聞き込み
サクラ教団の施設に入り三人が言われた場所で待っていると、ショートボブに髪を整えた女性やってきた。
「先ほどインターフォンでお話しした、北上刑事でいらっしゃいますか?」
北上は頷いた。
警察であることを示して、二人は捜査協力者で名前が明かせない旨を説明した。
「……そこの公園で殺人があったのはご存知でしょう。目撃情報がないか聞き込みをしているところでして」
女性は胸の前で手を重ねており、軽く会釈した。
「そういうことでしたら、ご協力いたします。ただ施設内は案内できないので、中で働くものをこちらに一人一人連れて参ります」
北上は建物の奥の方に目を向け、言った。
「全員の話が聞けると嬉しいんだけど」
「もちろん全員を順番に連れて参ります」
「ここ、議員さんがいるよね?」
女性は首をかしげる。
「議員…… ですか?」
「角田議員って言ったかな。いるでしょ?」
「いいえ」
女性は軽く首を横に振りながら答えた。
「警察に嘘をつくのは良くないよ」
「サクラに誓って、嘘はつきません」
女性は振り返りながら、壁に付いているサクラの花を形取ったオブジェを手で示した。
サクラの花びらの中央には多角形にカットされた透明なクリスタルが嵌め込まれていて、キラキラ光っている。
「サクラに誓う?」
「ええ」
北上は小さく、そして何度も頷いた。
「……わかった。全員とお話ししたいから、どこか場所をお借りできませんか」
「そちらの衝立で囲まれたテーブルを使ってください。こちらに連れて参ります」
そう言って女性は建物の一角を示した。
「ありがとう。少しだけ時間をくれるかな。そうだな、三分。三分後から始めたい。よろしいですか?」
「承知いたしました」
女性が一度建物の奥に下がっていくと、北上たちは衝立で仕切られたテーブルに座った。
「いいか、悪霊が憑いている人間が来たらサインを送るんだ」
「何ですか?」
「何でもいい。右手で左肩に触れてから、こんな風に鼻を触るか?」
行った通り、野球のブロックサインのような仕草をして見せる。
「左肩に触れなかった時は何でもない人間だ。相手にバレないように常に似たような仕草をするんだ」
試しにフェイクのサインをいくつか示した。
「難しいな」
「俺が見逃した時のために、梁巣も堂島のサインを見ておくんだ」
梁巣は椅子に反り返るように座り、頭の後ろで腕を組んだ。
「無理無理。そういう集中力ないんだよ俺」
「お前にはこの言葉を送ろう『考えるな! 感じろ!』」
「……」
準備が整うと、ショートボブの女性が声を掛けてきた。
「よろしいでしょうか」
「お願いします」
一人目に連れてきたのはスーツを着た細身の中年男性だった。
髭はきれいに剃って、髪も撫で付けられていてスキのない人物だった。
「私は警視庁の北上宗介と申します。お名前をお聞かせください」
「私は本館の館長をしております。長澤義満と申します」
堂島が何かサインを送っていた。
「そこの公園で夕方六時ごろ、殺人事件がありまして。その目撃情報を集めているんです」
「申し訳ございません。なんの情報も持ち合わせておりません」
「六時ごろはどちらに」
「館内の事務室におりました。おはなしされたかと思いますが、山下も同じ事務室に」
後方の事務室の方をチラ見するように首を動かした。
「そうですか」
長澤は立ちあがろうと中腰になる。
「よろしいですかな。もう帰宅する人間もいるものですから急いで欲しいんです」
「ちょっと待ってください。一つ質問が、角田議員はいらっしゃいましたか?」
「演説の前後に飲み物を召し上がりに立ち寄っただけです。お忙しい方ですので」
言葉には惑いや躊躇いのようなものがない。あまりに澱みがないのは、それはそれで怪しい。
北上は何か隙がないか全体を考え合わせるが、証言に穴はなかった。
「……」
「よろしいですかな」
「ありがとうございます」
北上は立って会釈をした。
ショートボブの山下さんが、次に連れてきたのは中年の女性だった。
髪は肩まで伸びていて、顔などと比較して手の指の皺が非常に多かった。
普通に見えたが、北上が座るように促すと、女性はいきなりスカートのポケットからスマフォを取り出した。
「ババアは用無しだ、賞味期限切れだ、ブス、死ね。てめえらふざけんじゃねぇぞ」
女性は自分のスマフォに向かってそう言った。
驚いた北上はチラッと堂島を振り返った。
堂島は無反応だった。
「くっそ、テメェ無視してんじゃねぇぞ。クソババアだと思って馬鹿にすんな」
北上は困惑しながら訊いた。
「あの、何をおっしゃっているのでしょうか」
「……」
女性はスマフォをしまって正面を見ている。
目の焦点は北上を通り越して、奥の壁かさらにもっと遠くを見ていた。
「私、警視庁の北上と申します。お名前をお聞かせください」
「泊渚」
そう言うなり、またスマフォを取り出すと、スマフォに向かって喋り出した。
「渚ってツラかよ。名前は外見と違ってきれいだな。年齢が進んだことを考えずに名付けた親が悪いな!」
良く見るとスマフォは内側のカメラ映像になっていて、自らの顔が映し出されている。
「渚さん、夕方、そこの公園で殺人事件があったことはご存知ですか? 何か不審者や、普段と違うことに気づかれませんでしたか?」
北上はとにかく早口で説明した。
「馴れ馴れしいんだよ。いきなり名前呼びかよ。早口で全然聞き取れねぇ」
スマフォをしまったので、北上は再び口を開く。
「あの……」
「何も見てません。私は仕事で忙しくて事務室から出ていません」
北上が話そうとするところを遮り、話し切ると立ち上がった。
「……」
立ち上がって事務室の方へ戻っていくが、北上は止めなかった。
立ち上がって、会釈をした。
「ありがとうございました」
泊渚は終始、北上と目を合わせようとしなかった。
山下さんに次の人を待ってもらうように言ってから、堂島に確認する。
「今の人には、憑きものはないのか?」
「いいや。あれは精神病だろ」
と堂島。
「ネットのコメント欄みたいな女だな」
と梁巣が言った。
北上は一人一人顔を見てから言う。
「二人とも、二度とそう言うことをこの中で言うなよ」
その時、教団施設の正面のオートドアを叩くものがいた。
時間も遅く正面は閉まっていた。
「ここを開けてくれ。俺を助けてくれ」
変なことを言うと思い、北上は立ち上がって正面ドア側に進み出た。
オートドアにべったり顔をつけていて、顔ははっきりわからないが、男性のようだった。服は擦り切れていてボロボロで、髪と髭が伸び放題で長いままだ。オートドアのわずかな隙間からアンモニア臭が入ってきた。路上生活者だろうか。
背後に気配を感じて振り返ると、そこには山下さんが立っていた。
困惑したように口元を手で隠すと、すぐに奥に戻っていった。
しばらくすると館内に警報音が鳴った。
「えっ?」
轟音と共に、ガラスの破片が北上の足元に波飛沫のように広がった。
あまりに突然で状況がわからなかったが、オートドアの取り付け枠ごと、内側に倒壊したのだ。
そこに長髪の男が立っている。
また背後に気配がする。
「北上さん、そいつには何か憑いてる」
堂島が言うと、横で梁巣がニヤリと笑う。
「……俺に任せとけ」
北上は堂島に手を引かれて後ろに下がると、梁巣がファイティングポーズをとった。