気遣い魔王 やらかす
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魔界・魔王城、玉座の間。
「――ハハハ! この世のありとあらゆる幸せな方の夢を握り潰し、幸せな方の希望という希望を根絶やしにしてやる!」
全て、言い方が肝心である。
『私の悪夢を消し去ってくれるの?』と喜ばれては、最悪最凶の魔王たりえない。
『よかった、ボク死にたいんです』と言う奴を殺しては、望みを叶えてしまういいヤツになってしまう。
100%悪でいるのも、地味に気遣いが必要なのである。
「出たな、魔王め!」
玉座に座る、そんな魔王の前に居並んでいるのは、当代の勇者パーティの人間たち6人。
「………」
ちらと見ただけで、魔王は閉口する。
……はぁ、まただめか。
こいつら、育ちが悪すぎる。
魔王交代できるはずの今日を、心底楽しみにしていたのに。
これでまた、次は50年ほど先か……トホホ。
いつになったら、ちゃんと倒してもらえるのだ?
もう魔王で待ち続けて1500年なのだが……。
そもそも、一体誰が魔王なんて役をやりたがるのか。
鬼ごっこだって、毎回同じやつが鬼になっていたら、いじめでしかないはずだ。
「聞け、人間ども」
しかし、そんなことはおくびにも出さない。
背筋を伸ばし、ラスボスらしく堂々と立ち上がる。
まるで魔王であることを誇るかのように。
「よくぞここまで来たと褒めてやろう」
本当は茶の一杯でも出したいくらいである。
それこそ50年ぶりの来客なのだから。
「おい魔王、確かにここに来るのは大変だったぞ!」
「……そうか」
魔王の失望が止まらない。
嘘でもいいから楽勝だったと言え。
「誠に残念だが、貴様らはここで全員死んでもらう」
つい、前置きが本音になってしまう魔王がいた。
「魔王、俺たちはかつての勇者たちとは違うぞ」
「なに」
魔王がピクリと眉を揺らす。
その目が一瞬、期待で輝いていた。
「勇者の俺は獄炎の巨人のゴールドレアを手にしているんだぜ!」
「……ほう」
魔王がその顔に笑みを浮かべる。
しかし。
……こいつ、何も変わっとらん。
ゴールドレアが素晴らしいのはわかるが、『Epic』クラスを自慢してどうする。
せめて『Legend』を掴んでこいとあれほど。
「よかろう。楽しませてもらおうではないか」
だが魔王は来客に調子を合わせる。
はるばる来てくれた彼らをやる前から失望させるのも、なにか悪い気がしたのである。
「貴様をぶっ殺して死んだ後も斬り刻んでやる!」
「血反吐を吐いて、死にさらせぇぇぇ――!」
正義側とは思えぬ言葉を吐き、勇者たちが様々なスキルを発動させ、襲いかかってくる。
魔王は人知れずため息をつき、意を決する。
わざとやられることはできない。
わずかでも力を残して倒された場合、魔王は余力で起死回生スキル【時間逆流】を自動発動する。
そう、時間が戻り、最初から彼らとの戦いをやり直しさせられるのである。
◇◆◇◆◇◆◇
「くそ……こんなはずじゃ……」
這いつくばったまま、そう呟く勇者にとどめをさす。
こいつが最後の一人であった。
「あーあ……」
待ち続けた今日という日、一瞬で終わってもうたよ……。
うなだれる魔王。
その背中は、物寂しい。
いや、仕方がなかった。
今回はどうあがいても、負けられる気がしなかった。
また50年待ちか……何して過ごそう。
「ふぅ」
ダレるのは後にして、ひとまずやるべきことをさっさと終わらせねば。
「失礼する」
魔王は倒した勇者たちの乱れた身なりをそっと整え、丁重に運んで5人並べると、しばし黙祷を捧げた。
「来てくれて本当にありがとうございました」
魔王ゆえ、彼らと敵対し戦わねばならぬは定め。
そんな定めだからこそ、魔王はせめて、心は彼らと誠実に向き合おうと決めていた。
「【完全復活】」
その後、静かにひとりずつ、復活の儀式を行う。
輝かしい光を受け、最初に生き返るのは、勇者。
「……むにゃ……?」
「おお勇者よ 死んでしまうとは なにごとだ」
いや、くだらないことを言ってないで、さっさとやらねば。
寝ぼけている勇者に【眠り】を与えて行動の自由を奪っておき、記憶を失わせる魔法をかける。
これも、一人ずつ。
「皆さんお疲れ様でした。とても強かったですよ。もう少しでしたね」
生き返り、すやすやと寝息を立てている5人を見下ろしながら、魔王は今一度、ここに来てくれた感謝の気持ちを丁寧な言葉で伝えた。
生き返らせた理由は他でもない。
魔王討伐を失敗した勇者パーティが受ける、44年と99日にも渡る『地獄の苦難』を逃れさせるためである。
神どもは自分たちを失望させた勇者たちに苦しみを与えんと、わざわざ冥界に出向いてくるのである。
「本当はこのまま地上に戻って余生を過ごして頂きたいのですが……あなた方の神が許してくれないのですよ」
魔王は続けて輪廻転生の儀式を準備し始める。
以前に一度、蘇生させた後に、そっとそのまま地上に送り返したことがある。
はるばる来てくれた彼らへの感謝の念があふれてしまい、そうしたのである。
――家族や最愛の人と再会し、さぞ幸せな時間を過ごしているであろう。
魔王はそんな彼らをひと目見たくてたまらなくなり、翌日、配下に地上の様子を見に行かせた。
しかし、実際は違った。
彼らは全員もれなく八つ裂きにされ、見るに耐えぬ状態で息絶えていた。
この殺し方が誰の仕業か、魔王は知っていた。
そう、神どもが勇者たちを殺し、『地獄の苦難』に連れたのである。
「だから、こうさせて頂きますね」
彼らのための最善はここで転生させること。
これにより、罰しようとやっきになっている神々が勇者たちに完全に手出しができなくなるのである。
また、生きたままの転生にはもうひとつメリットがあり、勇者たちは今の能力値をある程度保持したまま転生できる。
他の人間からもっと優秀な者が誕生するかもしれないが、ここで彼らのような逸材(でもないが)を失うのは惜しい。
一日でも早く倒してもらうために、できることはやっておく。
「フリアエ、あれも頼む」
魔王は胸骨のところに女の顔を出現させ、その口に【隠れ蓑】の魔法詠唱を同時並行させた。
アホ神どもに見つからぬよう、念には念を入れて、隠れ蓑転生させるのだ。
「さぁ皆さん、これで『地獄の苦難』は避けられると約束しましょう。よかったですね」
魔王は我が事のように嬉々として言った。
やがて、【輪廻転生】の儀式が成功すると、勇者たちの体が微光に包まれる。
まあ今すぐ転生させたところで、順番待ちがあるから生まれるのはしばらく先なのだが。
「次回、またあなた方から選ばれることを願っておきますよ……おや?」
微光を放って寝ている彼らをもう一度眺め直して、ふと気づいたことがあった。
……あれ? 5人で合ってた?
落ち込みすぎてて、ちゃんと確認してなかった。
気のせいか……?
あいつら、6人で来たように見えたが……。
アホ顔で呆けていた、その時であった。
「……魔王が、どうして『蘇生』を……」
驚きに染まった女の声が、魔王の間に響く。
「………げ」
蒼白になった魔王が振り返ると、そこには、『リュンクスの輝衣』を身にまとった人間の女が立っていた。
「……このお優しい方が、本当に、悪魔の王……?」
女は乱れた黒髪をそのままに、呆然と呟く。
「ち、ちちち、ちがう」
魔王はしどろもどろになる。
しかし女は曇りのない瞳で、まっすぐに魔王を見ている。
「仲間の衣服を直して、優しい言葉までかけて……」
そう、魔王は裏の顔を全て見られていたのであった。
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