丸山の居場所
料亭の玄関に、有名女優の由依がいた。
ただそれだけでなく、そこから堂島に向かって手を振っていた。
「またね〜」
「さようなら〜」
堂島は由依に右手を振り返す。
梁巣は堂島の左肩にもたれかかって、ヨロヨロと歩いていた。
梁巣の左肩は、藤井が支えていた。
坂道をゆっくりと歩いていき、料亭の玄関が見えなくなると、梁巣が口を開いた。
「とんでもないぜ。あの女…… イテテ」
「ほら、口の中も切れてるんだから気をつけないと」
藤井が言った。
「彼女、保守党の角田議員より強いと感じましたわ」
「でも芸能にしか力を使わないから」
「どこが!」と「どこがですわ」と少し語尾は違うが、藤井と梁巣は声を合わせてそう言った。
けれど堂島は意見を変えない。
「だって、今もこうやって『家に帰るまでがファンサ』だからって言って帰してくれたじゃん。非常な角田議員なら、本気で殺されてたんじゃないかな」
「……というより透さんの機転ですよ。もしかしてこういう由依さんの性質を見抜いていたんですか?」
「性質とかは分からないけど、ファンとして『推し』に初めて会ったんだから、サインを求めるのは普通でしょ」
藤井は『話にならない』と思って、ため息をついた。
「おい! 大丈夫か?」
「北上さん!」
三人を見つけ、北上が駆け寄ってきた。
「梁巣、傷だらけじゃないか」
「これくらい平気さ」
北上は梁巣の肩を担ぎながら、言った。
「とにかく病院に連れて行こう。えっと、こちらのお嬢さん、名前は何て言ったっけ」
「藤井です」
「そうそう藤井さん。君も怪我してるみたいじゃないか。一緒に病院に行こう」
外見からは分からないが、北上は歩いている様子からそう判断していた。
「いえ、私は結構です。家の主治医がおりますので」
「そう……」
北上が車に梁巣を連れて行こうと、藤井に背中を向けた瞬間、藤井は崩れ落ちそうになる。
慌てて、堂島が支える。
「大丈夫? やっぱり一緒に病院に行ったほうが」
「よそのお医者様に見てもらうわけにはいかないのです」
「けど、車で送ってもらうだけでもしよう」
北上が立ち止まって振り返る。
「そうだ。送ってくだけなら良いだろ」
「……」
四人は車に乗ると梁巣の怪我を見てもらうため、病院へ向かった。
車中で、堂島が言う。
「坂田はいませんでした」
「なんだって? それを早く言えよ」
藤井が言う。
「もう亡くなられてるかもしれません。探査した感じではそんな予感がします」
「殺されてる? それと、探査って何?」
堂島が説明を入れる。
「坂田を名乗った男は、霊を使って顔を坂田に見せかけたサクラ教団の人間でした。玲香ちゃんは、そのニセ坂田を除霊するときに『探査』と言って、相手の考えを読んだんだ。だから間違いないと思う」
「考えを読む?」
「安心してください。普通の人の考えは読めません。これは正確に言うと悪霊に自白させるのです。相手が悪霊に取り憑かれているからできることなのです。悪霊は追い詰められると、自分の存続と引き換えに取引をする、弱い存在なのです」
「その取引として情報を引き出したってことか」
堂島が代わりに答える。
「そうです。それと、あの料亭全体が、サクラ教団の人間で構成されていました。梁巣さんの怪我も、玲香ちゃんの怪我もサクラ教団と争った時に負った傷です」
「それも違うけどな」
梁巣がボソリと言う。
「二人の怪我は、サクラ教団にやられたんじゃない。由依一人にやられたんだ」
「由依って…… まさか、あの女優の由依? サクラ教団の信仰者だって聞いたことがある」
堂島が目を輝かせた。
「その通りです。あの女優の『由依』さんです。証拠に僕、サインもらってきましたから」
「はぁ? 由依にやられたんじゃないのか? サインを貰ったって? 話がわからん」
堂島は説明するのが難しいと思い、話題を変えた。
「そうだ。丸山さんは無事ですか」
「さっきまでの沓沢さんからの連絡では、無事だよ」
「では梁巣さんを病院へ、玲香ちゃんを家まで送った後、丸山さんのところまで連れて行って欲しいんです」
「ああ、わかった」
梁巣は入院というところまではなかったが、それなりに治療に時間を要するので、病院で別れた。
藤井はお手伝いさんが出てきて彼女を家に連れて行った。医者は自宅まで来てくれるのだという。
丸山を匿っている場所に行くため、北上が車を走らせた。
北上は運転しながら、ポツリと言った。
「坂田はもしかしたら、教団に消されているかもしれんな」
「そんな」
「可能性の話だ」
車が、大通りから脇道へ曲がった。
「もう着くんですか」
「ああ。昔、大規模な捜査があった時、待機場所のようにして使った貸部屋だが、まだ、色々使い道があるから警察で家賃を払って借りている」
沓沢が坂田の別荘に無断で侵入したのを見てから、堂島は北上たちが正しく捜査しているのか気になっていた。
「違法な使い方してないですよね」
「心配するな。今回みたいな件は違法じゃないだろう」
「すみません」
北上は車を停めて、エンジンを切った。
「ほら、いくぞ」
ついた場所は、五、六階建ての賃貸マンションだった。
車には連絡先を書いた紙を置いた。
「?」
「ゲスト用の駐車場を使っているから、こういう紙を置いておく必要があるのさ」
エレベータで3階に着くと、堂島が先に降りて、北上が降りてくるのを待った。
「そこを左だ、305号室」
「!」
通路は、屋根があるものの半屋外だった。
堂島は上の廊下から、黒い煙のようなものが垂れていることが分かった。
その煙は、305号室の扉の隙間に、吸い込まれるように進んでいく。
「どうした?」
「何か来ている」
「また霊を使う奴らか」
堂島は頷く。
北上は堂島を追い越して、305号室の扉を叩く。
「沓沢さん! 開けてください」
「北上さん、鍵持ってないの?」
「スマフォは?」
「連絡入れてるが、反応がない」
北上は、扉を叩き続ける。
堂島は、降りてくる黒い煙を、手であおって飛ばせないか試してみる。
「おい、何やってる?」
北上から見れば、その黒い煙は見えない。何もないところで手を振っているようにしか見えない。
「少しは集まるのを遅らせられる」
北上は頷いて、扉に振り返って、沓沢の名を呼び続ける。
堂島は自分が振った手が、黒い煙を弾いているように見えた。
何かそんな力が自分にあっただろうか。そもそも悪霊使いと対峙したことはない。
今日の由依さんだって、ただサインを貰いに行っただけで、戦ったわけではない。
「なんか変だ」
「沓沢さん!」
ガチャリ、と鍵が開く音がした。
扉が開くが、ドアチェーンが外れていなかった。
「キタ、ガミ、か……」
「どうしたんです、沓沢さん!」
「今、開け……」
扉が閉まると同時に、中から物を落としたような音がする。
「沓沢さん!」
堂島は、不思議なことに気づいた。
黒い煙が想像した通りに動くことに気づいた。堂島は、手の平に集めてみたり、逆に立ち上らせてみたり、空中で輪を描いたりさせて見た。ただ、それが見えているのは堂島だけだった。
「そうか」
305号室の方に向き直ると、どうして良いかわからないが、手を掃除機のノズルに見立て、吸い込むようなイメージを頭に浮かべた。
扉の隙間から、勢いよく黒い煙が集まってくる。
堂島の右手の平で渦を巻きながら、それが大きくなっていく。
「沓沢さん!」
「北上か、そんなに大声出さんでも聞こえる」
ドアチェーンが外れる音がして、扉が開いた。
「沓沢さん、大丈夫ですか? さっきまで死にそうだったじゃないですか」
「ああ、だが、急に体調が良くなった」
「堂島?」
堂島は、大量に集まった煙をどう処理していいか分からなかった。
「堂島も来たのか」
沓沢が廊下に顔を出すと、堂島は、何かを放り出すように手を振った。
「おい! 何を投げた」
「しまった!」
黒い煙の塊が、そこにいた北上を直撃した。
服を回避して、袖口や襟元、シャツの合わせを通って体に入っていく。
目や鼻、口、耳からも勢いよく侵入していく。
「戻って戻って!」
堂島はもう一度、その黒い煙に指示するが、煙はもう堂島のイメージ通りには動かなくなっていた。
「どうしよう!」




