強行的侵入
梁巣たちが戦っている中、公園にタクシーが近づいてきた。
タクシーの乗客は、堂島と藤井だった。
公園の案内板を見ると、タクシーの運転手は言った。
「もう閉園しているからここで降りて」
「えっ、そんな、一方的すぎる」
「ほら、そこの案内板見てよ『今日の開放は終了しました』って書いてあるでしょ」
運転手は車を止めてメーターを見ると、言った。
「ほら、この端数はおまけで、三千きっかりにしてあげるから」
堂島は納得いかない表情ながら、お金を支払うとタクシーを降りた。
先に降りていた藤井が言う。
「入口の門扉も閉じてますわね」
「門扉の中の小さい扉は開かないのかな?」
堂島は公園の入口に近づいていくと、門扉についている小さい扉のハンドルを回して、前後に押し引きしてみた。
扉はわずかに動くだけで開かなかった。
「藤井さん、鍵開けれないの?」
藤井は背後を気にしていた。
「力を使って鍵開けはできますが、ここから入るのはリスクが高いですわ」
そう言って目線を後ろに流す。
堂島が藤井の後ろを見ると、ここは人通りが多すぎて目立ちすぎる。
「かと言って、他に入る方法がないじゃない」
「公園の囲いに沿って歩いてみましょう。もっと良い方法が見つかるかも知れません」
「良い方法ねぇ」
堂島は首を傾げていると、藤井はさっさと歩き出していった。
それに気づいて、慌てて追いかける。
堂島はいつものネルシャツだった。
藤井は白いブラウスに赤いキュロットスカートを履いている。藤井は服こそ毎回違うのだが、色のコーディネートはいつも白と赤だった。
囲いに沿ってしばらく進むと、公園からはみ出している木々で暗く、道も細くなって人通りが減ってきた。
「思ったと通りですわ。こちらなら気づかれないでしょう」
「けど扉があるわけじゃないし」
「梁巣さんが訓練している術を使えばいいのです」
「えっ? 梁巣さん、ここにいないけど」
振り返った藤井は怒っていた。
「私は梁巣さんから少し教わりました」
「『気』を引き出すってやつ?」
「そうです。性質を変えることができるんです」
「……」
堂島には、どういう性質の変化を起こして、この公園の中に入ろうと言うのかまではわからなかった。
「ほら」
藤井に腕を引かれると、公園を囲っている金属の柵に近づいていく。
柵は高く、四、五メートルはあり、乗り越えられるものではない。
「どうするの?」
「いいから」
柵に近づくと堂島は柵を背中にして押し付けられた。
「えっ?」
「ほら、雰囲気出して」
よく考えると、堂島と藤井の距離は異常に近かった。
今まで意識しなかった玲香のことを堂島は『異性』として意識してしまった。
まさか、自分のことを好きなのだろうか。キスをするのだろうか。
藤井が目を伏せて、呼吸音が聞こえてくると、堂島の鼓動は速くなった。
目の前で見た藤井の肌は、みずみずしく、肌理が整っていて、目鼻などのバランスが美しかった。
気持ちが高まってくると、藤井の手が堂島の肩に掛かった。
キ、キス……
そう思って口を近づけたつもりが、急に背後の柵の反発力がなくなった。
「えっ?」
背中から倒れそうになるので、思わず体を捻って立て直す。
公園の外にいたはずだ。堂島はそう思って振り返った。
藤井が柵の金属柱を『手で開いて』中に入ってきた。
柵を形成している金属柱は、まるでゴム紐のように伸び縮みしている。
藤井が通りすぎると、柵は震えながら元の形に戻っていく。
「どういうこと」
「柵の性質を変えたのよ」
藤井は後ろを指さして言った。
「違うよ! 『雰囲気出して』ってどういう意味だよ!」
「なんだ、そっちのことですか。退屈だったので揶揄ってみたかったんです」
「てっきり、キ……」
真っ赤な顔をして言いかけ、やめた。
藤井は堂島のことなど見ていない。スマフォの地図で位置を確認している。
「ほら、急ぎますよ。梁巣さんが無茶するのも心配ですが、丸山さんが連れされたら大変です」
藤井は走り出した。
いや、無視かい…… と思いつつも、堂島は走って後を追った。
藤井は連絡があった位置に近づくと、そこには黒いスーツの男が二人倒れていて、黄色いジャージの梁巣も倒れていた。もう一人、ボロボロの靴をはいた男が倒れていて、その近くに丸山が立っていた。光頭の男と、腹のでた男が丸山に近づいてく。
「来ないで!」
丸山が両手を前に突き出すと、光頭の男と、腹の出た男が倒れる。
二人はまるで、腹に強い蹴りを喰らったように、痛みで立ち上がれない。
藤井がびっくりして立ち止まった。
後ろから走り込んできた堂島は止まれずに、石畳で転んだ。
「何っ!」
「今、丸山さんが」
藤井はそう言って指さした。
「……そうか」
「どうしたの?」
「丸山さんが『力』を使ったのかと思ったけど、梁巣くんの力を、丸山さんを媒介させて出力したのね」
堂島は藤井が見ている方向を見て、寒気がした。
「いる……」
「透さん、何がいるのかはっきりおっしゃってください」
「見えない。黒すぎて…… けど、多分、角田議員」
藤井が梁巣や丸山の周りを見るが、角田の姿は見えない。
まだ相当遠くにいるのだろうか。
「距離は?」
「わからない、近くなのか遠いのか」
稲妻のように、一瞬、男の姿が公園に現れた。まだ遠い。
もう一度、ほんの僅かの時間だけ、姿を表す。
近づいてきている。
「角田だ!」
堂島は角田が来た方向にサクラ教団の円錐形の屋根を見た。
角田は黒いスーツの男に近づいた。
「除霊されてしまったか。もう一度戦う気はあるか?」
膝立ちになった男の髪を鷲掴みにし、無理やり自分の顔を見せている。
「返事もできんのか、あ?」
男の唇は震えていた。
「やれます。今度は倒します」
「よおぉし。降霊してやる。そこのハゲとデブにもな。残りの一人は、足を自由にしてやろう」
角田の体から黒い霧が広がり、髪を鷲掴みにされた男の、穴と言う穴に入っていく。
真っ二つに割れたサングラスが、黒い霧に引き寄せられるように浮かび上がると、修復されて男目鼻の位置に戻っていく。
また、一部の黒い霧の流れは、光頭の男と、腹の出た男に進んでいた。
腹を抑えて、床に倒れていたその二人は、黒い霧が入り込むと、ふらふらと立ち上がる。
角田からの黒い霧の流れが終わると、角田は拳を振り下ろす。
石で足が固められた場所が、爆発したように石が砕けた。
「……」
今になって気づいたように角田は堂島を凝視した。
「お前、坂田殺しの容疑者じゃないか。なんでこんなところに出てこれてるんだ」
「なんでそんなことを知っているんだ」
角田は髪を掴んでいた手を離した。
「勉強が足りないな。警察は所詮『行政機関』だぞ。そして俺は『行政のトップ』」
「嘘をつけ、お前は、まだ内閣総理大臣じゃない」
「歯向かうならどうなるのか、お仕置きしてやったつもりなんだが。まだ痛みが足りないか」
梁巣がフラフラ立ち上がってきた。
そして角田に向かって言った。
「お前こそ、俺たちに倒して欲しそうだな」
「……」
梁巣はベラベラと話を続ける。
「完全に悪霊に心を奪われていれば、俺たちの回復を待たないし、自らの手でトドメをさしにきたろう。それをしないということは、まだ何かしら人の心があると言うことだ」
「内閣総理大臣が、直接手を下すわけには行かんからな」
「ふん、言い訳だ」
角田の拳は『怒り』かそれに相当する感情で震えていた。
「ふん。挑発されても直に手は出さない」
堂島が言う。
「そいつらをけしかけて、やらせているなら、罪は同じだ」
「残念ながら、そんな証拠は、どこにも残らない。さあ、時間だ、素晴らしい報告があることを期待しているぞ」
そう言うと、やって来た時と同じようなスピードで角田が消えた。
髪を掴まれていた男が、角田がいた位置で立ち上がる。
そして乱れた髪を右手の一回で整えると戦闘態勢をとった。
「失敗は許されない」
「さっき失敗した癖に」
梁巣は肩を抑えながら、そう言った。
「体はボロボロのくせに、口だけは減らない男だな」
「俺も二度と足を取られるようなドジは踏まないぜ」
黒いサングラスの男が二人、梁巣を狙って動き出した。
「こっちのネェチャン二人は俺たちでな」
「ああ、霊を授けて貰ったし。好きにやらせてもらうぜ」
丸山は怯え、藤井は闘志を燃やし身構える。
「……」
堂島は『僕は計算外か』と思って気持ちが落ち込んだ。
『大丈夫。あなたの胸には、私のサインがあるでしょう?』
突然、由依の言葉が聞こえて来た気がした。
堂島はネルシャツの襟元から下に着ているTシャツをチラッと覗き見た。




