藤井玲香
サクラ教団の館長、長澤義満は目を閉じて頭を下げていた。
都心のオフィスビルの高層階。
部屋の中にはもう一人、同じようにスーツを着た男がいる。
男は眼下の景色を眺めながら、口を開いた。
「今回はタイミングが悪かった」
「すみません」
「だが、ああなるまで放っておいたのはなぜだ。絞り上げたら霊をつけたままにするなと言うのが規則だろう」
長澤はスーツの胸元に手を運び、拳を握り締める。
「管理台帳に漏れがあったか調べています」
「大方、利益が上がらず除霊を頼める金がなかったのだろう」
長澤は顔を上げて否定する。
「いえ、決してそんなことは……」
「お前のエリアの収益がダダ下がりなのは、さっき確認済みだ。調べると他国の教会の集金は増えている。我が教団が取るべき信者が奪われていることになる」
「いえ、脱退者の増加はありません。若い入団者は減っているのですが」
「それは?」
「それは、と申しますと」
窓際から振り返った男の顔が怒りに歪んでいる。
「取るべき若者をとれず、他国の宗教に取られていることになるな。同じことではないか。高齢者は自然と減っていく。我が教団の未来は先細りしていくばかりだ」
「……」
「そんなことを館長に言われてもか? エリア一つ一つが全体を見ていなければ、更なる発展は望めん。教団がこれでは、次期選挙の集票も危うい」
長澤は顔を直視できず、深く頭を下げている。
「もういい。後始末はしっかり頼んだぞ」
「あ、あと始末というのは」
「説明しないとわからないのかな。君は館長から上は目指していないということかな」
長澤は懇願するような目で窓際の男をみる。
「口を封じておけということだ」
「奴は今、病院にいるんです」
男はキレた。
「ああ、もういい。エリアを任すことも、館長を任すことも出来ない」
長澤には霊感や霊力はなかったが、男の輪郭が黒く歪み始めたことに気づいた。
「はっ!」
床を這って、黒い影のような何かが、長澤に入り込んでくる。
まず足が硬直したように動かなくなった。
寒気がするように呼吸が苦しくなる。体が重く銅像にでもなっていくような感覚。
そこから先はあっという間だった。
「いいな」
「ハイ。先生」
窓際の男はニヤリと笑った。
北上は警察病院にいた。
沓沢が言ったことを繰り返し思い出していた。
『もしお前の見立ての通りだとしたら、教団がそいつを殺しにくるだろう』
確かにこの男に何があったかが分かれば、カオナシの手がかりが掴めるかもしれない。
あの監視カメラの映像を見る限り、公園で殺された男も、こいつと同じように降霊され、不思議な力を持っていたようだ。だから手も足も使わずに人をなぶり殺しに出来たのだ。
「!」
「気がつきましたか」
北上は椅子に座ったまま首を上げた。
「堂島くん? 俺もしかして寝てた?」
「ガッツリ寝てましたよ」
いつものネルシャツの堂島がいた。
視線を移していくと、その隣に少し背の高い、色の白い女性が立っていた。
髪は長く、内側だけ紫に染めていた。
裾の長い、白いワンピースを着ていた。赤いリボンのようなベルトが印象的だ。
その女性の美しさ故か、現実味がなく、北上は生きている人間なのか疑った。
一度、目を擦ってから見直して言った。
「そちらの方は?」
「藤井玲香と申します」
女性は丁寧に会釈した。
「僕の親戚です。優秀な巫女です」
「透さんのお母様に比べたら、足元にも及びません」
「謙遜しすぎだよ。母はもう巫女じゃないし」
巫女? だから白と赤のコーディネートなのだろうか。北上は勝手にそう考えた。
「なんの件でこちらに?」
「あのサクラ教団で倒れた方の除霊をお願いしたんだ。格安で」
「代金としてパフェをご馳走になることになっているんです」
藤井は嬉しそうに笑った。
「除霊? それをすれば奴の意識は戻るのか?」
藤井の顔が真剣になると言った。
「その方の生きる力が残っていれば」
北上は立ち上がった。
「早くやってくれ」
「北上さん、聞き取りをしたいのはわかるけど、すぐに喋れるようになるかはわからないよ」
三人は問題の容疑者の病室に入った。
長髪はそのままだったが、病衣に着替えた際に体を拭いてもらったのか、あの強いアンモニア周はしなかった。
藤井はベッドに寝ている男をパッと見て言った。
「酷い状況ですね」
「それって梁巣が悪いのか?」
藤井は否定も肯定もしない。
「霊と自己の区別が付かなくなるほど混じり合っています。ちょっと大変です」
「……」
堂島が言葉を失っていると、藤井が堂島の顔を見た。
「透さん。丸山さんって方、ここに来れないかしら」
「そんなに状況が悪いの」
「ええ」
北上にはなぜここで丸山の名前が出てくるのかわからない。
「丸山がどうしたんだ」
「丸山さん…… うん、すぐ来て。あそこの警察病院」
北上の質問に答えないままに、堂島は電話していた。
北上は自分の財布を取り出し、中身を確認する。
「あいつがめついからな」
堂島は笑った。
「僕が依頼したから、北上さんは心配しないでいいですよ」




