守護者
北上は丸山にまた金を渡して、霊能者を探してもらうことにした。
一方で、堂島を連れて、大学生殺人事件の現場周辺の捜査に出かけていた。
「犯人だって、突然、それも白昼堂々と殺しはしない。俺と離れなければ大丈夫だ」
「だと良いんですが」
堂島はキョロキョロと周りを警戒しながら歩いてた。
北上は堂島がさっさと歩かないので、苛立っていた。
「車で回るか?」
「ええ」
突然、堂島は立ち止まった。
「北上さん、ぼ、僕の真後ろ」
「なんだ? 誰もいないぞ」
膝が震えている。
「建物があります? よね」
額には汗が垂れてきた。
「ああ、あるな。サクラ教団の施設が」
「ああ、それだ…… 僕はもう帰っても良いですか」
「なんだ突然」
北上は堂島の腕を捕まえた。
「わかったじゃないですか。犯人の居場所。サクラ教団の施設ですよ」
「だめだ。教団の信者が一体何人いると思ってるんだ」
「僕はもう振り返らないので」
背後からのプレッシャーが強い。
「建物から視線を感じるってことか?」
「そんな感じです。いますよ。強いです」
北上もなるべく施設側を見ないようにして、会話をする。
「入ってみよう」
「僕は嫌です。僕がいなければ、北上さんは被害者と同じように処理されちゃいますよ」
「だから、一緒に来るんだ」
掴んでいる腕を引っ張ると、堂島は体を揺すって抵抗する。
「いやです!」
堂島は教団施設に顔を向けないように、走った。
走って逃げて、通りの曲がり角で息をついた。
「待てよ。警察はお前を逮捕、勾留することもできるぞ」
「どんな罪状ですか」
「どんなことでも」
堂島は北上の顔を睨み返した。
「脅しですか。そんなことされたら僕だって訴えますよ」
「まあ、落ち着け。何が欲しい。金か?」
「いいえ。お金はいらないです。命の安全が欲しいです」
堂島は自分自身を抱きしめるように腕を回した。
「その丸山に探してもらっている霊能師がきたらやるか?」
「……そんなの、その人の力次第ですよ」
堂島は周りを確認して、喫茶店を指さした。
「あそこでコーヒー・フロート奢ってください」
「またか」
二人はそれぞれの注文を持って席に座った。
「そんなに怖いのか。いくらなんでも、誰かが見ている前で人を殺したりはしない」
「顔を覚えられたら、いつ襲ってくるかわからないじゃないですか。北上さんが年中見張ってくれるわけじゃないし」
堂島はキョロキョロと周りを見回しながらいう。
「相手は人の天敵なんですよ。天敵。どんだけ頑張っても敵わないんです」
「だから、この国は法治国家で、俺たち警察官が」
北上は堂島の様子が変なことに気づいて話を止めた。
ネルシャツの胸を握り締め耐えるようにじっとしている。
来たということなのか。この中にいるということなのか。
北上は冷静に視線を動かして確認する。
新聞を虫眼鏡で見ている爺さん。大声で会話するおばさん二人。大股を広げて複数の席を占有するおじさん。そこら辺はさっきから居たな。新しく入ってきたのは……
まだ学生だろうかという若い女と年季の入ったスーツの男が談笑している。この二人か、今、レジに並んでいる髪の長い不潔な感じの男。あるいはさらに後ろで独り言を言っているおばさんだろうか。
「どんな感じの奴だ。言葉で言ってくれ」
堂島は左手で口に手を当てた。
北上は助言する。
「返って目立つぞ」
聞こえていないようだった。
北上は続ける。
「息してるか?」
立ち上がっていう。
「不味いな。背負ってやるから、ここを出よう」
堂島は小さく頷く。
堂島を背負って、北上は店を出た。
大人の男が大人の男を背負っていると、かなり目立ってしまって周りの視線が集まった。
北上は休憩しながら、駐車場についた。
車に堂島を寝かせると、北上はもう一度さっきの喫茶店に戻ろうと思って車を離れた。
駐車場内を歩いていると、後をつけてくる男がいる。
北上は見通しのいい場所をしばらく進み、振り返った。
「!」
肩まで伸びた長い髪をして、スーツ姿の男だった。
目には大きなサングラス。口元は黒いマスクで顔つきはわからない。
体格は北上とさして違いはない。
そいつとの距離は十分ある。十メートル、十五メートルは離れている。
「君、俺をつけてるのかな?」
男は何かを投げつけるように腕を振った。
それが何か、北上には見えていない。
「避けろ!」
知らない人の声。
直感が、その声に従えと言っていた。
しかし北上は一瞬、反応が遅れた。
右に避けかけたところに『何か』が飛んできた。
左の肩が後ろに飛ばされ、北上はひっくり返ってしまった。
「えっ?」
激しい痛みに見てみると、シャツの袖があちこち切れ、血まみれになっている。
「腕が!」
痛みと驚きで、北上は叫んでいた。
冷静な声がどこからか響く。
「大丈夫、もげちゃいないから。車の影に隠れて」
北上は左腕を押さえながら、車の影に身を潜めた。
そして、車体の下から様子をうかがっていた。
「そんな危なっかしい霊、どこで降霊したんだ」
北上はさらに奥に一人、誰かがやってきたのを見た。
「黙ってろって命令されているのか。じゃ、そいつに憑けられたんだ」
二人の距離が縮まっていく。
が、その距離は接触するほど近づかない。どうやっても手も足も届かない。
「!」
北上にそうしたように、何かを投げつけるような仕草をすると、男は避けた。
当たらないせいで、何度も投げつけ始めた。
男が避けると、車のヘッドランプが割れた。
「マジか」
北上は自分の左の肩や腕を見直した。
また音がすると、駐車場が暗くなった。
明かりを壊したのだろう。
「そんなところかな。反撃させてもらうぞ」
遠くに見える男が、虚空を蹴った。
すると、長髪サングラスの男は、くの字に曲がり、吹き飛ばされた。
男は北上の横で仰向けに倒れている。
「イタタタ」
サングラスは、倒れた拍子に外れたのかなくなっている。
「大丈夫か?」
北上は長髪の男に声をかけた。
「救急車呼んでください。背中と腹が死ぬほど痛いです」
「あ、ああ。わかった」
絶対に届かない距離から蹴ったにも関わらず、男は蹴り飛ばされた。
北上は、蹴りを繰り出した男を見た。
黄色に黒いラインの入ったジャージの上下を着ている。
髪は針のように固めて、立ち上げてある。
「もう正気に戻ったな」
そう言うと男は踵を返して走り出した。
「ちょっと待て」
北上は追いかける。
程なく、黄色のジャージの男は息が上がって北上に追いつかれてしまった。
振り返った黄色ジャージはファイティングポーズをとる。
そして、予備動作なしからのジャブ。
北上は思わず手でそれを受け止めようとしてしまった。
マズい。さっきの蹴りから考えて、この男は格闘家だ。
ジャブとはいえ、ものすごい威力のはず。
「?」
手に収まったパンチは、子供のものかと思うほど力弱かった。
そのままの勢いで、北上はその拳を握ってしまう。
「痛い痛い」
さっきとは別人のように弱すぎる。
北上は思わず口に出していた。
「さっきの蹴りはなんだったんだ」
「なんだよ、助けてやっただろ。今度は俺を助けてくれよ」
「だめだ。お前には話がある」
警察であることを明示すると、黄色ジャージの男は驚いたようだった。
「さっきの蹴りのことは黙っててやるから」
北上は自分の車に男を乗せた。
「そこで待ってろ」
北上は救急車を呼んで蹴り飛ばされて怪我をした男の処置をした。
サングラスを拾って渡すと、男は『それは自分のものではない』と言った。
蹴り飛ばされた勢いで背中を擦りむいているのと、腹部に痛みがあるので、病院で検査を受けるということだった。地元の警察もやってきて事情を聞かれたが、北上は終始こう答えた。
「何があったのかはわからないんだが、倒れている状態で発見した」
警察や救急がいなくなってから、北上は自分の車にゆっくりと戻った。