ときぬはため息をつく。
どうして消えてしまったのだろう。本当に平太だったのだろうか。
いいや──
ひなは小さくかぶりを振った。
考えても仕方のないことだ。もし平太だとしたら、きっとまた訪ねてくれる。
「おきぬさん」
「なんですか?」
「出かけることになったのですが、どんな格好をしてよいかわからなくって……」
「あら、どちらまで?」
「黒埜様は、商家だと」
「お仕事ですね?」
「はい」
「そうですか──」
途端に。
打って変って、きぬの両目がギラリと光ったような気がした。
「お、おきぬさん……?」
「なるほど、お相手は商家ですか。ではそれほど格式ばった格好でなくてもよいでしょう。着物の柄は……ううん、御髪はどうしようかしら……。簪? 塗りの小櫛も捨てがたい……。化粧もしましょうね。おひなさんはそのままでも美しいですけれど、ちょっと紅をひくだけでずいぶん違いますから」
「あのぅ……」
「旦那様がお小さいころはねぇ、そりゃ色とりどりの着物やら、飾りやらをお召しいただいたもんですよ。まるで姫君のように美しくってねぇ、本当に見事なもんでした」
「く、黒埜様が?」
「ひさびさにこのきぬの出番というわけですね。腕が鳴ります! ええ、鳴りますとも!」
「は、はぁ」
興奮して頬を赤らめるきぬに、おどおどしながらうなずく。
『わからなかったらきぬに聞け』
そう言って振り向かずに行ってしまった黒埜は、もしかして、ひそかに笑いを堪えていたのではなかろうか──
じりじり迫ってくる両手に怯えつつ、ひなはふとそんなことを考えた。
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