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カオナシ

 沓沢(くつざわ)亮治(りょうじ)は殺人事件の調査をしていた。彼は警視庁捜査一課では若手の方に入る刑事だった。

 殺人現場付近の監視カメラ映像を見て、怪しげな人物など不審者の洗い出しをしているところだった。

 沓沢はノックもせず、部屋に入る。

「宗介、まだビデオ見てんのか。ある程度荒くても言い、候補になる人物が何人か映ってるだろう」

 画面を止めたり進めたりしている若い刑事は、北上宗介という名だった。

 北上は、沓沢の声に振り返った。

「ああ、沓沢さん。不審な人物とか、被害者の関係者は映ってなかったんですが……」

「引っかかる言い方だな」

「ある意味怪しい人物が映ってて。一応、見てもらえませんか?」

 若い刑事は、手元のメモを見ながら再生装置を操作する。

 現場付近の通りに向かったカメラが捉えた映像で、静止画が表示された。

「なんだこれ、映ってないじゃないか」

「そうなんです。顔だけ映ってないんです」

 まるきり消えている訳ではなく、映像に歪みが出ていてハッキリしない状態だった。

「コピーに失敗しただけだろ」

「もう少し見てくださいよ」

 北上が再生すると、その人物の顔だけが加工されたかのように歪んでいる。

「最近のはデジタルですから、失敗する場合はファイル単位で全滅することが多いんです。これは普通のコピーの失敗のレベルじゃないです」

「……なら、オリジナルを見よう。オリジナルを加工した奴がいるはずだ」

 沓沢が部屋を出て行った。

 北上は首を傾げながら、画面を見つめていると、再び部屋の扉が開いた。

「おい、いくぞ。車運転しろ」



 車がついた場所は学生街だった。

 平日の昼間にしては人の往来が多く、活気があった。

 問題の映像を提供したビルの駐車場に車を停めると、沓沢と北上は警備室へ向かった。

「ああ、あん時の映像ね。残してあるよ」

 警備のおじさんに案内されて機械の前に着くと、北上がまた監視カメラ機器を操作した。

 メモを見ながら、指定の時間の映像を呼び出す。

「……」

 静止画状態ではさっき見た通り、首から上の映像が歪んでいた。人と認識できない。

 沓沢は北上を突く。

「動かしたら?」

「はい」

 動画になるが、首から上は全くわからない。映像自体が歪んでいる。

 沓沢はビルの警備員に質問する。

「この録画機、編集機能あるのかな?」

「えっ? 編集はできないです。編集できたら監視カメラの映像を誤魔化されちゃうじゃないですか」

「だが、今の映像を見ただろ」

 北上は頷く。

「いや、見ましたけども。こんなの初めてです」

「北上、この監視カメラってどこ製だ」

「どこ製って、やめて下さいよ。今時一国で全てのパーツを賄えませんよ」

 バックドアとか、陰謀論とか、そんなことを考えていたら今時の電子機器は一切使えない。北上はそう思った。

「じゃあ、この監視カメラは外部ネットにつながってんのか?」

「いいえ。ネットに繋げれば好きな時に好きな場所から見れるって、言ったんですけど」

「どうして顔だけ映ってない」

 北上は首を捻った。

「ライブ映像を見てみましょうか」

 画面に通りの様子が映し出される。

 自転車で動く人や、早歩きする人、立ち止まっている人。特定の位置などが歪むということはなかった。

「直近の記録映像を再生します」

 北上がそう言うとちょっと前にライブで見ていた映像と同じものが、動いている物体に、多少の欠落が認められたものの、動画として正しく再生された。

「この機械のメーカー名を控えて、メーカーに問い合わせしろ」

「えっ、真面目に言ってますか?」

「早くしろ。この人物が犯人だったらどうするんだ」

「は、はい」

 北上は警備員に監視カメラの資料を出してもらうようお願いした。

「悪いがタバコ吸ってくる」

 沓沢に対し、警備員が話す。

「二階の北端に喫煙所があります」

「ありがとう」



 数日後、沓沢は監視カメラのサポート会社を呼んで映像について議論した。

 結論は出なかったが、高速で首を振りながら歩いていれば不可能ではないということは分かった。

 監視カメラのFPSを超えて動くことが可能ならば、という条件付きのことだ。

 サポート会社が帰った後、沓沢と北上は顔を見合わせた。

 沓沢は首を激しく振って見せる。

「イテテ」

 北上はそれを見て苦笑いした。

「首を振るのは無理ですよ」

「あの通りの他の監視カメラ映像を探させろ」

「それはやらせてます」

「急がせろっていう意味だぞ」

「電話してみましょうか」

 北上は地域の警察署の担当に連絡した。

 電話しているのを聞きながら、沓沢は思った。

 団扇のようなものを機械的に動かして、それを顔の近くに持って歩けば、このような映像が残るかもしれない。だが、そんなことをして歩けばこの人通りだ、かえって目立ってしまう。そんなことをするのは『犯人』か、相当な変わり者だろう。そうだ。そもそもこの映像にこだわる意味があるだろうか。沓沢はこの話を終わらせようと考えた。

「ダメです。別のビルの監視カメラ映像にも、同じような歪みが映っているそうです」

「そうか。この話は終わりにしよう」

「えっ?」

 北上は驚いたような顔をした。

「そもそもこの人物が容疑者とは限らないわけだ」

「ですが、被害者の大学での関係者は他に映っていないので」

「そういう観点を変え、担当署で映像を洗ってもらえ。この顔なし以外で被害者を恨んでいそうな、怪しい人物を探せと」

「は、はい」

 北上は繋いだままの電話にそう話を伝え、切った。




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