料亭
坂田が待ち合わせに指定してきたのは、都心の料亭だった。
食事をしながら話をしようと言う事らしい。
「大丈夫かしら」
堂島は手のひらを地面に押し付けるような仕草をして、言う。
「丸山さん、落ち着いて」
胸を張って、梁巣が言った。
「ボディガードの俺がついてるじゃないか」
「わかりました。行きましょう」
伝統建築で作った建物だった。
料亭の引き戸を開けて、中に入ると、香が焚かれていた。
堂島は香に何かが含まれていないか、漂う空気を凝視し、警戒した。
「どうしたの?」
「いえ、香が安全か確認してたんです。大丈夫。直接、霊には関わりがなさそうです」
堂島はそう言って靴を脱いで上がった。
「こんな場所に、ネルシャツはどうなのかしら」
「それを言うなら、梁巣さんの黄色いジャージの方が問題ですよ。僕のは襟がついているだけマシです」
梁巣は腕を組んで胸を張る。
「俺は警備のため、動きやすいから着ているだけだ」
「警備でもスーツぐらい着るだろう。僕だって引きこもりだから、これでいいんだ」
店の仲居さんが、頭を下げてから言った。
「坂田様のお連れの丸山様で」
「そうです」
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
仲居さんについて行くと小さい部屋に案内された。
「ただいま準備しておりますので、しばらくこちらの部屋でお寛ぎください」
「……なんだ、こんな小さい部屋なのかと思ったぜ」
仲居が苦笑いして言う。
「お食事はちゃんとした部屋をご用意しておりますから」
「梁巣さん」
堂島は口の前に指をたてて、黙ってくれと梁巣に合図した。
「なんだよ、それ!」
「黙ってって事」
三人はしばらく待っていたが、誰も呼びに来ない。
時間の経過とともに、梁巣がソワソワし始めていた。
「梁巣さん、どうしたんですか?」
「トイレ行ってくる」
「さっさと言ってくればいいじゃないですか」
「警備する立場として、トイレしている間に、置いていかれたらどうしようと思って」
堂島はため息をつく。
「誰も置いていきませんよ」
「引き篭もりのくせに落ち着いているな」
「早くトイレ行ってきてください。本当に置いていきますよ」
梁巣は襖を開けると、急足で廊下を歩いていった。
「堂島くん、それ何をしてるの?」
「スマフォで動画を撮っているんです」
「いや、それはわかるんだけど……」
堂島は言う。
「今回、動画を撮り続ける理由は二つあります。一つは、坂田の証言を記録するボイスレコーダーの代わり。もう一つの役割として、坂田がカオナシ能力を使っているか、どうかがわかる事です」
「カオナシの能力を使っているとしたら……」
堂島は頷く。
「非常に危険です。カオナシの能力を使って、今、ここでも証拠を残したくないのだとしたら、本当に証言するつもりなのかも怪しい。警戒が必要です」
「そうね」
梁巣が出ていった襖から仲居さんが入ってくると、言った。
「準備ができましたので」
「あの、まだ一人トイレから戻ってきてないので」
仲居は構わず進めようとする。
「しかし、坂田様はもうお待ちなので」
「ですから、戻ってくるのを待ってもらえませんか?」
堂島は梁巣がいない、このままの状態で会うのは危険だと思っていた。
「こちらの襖を開けたところに坂田様がいらっしゃいます。席を外しておられる方は、この部屋に戻ってくるでしょうから、すぐに中にご案内出来ますから」
「……」
こっちの事情を知らない仲居さんに、あまり無理を言うこともできないか、と堂島は考えた。
たかが襖一つの違いだ。
「わかりました」
すると仲居さんが奥側の襖に座ると、坂田に声をかけた。
「坂田様。ただいま、お連れの方をお通しします」
「ああ、そうしてくれ」
坂田はこんな声だったか、と堂島は思った。しかし、襖越しであるし、そんな正確に声を覚えているかと言われれば、そんなことはないと考え直した。
仲居が襖を開けていく。
「よく来てくれた」
堂島は声に引き続き、二つ目の違和感を感じていた。
目の前に座っているのは坂田だろうか。
堂島は顔をよく見た。
確かに、こんな顔だった。スーツもハイブランドなのか、質感やフィット感から上質なものを感じる。
仲居は食事の時間を告げると、部屋を出ていった。
足音が聞こえなくなると、スーツの男が言う。
「そのスマフォはなんの真似だ」
「ボイスレコーダー代わりに録音させていただきます」
その言葉を聞いて、堂島は気づいたように自分が構えていたスマフォの映像を確認した。
カオナシ効果が出ていない。
スマフォにははっきりと『坂田』の顔が映っているのだ。
コンビニの戦いで、梁巣は除霊寸前まで追い詰めたと言っていたが、今見る限りそんな霊力の衰えは感じられない。寧ろ強くなっているようにも思える。
「!」
堂島はそのスマフォ映像にも違和感を持った。
「お話を聞く前に、一つ知りたいことがあります」
「なんですか丸山さん。メールで書いた通りですよ」
「事情を話すことで坂田さん、あなたが得るものはなんですか? 下手をすれば捕まる可能性があるのに」
スーツを着て胡座をかく男は、一度視線を外して俯き、顔を戻した。
「そこが重要なんだ。私はある団体に追われている」
「サクラ教団?」
男は首を横に振った。
「警察に話してもいい。とにかく、その確約が取れないと話せない」
「私はマスコミ関連の仕事しています。警察ともある程度つながりはあります」
「そうですか。それは一つ安心しました。ああ、ほら、二人とも立ってないでそこに座ってください」




