マル暴
丸山は、監視カメラに『カオナシ』が映っている案件を調べ始めた。
公園の監視カメラ映像は、まだ『カオナシ』のままだった。つまり、この事件は坂田の犯行ではない。そして、事件の数時間前に角田の街頭演説があったことがハッキリしている。つまり、一番角田議員が容疑者になる可能性が高い案件と言えた。
丸山が公園で取材をしていると、ある人物に出会った。
肩掛け鞄が擦れるのか、左肩がやたら擦り切れた上着を着ていた。よく見るとズボンも、裾の綻びなど、まだ着続けるのが不思議なくらいダメージが入っていた。学生が履くような靴も踵の部分が潰れ、削れてしまっていて、スリッパのようになっている。
同じ靴、同じ服を着たままらしく、近づいてくるとかなり匂いがする。
「オネェさん、あの日の殺人事件を取材してんのかい?」
男は、丸山が様々な人に殺人があった日のことを聞いていると知って、近づいてきたようだった。
「俺は見たよ。いつもここらへんで寝てるからな。知りたいかい?」
梁巣が鼻を摘んでいった。
「なんだよ、おじさん、だいぶ臭さいな」
「悪いな。もう歳で、トイレに間に合わないことがあるからな。我慢してくれ」
「見たことをお聞きしてもいいですか?」
男は手を出してきた。
「金くれよ」
丸山は一番高額な硬貨を一つ取り出して、差し出された男の手に落とした。
「まずは、これで。もし途中で、価値がある情報だと思えば、追加で払います」
「ふん、ケチんぼだな。だが警察よりマシだ。警察は何も聞き出そうとしない始めから相手にしなかったんだからな」
男はしっかり硬貨を受け取ると、話し始めた。
「殺された男は、よく公園に来ていた。俺たちよりは金を持っていて、多分、住まいもあるんだろう。毎度毎度ロング缶を買ってきては公園にやって来て、飲んで、空になると俺たちに缶を投げつけた」
男はまた手を差し出したが、丸山は首を横に振った。
「男は、高そうなスーツをきた男とぶつかった。公園の掃除を、サクラ教団の連中がやった後だったから、そいつもサクラ教団の人間じゃないかな。俺にはそう見えた」
丸山はスマフォを操作して、坂田の顔の映像を出した。
「スーツの男は、こんな感じ?」
「……」
男は差し出した、自らの手のひらをトントンと叩いた。
「何かが足らないようだ」
丸山は一番小額な紙幣を取り出した。
「この一枚で二つ質問するわよ」
「……いいだろう」
丸山は男の手に紙幣を握らせた。
「まずは、この人物かどうか?」
坂田の映像を見せる。
「違うな」
「じゃあ、こっち」
丸山は『角田』議員の映像を出して、見せた。
「!」
スマフォの映像を見たせいなのか、男がブルブルと震え出した。
答えない男に、丸山は怒る。
「ちょっと、さっきのお金の分の質問には答えてよ!」
梁巣が何か異変を感じ取って、周囲を見回す。
「……」
男が腹を押さえると、そのまま顔面から公園の石畳に倒れ込む。
梁巣が支えようとするが間に合わない。
「おい、おっさん、大丈夫か?」
倒れた男は、全身に異常なほど痙攣が起きていた。
「丸山さん、救急車を!」
「うん!」
丸山がスマフォを取り出すと、スマフォはまるで蹴り上げらたように飛び、石畳に落ちた。
「慌てなくていいから」
「違うわ」
「違うって何が……」
丸山がスマフォを拾い上げようとすると、スマフォが何か磁石のようなもので吸いつけられるように飛び上がった。
梁巣も丸山のスマフォの、異常な動きを見た。
丸山のスマフォは、真っ黒いスーツをきた男の手に収まった。黒いスーツに、かけているサングラスも真っ黒だった。
梁巣は丸山を庇うようにして黒いスーツの前にでた。
「こんな人目につくところでやろうってのか」
「人目にはつかないよ。公園は閉鎖しているから」
「このおじさんに何をした」
梁巣がそう言った瞬間、黒いスーツの男のサングラスが弾け飛んだ。
「思ったよりやるねぇ」
「その程度じゃ済まないぞ。俺は『何をした』と聞いている」
上に飛んだサングラスが手に落ちてくると、男は掛け直した。
「お前が俺を脅せるほど、力はないだろ」
「なんだと!」
サングラスの男は、ニヤリと笑った。
「余計なことを話そうとするから始末したのさ」
「人の命を『始末』する権利なんて誰にもない!」
そう言うと、梁巣は戦闘態勢をとった。
拳法のような、ボクシングのような、不思議な構えだった。
軽いステップから直線的に左のジャブを繰り出すと、サングラスの男から丸山のスマフォが落ちた。
「んっ!」
同時に右手で紐を弾くように動かすと、落ちたスマフォが梁巣に向かって飛んできた。
「ガラ空き」
サングラスの男は、スマフォが飛ぶのに合わせて、前げりを繰り出す。
二人の距離は離れていて、蹴りが届くわけはなかった。
丸山のスマフォを手に取ったと同時に、梁巣は腹に見えない打撃を食らっていた。
体も曲げないし、弱音も吐かない。
何もなかったかのように丸山にスマフォを渡す。
「そういうのヤセガマンと言うんだぞ」
サングラスの男は、同じ前げりを右足、左足右足、と続けた。
「何度も喰らうか!」
梁巣は左の人差し指を相手に向けて突き出した。
指の先が、微妙に上下、左右にブレる。何か強い力を弾いたようだった。
「ピンポイントで力の中心を外して弾き、かわしたか。舐めた避け方しやがるな」
「舐めた避け方に見えるなら、こっちの狙い通りってことだ」
言い終わりに梁巣は二発、三発と拳を突き出す。
届くわけがない拳。
サングラスの男は体を傾け、捻り、腕で払うと、それを避け切った。
その時、サングラスの男の鼻から、血が垂れた。
男が石畳に垂れた血を見て、鼻を拭った。
「狡い蹴りを入れていたか」
「巧みな蹴りと言い直せ」
「うるさい」
サングラスの男は、シャドウボクシングのように、幾つもの拳を振るう。
それを、あたかも至近距離で繰り出されたかのように、梁巣が避ける。
避けながら、反撃すると、サングラスの男も避ける。
どっちが優勢なのか、劣勢なのか、全く分からない。
互いの拳や、蹴りが空を切るたび、相手の体や服に傷や血がついていく。
丸山は倒れたおじさんのために救急車を呼んだが、この場に救急隊員が来たら、巻き込まれてしまうと考えた。
「おじさんをこの場から移動させないと」
丸山は堂島に電話した。
「助けて、今、角田議員が演説した公園で、梁巣さんが戦ってるの。一人倒れているから、すぐに助けに来て。出来れば藤井さんを連れてきて」
『わかりました』
電話を切ると、おじさんを抱えて動かそうとするが、丸山の力では持ち上がらない。
「丸山さん、危ないから離れて」
梁巣が腕を出して、丸山に下がれと合図した瞬間だった。
何かで掬われたように梁巣の顎が上がる。
同時に、左の瞼が切れて、血が流れる。
「お前に、よそ見する余裕はねぇだろ」
言い終わった時には、男のサングラスは、左右のレンズを繋ぐ『ブリッジ』から割れて二つになった。
男は眉間のあたりから血を流している。
頭を左右に振って、サングラスを振り落とす。
梁巣が言う。
「お前も余裕なんかねぇだろ」
ワックスで固めていた髪が少し、顔に垂れてきたので、男は後ろに撫で付ける。
「あの方が見てるぞ」
もう一人、黒いサングラスに黒いスーツの男が現れると、そう言った。
眉間のあたりを抑えている男は、後ろを振り返った。
「!」
梁巣はそのやりとりを聞いて、公園の端にある、円錐形の屋根が重なっている建物に気がついた。
本当に米粒ほどの大きさにしか見えない建物から、梁巣は強い殺気を感じた。
空気の気を引き出して空気を歪めると、レンズの役割をさせる。
そして円錐屋根の建物から、こちらを見ている人物を肉眼で捉えた。
「角田議員か!」
「よそ見してるなよ」
ダメージを食らっているスーツの男ではない。後から現れた男の声だった。
梁巣の腹に、男の膝が食い込んでいる。
「すまんな。俺は霊を憑けられてないから、直接暴力を与えるしかないんだ」
後から現れた男は梁巣の襟を握って、引き上げ、顔を近づける。
「拳法家かと思って警戒してたんだが、実際の暴力にはまるで弱いようだな」
「……」
梁巣は睨み返す。
「目は死んでないか」
今度は拳が腹に入った。
「梁巣くん!」
「……」
丸山に気づくと、後からきた男は梁巣に足を掛けて弾き倒した。
「もしかしてこの女……」
梁巣は一瞬の隙を見て、男の足元の石から気を引き出す。
石の性質を変えて、戻した。
「なっ?」
スーツの男の右足は、足首まで石畳に潜ってしまった。
一瞬だけジェルのように柔らかく感じた石が、あっという間に元の石に戻っていた。
足だけが埋まって引き抜けない。
梁巣は背後に回って、蹴り倒す。
サングラスが石畳に、落ちた。
だが、ギリギリで手をついて、顔をぶつけることはなかった。
後ろを振り返って梁巣を睨む。
「さあ、今度は『暴力』で仕返しだ」
梁巣はそう言うと、腕を組んで見下ろしていた。




