罠
なぜ突然事の真相を話す気になったのか、それを問うとある団体から匿ってほしいからだ、と言うことだった。
「私はマスコミ関連の仕事をしています。警察ともある程度つながりはあります」
「そうか。それは一つ安心した。ほら、二人とも立ってないでそこに座ってください」
二人は用意された座布団に座った。
その時、スマフォの映像に乱れがあった。
堂島は映像を見て、確信する。
「丸山さん逃げよう、危険だ。こいつは坂田じゃない」
「えっ?」
「もう遅い」
スーツの男がそう言うと、座布団に強い重力を感じた。
「なんだこれっ!」
堂島は下を見る。二人を捉えているのは、座布団ではなく、畳全体だ。畳全体から霊の影が立ち上っている。座布団は、こっちの目を逸らさせるための囮なのだ。
「君は堂島透と言うのかな。利用価値がないから、ここで死んでもらうよ」
スーツの男が、右手を堂島の方に向けると、その指を絞ってきた。
指や手が堂島に届いていないのに、その力は堂島の首を絞めていた。
「梁巣!」
「黄色いジャージ君のことだね。彼は、おトイレに行くまでに配置した私の部下数人と、やり合っている頃だろう」
さらに指に力が入ってくると、堂島の首に絞められたような跡が浮き出てくる。
「ぐるしぃ……」
堂島は自分の手で首を押さえるが、何かに触れたり、絞めてくるもの外せる訳ではなかった。
「やめなさい」
「?」
スーツの男は、驚いた表情で女性を見た。
「やめなさい、と言いました」
堂島の首に見える、跡が消えた。
反対に、スーツの男が頭を抱えるように手で押さえ始めた。
「こいつ、坂田じゃない。顔を別人に見せてるんだ。その証拠に、スマフォで見ると、時折、地の顔が見える。おこの料亭に漂っている香は、この顔を変える効果を強めるためだったんです」
スーツの男は、鼻血を垂らした。
苦しさに耐えきれなくなったのか、スーツの男の顔が変わった。
堂島が言っていたように、霊能力で顔を別人に見せていたのだ。
元の顔に戻ると、坂田よりずっと若い年齢なのがわかる。
「それより、お前、こそ、丸山、じゃ、ないな……」
スーツの男を苦しめているのは、堂島の横にいる女性の力によるものだ。
女性は目を伏せて、集中しているため、スーツの男の声は聞こえない。
「うわっ、やめ、て、くれ…… 覗かないでくれ」
そう言ってスーツの男は机に伏せるように倒れてしまった。
「玲香ちゃん、これ探査のやりすぎじゃない?」
「この状況は一時的なものですから、大丈夫ですわ。それより、ここまで探査しても、何も情報が得られなかったのが残念です」
堂島は立ち上がった。
「梁巣さんを助けに行かないと」
と言って出ようとした瞬間、先に襖が開いた。
そこには黒いサングラス、黒いスーツの男が立っていた。
「丸山の居場所を教えてもらうぞ」
「……」
藤井が左手の手刀を右から左に払った。
それは五、六メートル離れたサングラスの男の足を払うはずだった。
「!」
男は藤井の攻撃に耐え、立ち続けている。
「やっぱりこれは集中を邪魔しますね」
藤井は立ち上がり、丸山に見せかけるためのウィッグとメガネを外した。
そのまま畳にウィッグとメガネが落ちて、跳ねた。
「ちょっと、次も使えるんだから乱暴に扱わないでよ」
そう言って堂島がウィッグとメガネを鞄へ回収した。
藤井は合気道の投げのように動くと、サングラスの男は、触れられてもいないのに、体が『く』の字に曲がった。しかし、倒れることはなった。
「その程度か!」
サングラスの男が、掌底で突くように腕を突き出した。
堂島はそこから発せられた悪霊の力が見える。
「危ない!」
藤井は見えているのか見えていないのか、目を伏せたまま、体をひねりその力をかわしてしまう。
そのまま、別の投げの型に移行し、右足を高く跳ね上げた。
柔道の払い腰のような動きだ。
「!」
サングラスの男は羽上げられ、料亭の天井にぶつかった。
そして、藤井の引き落とすような動きに合わせて、畳に打ちつけられた。
床板が割れ、床下に突っ込む。反動で畳が立ち上がってしまう。
「うわっ!」
堂島は慌てて跳ね上がってくる畳を避けた。
床板を割ってめり込んだ男の様子を覗き込む。
「玲香ちゃん、また、やりすぎだよ」
「こっちの男も、もう霊の力は使えないわね」
「ねぇ、聞いてる?」
藤井は静かに廊下に出た。
「きっと、この料亭自体がサクラ教団の関連法人なんだわ」
廊下の奥から、黄色いジャージが現れた。
「なんだ、そっちも終わりか?」
「今終わったところです」
「梁巣さん、無事ですか?」
堂島は顔だけを廊下に突き出してそう訊いた。
「こっちは三、四人いたが、俺の実力には物足りないな。一瞬で片づけてきた」
藤井が手を腰に当てて言う。
「なぜ三、四人という表現なのでしょう? 数え間違えるほど大きな数じゃないですのに」
「うるさいな。三人だよ、三人。それに結構時間かかっちゃいまいしたよ」
「待って」
堂島がそういうと、全員が梁巣と反対方向の廊下の奥を見つめた。
「いますわ」
「いるな」
廊下の暗さではっきり見えないが、そこには強い霊力を放つ人物がいた。
一歩、一歩、近づいてくる。
堂島は慌てた。
「逃げ……」
さらに一歩、近づいてきた人物の姿が見えた。
「さっきの仲居さん?」
堂島は口ではそう言ったが、その仲居は明らかに纏っている霊力が違う。
「お相手お願いできるかしら?」
声も若い。さっきの声とはまるで別人だ。
仲居の顔は、霊力で作った別人のものだった。
仲居は力を解き、三人の前に本当の姿を表した。
顔だけでなく、和服自体も霊力で作り出した偽物だった。
「なんか見覚えが……」
「そうですわね」
「この人、女優の由依だよ、サクラ教団のアイドル!」
堂島はテレビを見なかったが、以前、丸山に教えられた『未葉』と『由依』は覚えたのだった。未葉は藤井と激似であるという理由で、由依の方はあまりにも魅力的な容姿に惚れてしまったためだった。
「さあ、二人一緒にかかっていらっしゃい」
堂島には見えた。
由依のまとう霊が、芸能の状態から、戦闘モードに変わろうとしている。
「俺は女子とは戦わない主義だ」
梁巣は腕を組んで胸を反らせ、そう言った。
「実力がないのに偉そうね」
由依は中指と親指で輪を作ってから、中指を弾いた。
その影響は瞬時に梁巣に飛び、足を掬われてしまった。
頭から床に突っ込むところを、梁巣は空間を歪めて半回転する。
頭と足が逆転して、転ばずに着地した。
「倒れなかっただけ偉いわね。褒めてあげる」
藤井が警戒して、手刀を構える。
「……」
梁巣が藤井の緊張感を読み取って、言う。
「俺に任せろ」
「あら、女とは戦えないと言った発言を翻して」
「俺は女を守る義務がある」
由依はそう言いながら、また指を弾いた。
梁巣は弾いた攻撃を、一瞬だけ体を浮かせて避けた。
「実力は認めるぜ」
「女と戦わないとか、女を庇うとか、どんだけカッコつけなんだ。お前には、そんな実力ないことを分からせてやるよ」
由依は左手の中指を弾き、右の拳を突き出した。
藤井は、由依の始動を見た瞬間、手刀を振るってから、足をはらって投げを打つ動きを見せた。
梁巣は最初の足の弾きを、浮かせて避けるが、ほぼ同時の右手の攻撃は避けれない。
梁巣は必死に両手を突き出して、その攻撃を止めた。
「!」
梁巣は止めた攻撃の力をズラすことができず、料亭の廊下の柱に飛ばされると、背中を打ちつけた。
それと、由依の放った右拳は一つではなかった。
複数の打撃が、避けようと作ったフィールドの隙間を通って梁巣に被弾する。
あっという間に瞼は腫れ、梁巣の体は傷だらけになってしまった。
由依はそのまま左手を頭の上から、腰のあたりに流すように動かした。
「そんな、あり得ませんわ」
「私の攻撃の瞬間を狙って仕掛けるのはお利口さんですが、何しろ攻撃のパワーがなさすぎます」
藤井の攻撃を、由依のその『左手を上から下に動かす動き』だけで受け切ってしまったのだ。
直後、藤井は背後の襖へ飛ばされる。
受け切っただけはなかった。その動きの中に、藤井への攻撃が含まれていたのだ。
襖が壊れて、奥の部屋に転がりながら、藤井は奥の部屋で受け身をとって止まった。
「由依さん。ファンなんです。ここにサインをください」
と、突然、自らの認知の外から、突然間合いに入ってきたネルシャツの男が言った。
「!」
由依は不意の敵の侵入に、飛び退こうとしたが、そのネルシャツの男に右手を押さえられてそれができなかった。
どういうことだ、と由依は思った。
梁巣に繰り出した十数発の攻撃、藤井の打撃や投げを受け流しながら、放った攻撃。
それら霊撃の隙を縫って、私の至近距離に飛び込んできたと言うのか、この男は。
「え、ええ、いいですよ。ファンサービスは私の務めですから」
堂島の目には、由依からは身出て見える霊が『芸能モード』になっていくのが見えた。
堂島は自分のネルシャツを開いて、中に来ていた白いTシャツを引き出し、描きやすいように内側に板を差し入れた。
由依にキャップを取ったサインペンを渡すと、
「堂島さんへ、としてください」
と言った。
由依はニッコリ笑った。
「あなたたち、命拾いしたわね」
そう言うと堂島のシャツにサインとメッセージを書き入れた。
「サイン、大切にしてね」
「はい!」




