坂田の影
北上の体の穴という穴から黒い煙が吸収されていく。
全てが体の中に入り込むと、北上は痺れたように体を震わせた。
「おい、堂島。一体どうなってる?」
沓沢はドアに手をかけながら、そう言った。
「悪霊が北上さんに取り憑いた」
「待て待て、お前が、押し付けるように手を振ったからじゃないのか?」
「……」
北上は背中を少し丸め、手をだらりと下げた。
「北上?」
北上は無言で沓沢の首に手をかけ、部屋の中に押し込んでいく。
「やめろ、どうした? おい、堂島、なんとかならんのか」
堂島は自分のしてしまったことに責任を感じ、震えていた。
そうしている間にも、どんどん部屋に押し込まれていく。
堂島は、部屋に上がった。
北上の手が締まってくる。
沓沢は北上の手を取って抵抗した。
「苦しい! おい、なんか考えてくれ」
僕には除霊の力がない。
だから梁巣さんや、玲香ちゃんのようなことができない。
ただ、霊がついているか、どれくらいの濃さなのかしか、分からない。
なんて役に立たない力なんだ……
「……」
いや、そんなことを考えている場合か。
止めないと。沓沢さんが死んでしまう。
堂島は北上の腕を取って引っ張った。
「?」
なんの抵抗もなく腕が沓沢の首から外れた。
沓沢は、勢い余って、尻餅をついた。
「助かった。何をしたんだ?」
「……」
何もしていない。ただ手を取って、引いただけだ。
北上さんの手を取った瞬間分かった。北上の腕には、まるで力が入っていなかったのだ。
「ちょっとごめんなさい」
堂島はスマフォを取り出すために北上の腕を離した。
すると、再び沓沢の方に近づいていく。
沓沢は北上の腕をかわして回り込み、羽交締めしようとするが、腕を取られて投げられてしまった。
沓沢はそのまま柔道の締め技に持ち込まれる。
それらをスルーし、堂島はスマフォの動画撮影機能を使って、北上の様子を撮った。
「これ、坂田教授だ」
「助けてくれ、苦しい」
「みてください。北上さんの顔が」
「そうじゃ、ない。俺は首を、締め、られて……」
息が途切れるのに気づき、堂島は慌てて北上の脇に手を入れ、引っ張り上げる。
またしても、あっさり、北上は立ち上がった。
まるで堂島の意思に合わせて動いているかのようだった。
「ふぅ…… 堂島くん、もう北上を離さんでくれ。今度こそ北上に殺される」
「沓沢さん、スマフォで北上さんの顔を撮って見てください」
沓沢は部屋の壁に手を付きながら、ゆっくり立ち上がり、スマフォの撮影機能で北上をみた。
カオナシ効果の映像のように、北上の顔面が歪み、坂田の顔が映し出される。
「本当だ」
「さっき北上さんの手に触れてみたとき、なんとなく坂田を感じたんです」
「それより何で堂島くんの首は締めないんだ」
「それは僕も分かりません」
僕が北上さんに押し付けたから? 僕が親のような者なのか。それともやっぱり由依さんの『お家に帰るまでがファンサ』の精神が有効だからだろうか。
「きっと、坂田の霊が丸山さんを取り戻そうとしているんです。丸山さんがいれば、強くなれるから」
「ちょっと待て。そこでしっかり押さえてろよ。離すなよ」
沓沢は慎重に部屋を移動して、声をかけ、丸山の部屋を開けた。
「無事だな」
「どうかしたんですか?」
沓沢は丸山の様子を確認する。特に変わった様子はない。
「ちょっとややこしいことが起こった。何かあったら声を出して呼ぶんだ」
「はい」
扉を閉めると、堂島にいう。
「彼女は大丈夫だ」
「よかった。けど、どうしよう。僕にはこの坂田に憑いていた悪霊を除霊できない。丸山さんを一人にはできない。北上さんから手を離したら、沓沢さんが危ない」
「そいつが坂田なら、坂田の居場所は分からないのか」
「え?」
沓沢は北上の目の前まで来て言った。
「おい、答えろ坂田。お前は今どこにいる」
『いうわけなかろう』
と、幾つもの声色が重なる、北上とは思えない声が発せられた。
「ほら、しゃべったぞ」
「……」
もしかしたら僕が訊けば、答えるかもしれない。堂島は試した。
「君、坂田だろう?」
『そ…… おだ』
「いいぞ! 堂島。どういう理由かは分からんが、今のお前ならやれる!」
堂島は沓沢に『大人しくして』とジェスチャーで示す。
「じゃあ、ほら、坂田の体に帰ろう。ここにいたら、バラバラになって減衰して、無くなってしまうよ」
『だめ…… だ、どのみち、戻れ、ない。丸山、を、手に、入れないと』
北上は頭を抱えるように手を頭に近づけていく。
「どうして?」
『体、が消さ、れる』
「おい、どういう意味だ!」
沓沢が詰め寄ってくると、北上の体は、沓沢の首に手を伸ばす。
堂島が羽交締めにしている手をもう一度引き締めた。
「沓沢さん!」
沓沢が、慌てて引き下がる。
「おそらく、坂田は組織に狙われているんでしょう。起死回生の手段として丸山さんを連れ去ることを考えたんだ」
「まあ、そんなところだろう。堂島、どうしてこの場所が分かったか聞け」
堂島は頷いた。
「どうしてここが分かった?」
『タグで』
「なんだそれ」
「近くのスマフォと通信して、その位置を知らせてしまう仕組みを利用したってことです」
それを『霊』が探しに来ているということは、本人はかなりヤバい状況に違いない。
「近くのスマフォって、どういうことかわからん」
「スマフォとこのタグは、所有者かどうかは関係なく通信するようになってる」
「どうして?」
確かになぜそんなことをしているのか、この機能を使うスマフォが多ければ多いほど有用な機能だ。特にこの国ではこの機能を搭載したスマフォが山ほど売れ、街中に溢れている。
「スマフォがそういう風に作られているからです。するとどうなるか」
「所有者じゃない人がそのタグと通信できたら、タグの位置が他人にバレるってことか?」
「いや、そこはわからないようになっているんですが、そのスマフォのGPS情報を使ってクラウドに上げる。タグの位置を知りたい所有者が、その情報を見れば最新の位置が分かってしまう」
沓沢は顎に手を当てて少し考えた。
「簡単に言えば、現場周辺で目撃者情を聞き込みするのと同じか」
堂島は頷く。
「しかも、自動で、誰も嘘をつくことなく、素早く、沢山集められるんです」
「!」
「そうです。ここにいたらヤバイ」
沓沢、北上、丸山、堂島の四人は、一台の車に乗っていた。
北上が勝手に動かないように、腕を縛っておき堂島がそれを押さえていた。
堂島の隣、運転席の真後ろには丸山が乗っている。
「まさか私の化粧ポーチにタグが入ってたなんて」
「丸山さんがずっと化粧ポーチを持っているのは意外でしたが」
「普段、化粧っけがないから? って、おい! 私だって、化粧はしてるのよ。まつ毛もカールさせるし、眉毛も描いたり整えたりする。全てが濃くないだけで、ね。あと、女子の様々なことのため、これは持ち歩く必要があるのよ」
車の運転は沓沢がしていた。
運転しながら、沓沢が言う。
「坂田のいる場所には、誰か別の者を向かわせよう」
北上を体に取り憑いた坂田の霊に尋ね、堂島と沓沢は坂田の居場所を聞き出していた。
居場所は都内のホテルらしい。
教団の連中が見張っているとしたら、迂闊に外に出られないだろう。
「けど、坂田の容疑が確定してないのに、警察が拘束出来るんですか?」
「坂田も追われている身なら、どっちが得かわかるだろう」
堂島は想像した。部屋に訪問してきた者に扉を開けると警察官。適当な令状を示され、同行するよう求められる。強い悪霊がついていて、倒せれば逃げることも出来るだろう、しかし体に憑いていた霊はもういない。
「北上さんをどうするかですね。ずっと僕が横にいるわけにはいかないですし、きっと僕のこの力は『お家に帰るまでがファンサ』という由依さんの信念で守られているだけだから、家に帰ったらこの力は無くなってしまう」
丸山は、そう言ってスマフォを取り出そうとする。
「藤井さんを呼び出せばいいじゃない」
「藤井さんは怪我をしていて」
そう聞いて、丸山はスマフォの電話帳をズラす。
「じゃ、梁巣くんは?」
「同じというか、もっと酷い怪我を」
丸山はまたスマフォの画面を操作する。
「……なら藤井さんに頼むしかないじゃない。そもそも、もっと除霊出来る人いないのかしら。今後の課題だわ」
「除霊を商売にしている人はいるんでしょうけど……」
運転席から沓沢が言った。
「ナビしてくれ」




