召集
「もう夜よ。こんな時間からどこいくの透?」
階段を降りたところで、堂島の母は、待ち構えていたようにそう言った。
母は五十を超えていたが、美魔女と言って良いほど若々しい風貌だった。
「ちょっと出かけるだけだよ」
「誰のところ? もしかして、この前の『丸山』さんとかいう女性?」
そう言うと母は、変にニヤついた。
「そうなら、もっと着るものを変えた方が」
堂島透はいつものネルシャツを着ていた。母は透の両肩を摘んで持ち上げた。
「いいんだよ」
「そう。たまには違う服でもいいんじゃない」
「急いでるんだ」
透はそう言って会話を終わらせ、家を出た。
近くの曲がり角の先で、見覚えのある車が止まっていた。
堂島透は近づいていくと、車の後部座席に、黄色に黒のラインが入ったジャージが見えた。
「よお」
窓から顔を覗かせたのは梁巣だった。
助手席側の窓も下がると、女性の声が聞こえた。
「堂島さん、後部座席に乗って」
梁巣が扉を開けてくれて、堂島は後部座席に座った。
車が走り出すと、堂島は訊ねた。
「丸山さん。何があったんですか?」
「殺人事件があった公園に来てほしいという依頼よ」
「殺人事件ですか……」
丸山は赤信号で車を停止させた。
「例のカオナシの犯行みたい」
「カオナシ? 何だそりゃ」
梁巣は『カオナシ』と言う言葉を聞いていないらしい。
「北上さんが担当している事件で、犯人の顔が監視カメラに映らないらしいんだ」
「……霊がついてるってことだな」
「しかも相当質の悪いヤツだ」
梁巣は首を傾げた。
「質がいいからそういう能力があるんだろう?」
「性能はいいかもしれないが、性格が最悪だってこと」
堂島がいうと、梁巣は笑った。
「そりゃ悪霊だから、性格はどれもこれも最悪だよ」
車は走り出す。
丸山は車を運転しながら、時刻を見て車のテレビのスイッチを入れた。
「何ですか? 僕見たくないんですけど」
堂島はルームミラーに映る丸山を睨みつける。
「ちょうどニュースの時間なの。今回の殺人事件、ニュースで流れるわよ絶対」
「……それはこのニュースを見ろということですよね」
「ニュースだけでいいから」
堂島はムッとした表情のまま流れるニュースを見た。
ニュースでは殺人事件の前、近くで行われていた保守党の街頭演説の映像が流れた。
『殺人事件があった公園では、昼間、保守党の角田議員の街頭演説が行われており、関係者は今後の警備体制の強化を警察に求めていく方針です』
「この男か……」
「えっ? ちょっと待って」
丸山はハザードランプをつけて、車を端に寄せた。
ニュースが終わると、テレビを消した。
「この男って、まさか演説してた保守党議員のこと?」
「今のニュース映像に殺害現場の映像はなかった。直前に公園で行われた演説のことをやっていた」
丸山はスマフォを操作しながら、言った。
「ねぇ、真面目に言ってる?」
「当たり前だろ。そのために金もらって、呼ばれてるんだし。この議員に憑いているのは間違いない」
丸山はスマフォを後部座席の堂島に見せる。
「本当に、この人だよね」
堂島は頷いた。
「知ってるかわからないけど、この人、保守党の党首になろうとしてるんだよ。次期の下院の選挙があったら、首相になる可能性もあるんだよ?」
梁巣が割り込む。
「首相になるかどうかは関係ないだろう。そいつに憑いているか、憑いてないか。それだけだ」
「そんな霊がついてる人間が首相になったらヤバくない?」
「だからテレビとか見たくないんだ」
堂島は言った。
「気持ちわるくなる」
スマフォの着信音が鳴ると丸山が画面を見る。
「北山さんからだ」
操作をするとスマフォを耳に当てた。
「もしもし?」
『まだか』
丸山はナビの画面を見て言う。
「あと二十分。混雑状況によっては三十分ってところかしら」
『わかったが、急いでくれ』
「ちょっと情報があるんですけど」
丸山は堂島に電話を代わるように目配せした。
『何だ』
「堂島くんに代わります」
スマフォを受け取ると堂島は言った。
「さっき公園で殺害されたニュースがあったんですが、ニュースに映っていた議員、そいつは『霊』がついてる」
『何、そいつが殺った可能性があるっていうのか?』
「可能性はあります」
『わかった。まだそういうレベル何だな。殺人事件なんだから、確証が必要なんだ。とにかく早く来てくれ』
そのまま通話が切れた。
堂島はスマフォを丸山に返そうとしたが、車は動き始めていて受け取れない。
「スマフォ」
「持ってて。着信が北上さんの時は、君が出ていいから」
ナビを見ながら車は首都高に入った。
公園近くの駐車場に停めると、三人は公園の中に入って行った。
鑑識や制服の警察官がゾロゾロ引き上げるところに出くわした。
「やっと来てくれたか」
「お待たせしました」
「早速だが、そこの建物で聞き込みするから着いてきてくれ」
北上が指さした場所を三人が同時に見た。
そこには特徴的な円錐形の屋根の建物が建っている。
丸山が言う。
「サクラ教団。保守党の支持団体じゃないですか」
「あの中にさっきの議員がいるってこと?」
「さっきの議員ってのは……」
北上は拾ったものなのか、ポケットからクシャクシャのチラシを広げる。
「これか? 角田議員」
三人は頷く。
「そいつが犯人なら丁度いい。今建物に入れば、何か証拠が見つかるかもしれない」
「私は外にいていいですか」
丸山がそう言った。
「どのみち二人を連れていくから、聞き込みが終わるまで帰れないぞ」
「ええ。そこらへんで書き物してますんで」
「わかった」
北上たち三人がサクラ教団の施設へ入っていくのを見ながら、丸山はサクラ教団の施設を見上げた。