カオナシの目撃者
キツい。
何もかも、キツい。
このまま生き続けるのに、意味を見出せない。
じっとしているのに、息苦しい。
キツい。
死にたい。
なんでこんな思考のループになったのか、分からない。
なんでこんな国道沿いの
なんで誰も歩かない車道脇を
土砂降りの雨の中、傘も刺さずに
歩いているのかしら
歩いていると、見知らぬ病院の看板が目に入る。
そうだ
「今日、勤務だったかな?」
頭に叩き込んでいたはずの勤務表が思い出せない。
ダメだ。
キツい。もう頑張れない。
次の車に突っ込もう……
雨で道路が黒く見えるのか、それとも倒れた女性が流した血なのか。
国道でトラックが女性を跳ねる事故が発生し、雨も重なって、道は大渋滞していた。
渋滞の中サイレンを鳴らしながら、北上の運転する車が現場に到着した。
しばらく調べを進めていくと、沓沢が言った。
「なんでこんな雨の中、交通事故の処理に加わるんだ」
「この交通事故の被害者が、例の看護師なんです」
「あの丸山という女が言っていた看護師か」
だからと言って何も現場来る必要はないだろう、と沓沢は文句をつけたかった。
北上は雨合羽を着て聞き回り、必死に状況を書き残している。
「ドライバーは?」
「突然、飛び込んできて、ブレーキ踏む間もなかったということです。被害者が死ぬ気だったとしか思えないとも言っています」
沓沢は周囲の様子を見た。
この国道は、しっかりと歩道が確保されているわけではない。
歩道の幅そのものが殆どないため、雨の日にここを歩いたら、びしょ濡れになってしまうだろう。
何故そんな状況の中、看護師は歩いていたのか。
「看護師は物凄い軽装で、傘もなく。この雨の中を歩くのが考えられない状況ですね」
「初めから自殺を考えていたということか」
鉄道に飛び込むとか、車に飛び込むというのは、他人に迷惑がかかる死に方だ。
だが本人は逃れられない何かから逃げるために、死を選ぶのだ。追い込まれていて、手段を選んでいられない。
「おそらく」
「まだここで調べることあるか? この前の看護師だとすれば、警察病院の勤務だよな。そっちの聞き込みに行こう」
「わかりました」
沓沢達は、警察病院に着いた。
雨は小降りになっていて、周囲も明るく感じられた。
勤めている病棟に行き、親しい人に聞き込みを始める。
「西島佳代さんの近況についてお聞きしたいのですが」
「仕事は頑張ってるし、何も悩んでいる様子は」
「最近、彼氏が出来たみたいでした」
「付き合ってる人がいるって」
「悩んでいる感じではなかった」
何人に聞いても、同じような答えだった。
「知り合いも多いし、悩んでいる様子もない」
「彼氏が出来たという情報も共通していますね」
「なら、次は付き合っている彼氏だな」
ただ、看護師の知り合いは彼が誰だか知っている人間がいなかった。
「そういえば、昨日、隣町に出来たレストランで食事だ、と言っていました」
情報提供者と一緒に、スマフォで調べ、北上はそのレストランを特定した。
「これだけ聞き回って、彼氏の具体的な情報はなし。あるのは『デートしたかもしれない』店だけか」
「まあ、とにかく行って見ましょう」
「……」
昼も大分過ぎた頃、沓沢たちはレストランに着いた。
「あのう、五時の再開まで入れないんですけど」
「食事ではないんです」
警察であることを告げて、レストランに入る。
昨日の勤務者に話を聞く。
「確かのこの女性いらっしゃってました」
「相手の男性は」
「あんまり男の人に興味はなくて、覚えていないんですが、スーツは高級そうでした」
北上はため息をついた。
店内の天井を見るが、カメラのようなものがない。
だが、念の為、と北上は訊いた。
「このお店、監視カメラとかはありますか?」
「……店長、うち、監視カメラってあるんでしたっけ?」
不機嫌そうな顔で、髭を蓄えた店長が奥から出てくる。
「ありますよ」
「昨日、この人が食事してたはずですが」
北上が言うと、店長はスマフォを操作し始める。
「監視カメラの映像が見たいんですが」
「スマフォでしか見たことないから、その方法しか知らない。ほら」
北上はスマフォを渡される。
何度か操作しているうちにやり方に慣れてくる。
「なるほど」
「会計しているとか、この周辺で誰かが動いている時しか録画がないはずだよ」
「沓沢さん……」
北上は沓沢にスマフォを見せる。
「またカオナシか」
「店長、この時間の会計した人、覚えてませんか。スーツの人です」
「あれ? 顔が映ってない?」
沓沢たちにとってみれば、半ば当たり前になってきているが、突然この画像を見ると、普通はびっくりするかもしれない。
店長は再びスマフォを操作し始めた。
「えっと、この時間の注文は……」
髭を擦りながら、スマフォを操作していると、伝票のようなリストを表示させた。
「ああ、この客だ。二人にしちゃやたら食うな、と思ってた。プロレスラーか、大食い系タレントかと思ったけど、スーツ着てる普通のおじさんだったな」
「それは、この人だった?」
北上は、スマフォで角田議員の顔を表示させると、店長に見せる。
「そうかなぁ、いや、違うなぁ。スーツは似た感じに思えるけど。お前も見てみろよ」
「いや、男の人の方は覚えてないっすよ」
と言いつつ、北上のスマフォを覗き込む。
「違う…… と思います」
沓沢と北上は、店員たちに聞こえないよう話し合い、近くのサクラ教団の施設に聞き込みしようと決めると、レストランを離れた。
サクラ教団施設特有の、あの円錐形の屋根が見えている。
沓沢と北上は、門扉の横にあるインターフォンで呼び出した。
警察であることを告げると、遠隔で錠が開き中に入れてくれた。
建物の監視カメラが二人を追いかけるように動いた。
沓沢はそれに気づく。
「普通はカメラの動きを見せないようにカバーするもんだが」
「見てますよ、という威嚇でしょう」
北上も監視カメラを確認する。
「あのメーカーのカメラだときっと顔認証してますよ。中では『うるさいのがきた』ってことになってます」
「この建物に以前来たのか?」
「違いますよ、サクラ教団内で顔の情報を共有しているんです」
沓沢もオートドアが破壊された後、教団の建物に入っていろいろ調べ回ったから、あの時の顔情報があるに違いない。
正面のオートドアから入ると、受付の男性が二人に頭を下げた。
「警察の方が何の御用でしょうか」
「簡単に説明したと思うんですけど、聞き込みです」
「なるほど」
男性は簡単な打ち合わせスペースに沓沢たちを案内すると、北上から要件を聞いた。
「スーツの男性ですか。例えば私のような人間も相当しますか?」
「いや、今わかっているスーツはこの四種類」
北上はタブレットをカバンから取り出すと、過去の殺人事件で、さまざまな監視カメラが捉えた『カオナシ』のスーツの部分だけ切り取った映像を見せた。その中には、ついさっき聞き込みしたレストランの監視カメラ映像もあった。
「なぜ顔ではなくスーツなんですか?」
「いや、そこは気にしないでくれ。どれかのスーツに見覚えないかな」
タブレット画面を覗き込みながら、教団の男は腕を組んで首を捻る。
沓沢が言う。
「例えば、角田議員が着てそうな、というのはどれかな」
「さあ、保守党の議員だからといって、教団の人間全員が知っているわけではないんです」
「じゃあ、この施設に他にも勤めている人はいないですか。こちらに良くいらっしゃる信者さんでもいいですが」
男は軽く手を上げ、
「ちょっと待ってください。事務所から一人連れてきます」
と行って奥に戻っていった。
奥から戻ってくると、男はさらに若い男を連れてきた。
「どれですか? 四つともハイブランドですね。けど、議員が着るほど高いものではないです」
「オタクはブランドに詳しい?」
「好きなんで、気にして見ちゃうんですよ。へぇ、でも、なんか色といい、形といい、どっかで見たことあるなぁ」
若い方の男が悩んでいると、最初に沓沢たちを出迎えた方の男が、若い方の男の背中をさする。
「頑張れ」
「あっ、思い出した。もう二年ぐらい前になっちゃうんですが、大学で見ました。この四つとも全部持ってるはずですよ。今も着続けてればですが」
「詳しい話を聞かせてくれ」
二人は教団の人間を座らせ、詳細に話を聴き始めた。




