看護師
北上は警察病院の喫煙所にいた。
病棟などの建物から離れた、掘立て小屋のような場所だった。
北上はタバコを吸わない。沓沢に付き合わされているのだ。
小屋の中には二人しかいない。
「何故一番やってはいけないミスを」
「すみません」
「だが、今回の殺人は『カオナシ』ではないようだな」
北上は思い出していた。
病室のカメラが捉えていたのは窓側から突然飛び込んできた映像だった。男はベッドで寝ている容疑者にナイフを何度も突き立てて殺した。そして確信すると、窓から逃げていった。
確かにカオナシではなかったが、病室に設置していたカメラの向きが、想定の方向と違うため、犯人の後頭部が映るばかりで、顔が映ったのは、ほんの一瞬だった。
「けれど、窓から入ってくるとは」
「容疑者と同じように、特殊な力があると考えられるわけだ」
跳躍しているのを目撃した人間も、監視カメラ映像もなかったが、屋上から降りるためのロープを垂らした様子もない。とっかかりのない壁をよじ登ってくるか、飛び上がったしか考えられなかった。
「容疑者が死んで徳をするのは誰だ」
「サクラ教団でしょう。容疑者は脱会しているとは言っていましたが、一時は教団にいた訳ですから」
「教団側がこれまで何をしてきたか、そして今、何をしているのかが暴露される、と思った訳だ」
北上は言う。
「そんなことで人を殺しますか?」
「その事実が、保守党の党首選や、下院の選挙に影響するような内容だとしたら?」
「沓沢さんは、角田議員が怪しいと」
沓沢は煙を吐いてから、タバコを押し付けて消した。
「そうだ。あの男を調べれば、教団にとって何かマズイことが出てくるはずだ」
堂島透はコンビニスイーツを買って、病院の敷地に戻ってきた。
屋外のベンチに座っている玲香に近づくと、目の前に買ってきたパフェを差し出した。
「……」
玲香は受け取るだけ受け取って、それを見つめていた。
「丸山さんにも買ってきたよ」
隣に座っている丸山にもパフェを渡した。
「ありがとう」
「あれ? 北上さんたちは?」
堂島は周りの様子を見て、そう言った。
丸山が答える。
「タバコ吸いに行ったみたいです」
「病院でタバコすえるのかな?」
丸山はわからない、といった風に手の平を上にして持ち上げた。
「玲香ちゃん、パフェ食べようよ? 一緒に食べた方が美味しいよ」
「え、ええ……」
気持ちがふさいでいるのか、玲香はパフェに手がつけられない様子だった。
一番にパフェを口に運んだのは丸山だった。
「あっ、これすごい美味しい。いくらですか?」
「ワンコインですよ」
「すごい! コンビニスイーツも侮れませんね」
玲香の指が微妙に動いた。
丸山の声で、玲香が食べようか、という気になってくれたのだろう。
一口食べれば、少しは笑顔が戻るだろう。堂島はそう願っていた。
「……でしょう。おすすめです」
「藤井さん?」
「……」
玲香は少し口に含んだ。
程よい甘みが口の中に広がり、人を幸せにしてくれる。
「美味しいです」
よかった。堂島はそう思った。
「丸山さん、ここにいましたか」
そう言いながら、堂島たちのもとに北上たちがやって来た。
丸山はパフェを持ったまま立ち上がった。
「北上さん、私」
「ああ、情報料の支払いのことだよな」
北上がスマフォを取り出すと、バーコード決済で支払おうと準備した。
「あの、その件もそうですが、そうじゃなくてですね。さっき霊を憑けられた医師と看護師の方にお会いしたのですが」
「?」
丸山はソーダスプーンを指のように使って話す。
「この前、公園であった殺人事件。堂島くんたちと教団の施設に入って行ったじゃないですか。私、あの後、公園でその看護師にあったんです」
北上の中で公園の事件や、サクラ教団の施設に入った時の事が蘇る。
手も触れずに被害者を叩きのめした犯人。監視カメラに映っているのに、個人を特定できないもどかしさ。教団の施設に『助けを求めて』来た長髪の男。結局、病院内で殺されてしまったわけだが。
「何が言いたい? この看護師が犯人とは思えないけど」
「私が気になっているのは看護師と一緒にいた『連れ』です」
「連れ?」
丸山は頷く。
「ブランドのスーツを着た、中高年の男性」
「まさか、それって…… 角田議員?」
「議員ではないです」
北上は落胆した様子を見せた。
今、一番怪しくて、尻尾を掴みたい人物。それが角田なのだ。
「……」
「ただ、見せていただいた監視カメラに映っていたスーツはスーツの男とそっくりでした」
「うーん」
北上が腕を組んで首を捻ると、沓沢が付け加えた。
「現時点で、事件に関係があるかはわからんな。一応、頭の隅には入れとくが……」




