価値基準
北上は、病室前の廊下でぐるぐると回っていた。
「まだ来ないのか」
「取材の途中だから、それが終わってからくると」
何かが近づいている。
北上の刑事としての直感としか言いようがなかった。
「二人ともなんでそんなに落ち着いているんだ」
二人は廊下の長椅子に、少し離れて座っていた。
「僕には力がないから、玲香ちゃんにお任せなんですよ」
「今回の除霊は一度にやらないとできません。部分的には出来ないので、丸山さんの協力が必要なんです」
北上はイライラした表情で、藤井の顔を指さした。
「それだ。それ。そもそも丸山に何ができるんだ」
堂島が代わりに答える。
「丸山さんには力があるんです」
「だから、もっと具体的に」
「癒しと言ったらいいんでしょうか。こう言う『霊力』を使うタイプには存在しないほど力が溢れているんです。何かエネルギーの源となる源泉とチャネルがつながっているとか、ポートを開けるのかもしれません」
「そんな事、ひとっことも聞いてないぞ」
「僕も、最初はわかりませんでした。僕たちのような人間でないと、わかりませんよ」
「自慢げだな」
「自慢げって。こういう力のせいで、学校とか会社では酷い目に遭ってきたんですから、全体では遥かにマイナスですよ。これがマーベルのヒーローみたいな力だったら…… それでもこの国では同じ扱いだったかな」
「透さん、だからひきこもりしてらっしゃるんですか?」
「そ、そういう訳じゃ」
医師が看護師を連れてゆっくりと歩いてくる。
違和感としか言いようがない何かを感じて、北上は医師を睨みつけた。
藤井玲香がスッと立ち上がって、その医師と看護師に向き合う。
「まさか……」
慌てて堂島は立ち上がる。堂島は病室のドアを塞ぐように立った。
「ごめん。僕が先に気が付かなきゃならなかったのに」
「やっぱり何かおかしいよな」
「その通りです。北上さん、少し端に避けてください」
「藤井さんも梁巣のようなことができるんですか?」
「多少ですが」
藤井は目を閉じた。舞踊のような手と足捌きを始めると、通路の先の看護師が、転んだ。
「うまく避けましたね」
「えっ?」
北上は藤井の声に振り向くと、藤井の長い髪が風でなびいたように見えた。
違う。なびいただけではない。いくつか髪が切れている。
やはり梁巣がやっていたような対決があるのだ。
相手は物理攻撃、こっちは精神攻撃だ。
その時、堂島のスマフォが振動する。
日本舞踊と柔術が混じり合ったような身のこなしを続けながら、藤井は訊ねた。
「それは?」
「丸山さんからのLINKだ!」
そして現在の状況を判断して言う。
「この状態で丸山さんが来たらマズイ!」
「そう言うことですね。ちょっと強引ですが……」
受けて流していた藤井の動きが、突然、スピードを増した。
藤井の体がスピンするように回ると、看護師も医師も、ボウリングのピンのように弾かれた。
ぐったりしたまま、看護師と医師は動かなくなる。
「北上さん、この二人の手当てをお願いします。透さん、丸山さんのところへ案内を」
「わかった」
堂島は階段に飛び込んでいく。藤井もそれに続いて行ってしまった。
残された北上は、倒れた医師と看護師の状態を確かめる。
「おい、大丈夫か? こんなこと誰に命じられた?」
「う…… う」
医師は頭をふりながら、目を開いた。
「分からないんです。何があったのか、いきなり意識が飛んでいて」
「さっきのLINKだと待合室なんだけど」
目の前に警察病院の待合室が広がっている。
病院は警察案件だけなく、一般の患者にも解放されていた。
「大勢いる…… 透さん、さっきの医師に降霊した人もこの近くにいる可能性があるわ。丸山さんだけじゃなくて。そっちにも注意して」
「う、うん」
堂島が必死に見回すが、霊を纏ったような人物は見当たらない。
座席に座っている人は見渡せるが、立っている人は重なってしまって見えない。
堂島はピョン、ピョン、と跳ねている。
「肩車しよっか。昔みたいに」
「いや、今やったら天井に穴開けちゃうよ」
「じゃあ、おんぶする?」
首を横に振る。
流石に女性の背中に乗るのははばかられる。
呼び掛ければ分かるだろう、堂島は声を上げる。
「丸山さん!」
一斉に待合室の視線を集めてしまった。
「お客さま、お静かに」
もう一度、LINKにメッセージを追加する。
「丸山さん格好に、何か特徴はないの?」
「LINKしてみる」
さらにメッセージを送る。
応答はない。
時間だけが経っていく。
「中にはいない。外に出よう」
「わかった」
二人は待合室の人混みをかき分けて外に出た。
ロータリーが遭って、近くの駅を往復する小さいバスと、タクシーがひっきりなしに出入りしている。
「丸山さん…… どこにいるんだ」
「!」
玲香は病院の方を振り返った。
「今何か……」
「えっ? 何? 何があったの?」
透が建物を見ても、ただ壁が見えるだけで何も感じない。
「私、重大なミスをしてしまいました。自分の価値基準で優先度を間違えてしまった」
「まさか」
玲香は頷いた。
「容疑者が殺されてしまった。私は残って病室を監視するべきだった」
透はスマフォで北上に電話する。
「北上さん、容疑者は……」
その様子を玲香が見つめるが、透は首を横に振った。




