指をさす者
北上は大学生殺人事件の捜査を続けながら、過去に処理をした殺意事件の資料を整理していた。
監視カメラ映像や、指紋や遺留品など手がかりが少なく、ダメかと思われた時に沓沢の発想で事件を考え直し、犯人逮捕へとつながった事件だった。
捕まえた後の犯人の自供から、犯人は事件現場の野次馬として現場に戻ってきていた。
北上がそう考えながら、鑑識の残した映像を見ていると、不思議なことを発見した。
「なんだ? こいつ」
周りに人がいないこともあってか、北上は声に出していた。
映像の中で、犯人の後ろから指をさし示し『こいつです』みたいにふざけたポーズをしている人物だった。
まるで映像を撮っていることを知っていて、カメラ目線なのだ。そして確実に犯人を指さすように位置を考えている。
犯人の知り合いなのだろうか。
変に犯人に質問して、この一般人が逆恨みされてもまずい。
北上はそう思ってこの話をおしまいにしようとした。
「あっ!」
その声に、北上はびっくりして振り返った。
自分以外、部屋に誰もいないと思っていたからだ。
その声の主は、村田だった。
「なんだよ。脅かすなよ」
「お前もそいつ見つけたのか」
「なんの話だよ」
村田は画像を指さした。
「……えっ?」
「『指さし男』だよ。こういう写真だけじゃなくて、マスコミがとった映像の中にも、こういう犯人を指さした映像があるらしいぜ」
「もし本当に犯人を当てるなら、捜査に使えるじゃないか」
「だよなぁ。けど、見るからに警察官にはならなさそうなタイプだけどな」
赤黒いチェックが入ったフランネル地のシャツにジーンズ。子供なのかおじさんなのか分からない風貌。
髪はボサボサでパッとしない感じだった。
「そのマスコミがとった映像って見てみたいんだけど」
「まあ、そいつのことを知っているかどうかは知らないぜ。映像を見てみたいだけなら、明日の合コンこいよ」
「どういう事だよ」
村田は画像を指さした。
「そのマスコミの娘がくるからさ」
北上は、翌日無理やり時間を作って合コンに参加した。
「沓沢さんにひどいこと言われたんだから、なんとしても収穫がないと」
「おお、ようやく北上も彼女作りに本気を出したか」
村田が言う。
「違うよ、こいつは仕事のこと考えてんだよ」
居酒屋に入ると合コン相手は既に席に入っていた。
美人の百貨店販売員や飛行機の客室乗務員、テレビ局職員ときて、最後に自己紹介したのが週刊誌の記者だった。髪は長く、メガネをかけていた。その人物の印象を一言でいうなら『地味』だった。
「雑誌の見出しは派手なのに、といつも言われます。丸山です」
北上は村田に訊く。
「テレビ? 雑誌?」
「雑誌」
と村田は小さい声で答えた。
北上は残念そうなため息をついた。
だが、北上は積極的に丸山に声をかけた。
それぞれがペアになっていった後、北上と丸山が二人残された。
北山はようやく切り出した。
「丸山さん。ちょっと気になる噂があって、丸山さん詳しいって聞いたんだけど」
「噂? どんな噂ですか?」
北山はスマフォを取り出す。本来持ち出してはいけない映像を切り取って、スマフォに納めてきたのだ。
「あんまり見せられないんだけど、この男」
「……」
丸山は北上の顔をじっと見る。
「あれ、あくまで噂ですよ」
「けど、俺も見たんだ。鑑識が残した映像にバッチリ入ってた。どう考えても偶然じゃない。ワザとやってる」
「後追いでハッキングしてるのかも」
北上は丸山の手を握った。
「……本当にそう思ってる?」
「なっ、なんで手を握ってくるんですか!」
「ちょっと声が大きい」
そう言って、北上は指を立て『シー』という仕草をする。
「セクハラで訴えます」
「ちょっと立て続けに変な映像を見ているせいで、俺も頭が変になってるのかもしれない、そう思ったけどやっぱりこれだけハッキリ残っていると偶然とは思えない」
丸山は少し距離をとって、自らのスマフォを操作した。
そして少しだけ距離を戻すと、画面を見せた。
「私が知っているのはこれらの事件で映像として残っているのを確認してます」
「男の名前とか住所とかは」
「いいえ。そこまではわかっていませんが、写真は一連の地域の範囲なので調べればなんとかコンタクトは取れると思います」
丸山は手のひらを上に向けて北上に差し伸べた。
「……何?」
「お金が必要です。好き勝手なことをやると、取材費で落ちないんですよ」
合コンの予算は一万。男とコンタクトを取るための費用が三万。
合計四万が出ていくことになる。
北上は財布を開くと、札を数え始めた。
ピッタリ四万。
泣きながら北上は三万を渡した。
「確かに、引き受けました」