天敵
数日後、北上のメッセージアプリ『LINK』にメッセージが入った。
『見つけました。一時間後、xx駅前の喫茶店で話が聞けます』
北上は合コンで払ったお金もあり、沓沢には細かい内容を打ち明けないままxx駅へ向かっていた。
駅に着くと、待ち合わせ場所がすぐわかった。
何しろ何もない駅だからだった。
窓から丸山が手を振ったので、そのまま喫茶店に入った。
「こっちの職業など素性は知らせてません。北上さんも『自分が警察』とは言わない方がいいかも」
「言った方がビビって逃げなくなるかもしれない」
「とにかく、逮捕状はないんだから拘束はできませんよ」
丸山はキョロキョロと周りを見回しながらそう言った。
「本当に来るのか」
「だから、さっきから周りを見てるんじゃないですか。向こうも警戒しているから、逃げちゃうかも」
「逃げるって、どういう説明をしたんだ」
丸山は北上に言った。
「犯人が誰かを予め知っている能力って、ありえないじゃないですか。もし知っているとすればその人の過去が見える霊能力とか、あるいは犯人の共犯者か、現場を目撃した目撃者です。こっちが捕まえようとしている人間なら、ヤバイと思って逃げますよね?」
「やましいことがなければな」
「やましいことがなくても、です。警察官じゃない普通の人間はそうなんですよ」
北上は顔をしかめた。
「ああわかった」
「来た」
丸山は立ち上がった。北上も男の席を空けるために立ち上がった。
「私が連絡をした丸山です。こちらは北上さんと言って私の友人です。こちらの席にどうぞ」
「どうも」
写真から抜け出たように、同じ赤黒のネルシャツにジーンズという出立ちだった。
男が座ると、通路側にでる方に北上が座った。
「?」
「気にしないでください」
「あっ、えっと、今日はですね。あなたが映っている何枚かの写真を見て、連絡を取らせていただいたんです」
男はボソリと言った。
「アイスコーヒー・フロート」
「えっと?」
「飲み物買ってないんで」
丸山は男の横に座っている北上にコーヒー・フロートを買いに行かせた。
北上はコーヒー・フロートが出来上がって出て来るまでの間も、ずっと丸山と男の方を見ている。
コーヒー・フロートを持って席に戻ってくると、丸山が口を開いた。
「お名前…… がダメでしたら、何か仮名をいただけませんか。何もないと会話がしづらいので」
「別に名前でいいですよ」
北山は急にメモを取り出した。
「僕は堂島透と言います」
「ドウジマロール?」
「とおるです。他人をスイーツみたいに呼ばないでください」
と、言ってから「それはそれで光栄ですが」と小さい声でつぶやいた。
「失礼しました」
北上の代わりに、丸山がそう言って頭を下げる。
「堂島さんが写真や動画に映っているのを拝見しましたが、人を指さししてますよね」
「ええ」
「あれはなんなんですか?」
堂島は笑った。
「『なんなんですか?』ってすごい質問ですね」
「えっと、なぜ指をさしているんですか?」
「簡単に言えば、『趣味』です」
趣味…… と言われて丸山と北上は顔を見合わせた。
「趣味とは?」
「ある人はプラモデル作るのが趣味。ある人は野球をするのが趣味。ある人は同じ野球でもプロ野球を見るのが趣味。その趣味ですよ」
「あ、その趣味はわかるんです。指をさすのが趣味ということが理解を超えていて」
北上はメモとペンを構え、黙って聞いている。
「信じられないと思いますけど、僕、変な人を見つけるのが上手いらしいんです。僕が見つけた人って、なんか変わってて、大抵、なんかやらかしているんですよ」
「やらかしている?」
北上がようやく口を開いた。
「……殺人とか」
「要するにそういうことです」
「ヤマカンなのか」
堂島は北上とは反対側、つまり窓の方を見て言った。
「有り体に言えばそうです。えっと、突然ですが、プランクトンは小魚に食べられ、小魚は中型の魚に食べられ、中型の魚は大型のサメなどに食べられますよね。食べる方は食べられる方から見て『天敵』ということになるのですが」
丸山が右手でメガネを押し上げて、言った。
「なんですか、人類の天敵の話ですか? それはマイクロソフトのビルゲイツがこんなことをブログに書いています。一番多く人を殺したのは『蚊』、次に『人』そして次が『蛇』、次が『犬(狂犬病)』です。そういう意味では、『蚊』が天敵と言えますね。とはいえ蚊は伝染病を媒介したに過ぎません。ビル・ゲイツはさまざまな伝染病で死ぬということが言いたかったみたいですが」
「へぇ。二番目なんだ『人』って。僕が言いたいのはその『人』のフリをした『天敵』の存在のことだ」
「人のフリをした『天敵』?」
堂島はゆっくり頷いた。
「その『天敵』は皆、漫画やアニメの中にしかいない、と思っているような存在だけど、僕からすると明確にいるんだよ。ダブって見えるというか、本人から輪郭がはみ出ているように見えるんだ」
北上は行った通りをメモしている。
「もっと具体的に言ってくれないかな」
「霊ですよ。単体で存在する霊じゃなくて、人に降霊するタイプ。人に入っているせいで大抵のことができてしまう。出来るって言っても、時間停止したり、透明になったりとかはできないですけど」
周りが笑わないので、堂島は頭を掻いた。
「そういえば、さっきヤマカンって言ったな。どういうことだ。明確に見えるんじゃないのか」
「うん。明確に見えるよ。けど、そいつが、いつ事件を起こすかはわからない。そう言う意味で『ヤマカン』なんだよ。けど、ダブったり、はみ出て見える人は、どこかで間違いなく事件に関わるからね」
「事件に関わらなかった者がいないのか」
北上はメモにペンを走らせる。
「僕の知っている限り」
「……変なことを聞くが、監視カメラの映像を見てその人物がダブったり、はみ出て見えることはあるか?」
「もしかして、北上さんてテレビ関係者?」
「……」
北上は丸山の助言通り、自分の職業は明かさないと決めていた。
「僕、テレビ見ないことにしてるんだ」
北上の様子を見て、丸山が代わりに訊ねた。
「どういうこと」
「見えるからだよ。テレビに映って『良い人』面している奴が、人殺しだった、とか考えると怖いじゃん」
「よし!」
北上は立ち上がると堂島の腕を引っ張った。
「ちょっと同行いただこう」
「何すんだよ!」
北上は警察であることを明かした。
堂島は丸山に向かって叫ぶ。
「騙したな!」
丸山は北上を止めることが出来ず、ただ両手を合わせて謝るだけだった。